本記事は、田尻 望氏の著書『無言のリーダーシップ 付加価値を生む仕組みのつくりかた』(SBクリエイティブ)の中から一部を抜粋・編集しています。

無言のリーダーシップ 付加価値を生む仕組みのつくりかた
(画像=picture cells/stock.adobe.com)

「もうあなたがいなくても大丈夫です」の瞬間

「無言」でもチームが勝手に成果を出すとは?

リーダーのNさんは、ある日の朝礼で不思議な光景を目にした。
いつものようにメンバーが集まり、短い連絡事項を共有して解散…… となったが、その後、誰からもNさんに質問や確認が寄せられなかった。以前は「次どうすればいいですか?」「この方針で合っていますよね?」と必ず数人が駆け寄ってきていたのに、その日はみな、さっさと自分たちのタスクに取りかかり、同僚同士で進捗を確認している。
「おや、今日はずいぶん静かだな……?」
最初は少し戸惑いを覚えた。だが数週間経って、部下の一人がこう告げたのだ。
Nさん、もう細かい指示を出してもらわなくても私たちは大丈夫ですよ
胸に熱いものが込み上げてくるのを感じながら、Nさんは「ついに自分が不要になった瞬間」を実感した。もともとNさんは「無言のリーダーシップ」を目指し、仕組みを整え、部下を育成してきた。そのゴールがついに姿を現したのだ。

無言で組織を動かす」という言葉だけを見ると、「放任主義で、リーダーはラクをしているだけでは?」と誤解されることが多い。しかし、学びを振り返ればわかるように、そこに至るまでには壮大な下準備が必要だ。

■初期教育やマイクロマネジメントで、仕事の構造や成功パターンを徹底的に教え込む
■仕組み(FAQ、ロールプレイング、報告フォーマットなど)を整え、問題解決を自動化する
■価値観の共有や感情ケアを通じて、チーム内での言葉の定義を統一し連帯感を醸成する

これらをすべて行ったうえで、やっとリーダーの言葉が少なくても“勝手に組織が動く”状態がつくれる。つまり、無言は放置や怠惰ではなく、むしろ最初にかける労力が最大級に大きい手法なのだ。

仕組みが明文化されているからこその“指示不要”

「無言」でも回る組織では、多くの場合、こんな仕組みが定着している。

■行動指針やKPI/KGI、ルーティンが明文化され、誰でも進捗や結果を確認できる
■問題が起きたら、この改善ルートで提案するといったルールがあり、部下も自分で打ち手を考えやすい
■ロールプレイングや研修で業務の基本スキルが一定水準に達しているため、イレギュラーなトラブルが少ない
■感情的な不安や嫌悪は、定期的なコミュニケーションで解消されている(すでにルーティン化)

だからこそ、リーダーが細かい部分まで口を出さなくても、メンバーは「こう動けばいい」「こう対処すればいい」と自然にわかる。そのためわざわざリーダーに「次どうします?」と尋ねる必要もない。リーダーは朝礼や定例ミーティングで大きな方向性だけ確認すれば十分で、その後は静かに見守るだけで済むわけだ。

無言リーダーはまったく何もしないのか?

無言リーダーは“指示”こそ減らすが、それ以外にも多様な“仕事”がある。たとえばチームメンバーの感情状態を観察し、問題が起きそうなら早めに声をかける。次なる戦略や大枠の方針を考えるうえでメンバーのデータや市場情報を参照し、必要に応じて新たな仕組みを追加するなどが挙げられる。

要は、「日常オペレーション」や「部下の詳細指示」をしなくてもチームが動くようになるので、リーダーは戦略や組織全体の最適化に労力を注げる。結果として、部署や会社全体の成長の余地を広げられるというメリットがある。
そして、これらも仕組みができてしまえば、今度は次のチームのリーダーになるという仕事がある。

仕組みが勝手に回るメリット
リーダーが戦略や新事業に集中できる

プレイングマネージャーの悩みの一つに「部下への指示と自分の売上目標とで手一杯」という状況がある。時間をいくら管理しても、部下からの質問や問題対応が絶えず、自分の戦略的仕事ができずにいるリーダーは多い。
しかし、“仕組みが勝手に回る”チームなら、部下は自分で判断して動いてくれる。リーダーには余裕が生まれ、より上位のマネジメントや新規事業の立ち上げ、あるいは既存ビジネスの深い戦略策定など、本来の役割に集中できる。この“本来の役割”とは、組織の未来を描き、社内外のリソースを俯瞰し、次なる成長エンジンを探すことだ。

さらに、リーダーがいちいち承認しないと動けない組織は、どうしてもスピードが遅くなる。緊急対応が必要なときでも「上司が会議中だから待つ」などで機会を逃すことがある。
仕組みが回っていれば、現場は即座に意思決定できるし、トラブルが起きても“この手順で解決する”というプロセスが明示されているため、誰かがリーダーを探す必要がない。そのため納期短縮やクレームへの迅速対応など、結果的に顧客満足度を高める効果が出やすい。

誰かが欠けても動ける

チームを回す仕組みが整備され、情報が共有されていれば、特定の人が急病になったり、退職したりしても業務が滞らない。リーダーが出張や長期休暇で不在でも、「あとは決まった仕組みに沿って進むだけ」とメンバーが動く。
もし仕組みが存在せず、属人的なノウハウで回しているチームなら、リーダーが抜けた瞬間に大きく揺らぐ危険性がある。そうなるとリーダーも休めないし、新しいプロジェクトにも挑戦しづらい。仕組みを構築し、メンバー全員が参照できる形にしていれば、特定の人物の存在に依存しない強い組織をつくれるのだ。

また、特定の人物に依存しない組織であれば、上司ではなく部下が辞めたとしてもチームは回り続ける。転職が多い時代だからこそ、誰かが欠けても大きな問題にならない組織にしておくことが重要なのだ。

無言のリーダーシップ 付加価値を生む仕組みのつくりかた
田尻 望(たじり・のぞむ)
株式会社カクシン 代表取締役CEO
京都府京都市生まれ。大阪大学基礎工学部情報科学科にて、情報工学、プログラミング言語、統計学を学ぶ。2008年卒業後、株式会社キーエンスにてコンサルティングエンジニアとして、技術支援、重要顧客を担当。大手システム会社の業務システム構築支援をはじめ、年30社に及ぶシステム制作サポートを手掛けた経験が、「最小の人の命の時間と資本で、最大の付加価値を生み出す」という経営哲学、世界初のイノベーションを生む商品企画、ニーズの裏のニーズまでを突き詰めるコンサルティングセールス、構造に特化した高収益化コンサルティングの基礎となっている。その後、企業向け研修会社の立ち上げに参画し、独立。年商10億円~2,000億円規模の経営戦略コンサルティングなどを行い、月1億、年10億円超の利益改善といった企業を次々と輩出。社会変化に適応した企業の中長期発展を仕組みを提供している。また、自身の人生経験を通じて、人が幸せに働き、生きる社会を追求し続けており、エネルギッシュでありながら親しみのある明るい人柄で、大手企業経営者からも慕われている。私生活では3人の子を持つ父親でもある。

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