創業わずか6年で世界100ヵ国以上へ展開する現場DXサービス「KANNA」(カンナ)を手がける株式会社アルダグラム。建設、製造、不動産といった、いわゆる“ノンデスクワーカー”が働く現場の非効率を解消し、世界の働き方をアップデートしようとしている。コロナ禍の逆境を乗り越え、なぜ彼らは急成長を遂げることができたのか。そして、巨大なグローバル市場でいかにして戦うのか。その経営戦略と野望の核心に迫った。
企業サイト:https://aldagram.com/
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シェアハウスでの出会いから始まった、世界への挑戦
── アルダグラムはバンコクなど海外にもオフィスを構えているそうですね。
渥美氏(以下、敬称略) はい、東京本社のほか、タイのバンコクとインドネシアのジャカルタにも拠点を構えています。当社は2019年に設立し、現在6年目のスタートアップですが、創業3〜4年目という早い段階から海外展開を積極的に進めてきました。現在は業務委託のメンバーも含めると100名規模の組織になっています。
── 何が創業のきっかけになったのですか。
渥美 私とCEOの長濱は共同創業者で、もともとは原宿にあった大規模なシェアハウスに住んでいたことで出会いました。
2018年当時、長濱はスペインのビジネススクール(IE Business School)のMBAプログラムに在籍し日本とスペインを行き来していました。授業の一環で「不動産関連の新規ビジネス」を考える課題が出た際に声をかけてくれたのが明確なきっかけですね。以前からシェアハウス内の学習室で顔を合わせることが多く、すでに顔見知りでしたが、私は当時、株式会社LIFULLに勤めていたので「不動産に詳しそうだ」と授業の相談をしてきたことでより関係性が深まりました。
そこからサイドプロジェクトのような形で始まり、2019年5月、令和元年に会社を設立しました。
コロナ禍のピボットが生んだ、グローバル・スタンダード
──「KANNA」というサービスについて教えてください。
渥美 建設、製造、不動産など、現場で働く「ノンデスクワーカー」の方々は、今も大量の紙書類や電話連絡、エクセルでプロジェクトを管理といったアナログな業務や現場と事務所の往来など多くの時間を費やしています。私たちは現場DXサービス「KANNA(カンナ)」を通じてこれらの業務をデジタル化し、生産性向上を支援しています。工具の「鉋(かんな)」から名付けた通り、事務作業や移動時間、コミュニケーションの手間といった“ムダ”を削りより価値のある時間を創出するのがこのサービスの役割です。
──「KANNA」は当初から現在の形だったのですか。
渥美 いえ、実はまったく違う構想でした。最初は、いわゆる「受発注プラットフォーム」を作ろうとしていたんです。プロジェクトを回したいけれど人手が足りない元請け会社と、仕事が欲しい下請け会社。この両者をマッチングさせることで、業界の課題を解決できるのではないかと。
しかし、2020年にβ版をリリースした直後、新型コロナウイルスのパンデミックに見舞われました。私たちが当初構想していたサービスは人を融通する、つまり対面を前提としたモデルだったので、事業環境が根本から覆されてしまいました。
予定していた資金調達もストップし、大きな岐路に立たされました。そこで事業の方向性を大きく転換し、プロジェクトの施工管理を効率化するSaaS、現在の「KANNA」の原型となる建設業向けのアプリへとピボットしたのです。
── そこから、建設業だけでなく「ノンデスクワーカー」全体へとターゲットを拡大しました。
渥美 サービスを展開する中で、不動産、インフラ、製造など、当初想定していなかった業界のお客様から数多くのお問い合わせをいただくようになったのが理由です。「現場の業務をデジタル化したい」という悩みは、建設業に限らず、あらゆる現場に共通する根深い課題なのだと気づかされました。それも日本に限らず、海外でも同じような事象が発生している。
この発見から、私たちはターゲットを「全世界のノンデスクワーカー」へと一気に広げました。日本だけでなく、世界中の現場の生産性を上げていこうと。それが3年目のことでした。今では「KANNA」は6ヵ国語に対応し、世界100以上の国・地域で利用されるサービスに成長しています。
12兆円市場で勝つためのポジショニング戦略
── ノンデスクワーカー向け市場のポテンシャルをどのように見ていますか。
渥美 とても大きな可能性があると考えています。実は、世界の全労働人口の約8割、日本だけでも6割以上がノンデスクワーカーだと言われています。しかし、これまでこの領域へのソフトウェア投資は十分ではありませんでした。なぜなら、彼らはPCの前にいないため、ソフトウェアを使う環境が整っていなかったからです。
潮目が変わったのは、ここ5〜6年のスマートフォンの急速な普及です。現場で働く50代、60代の方々までスマホを持つのが当たり前になり、ソフトウェアを使える土壌が整いました。私たちが「KANNA」をリリースした2020年は、まさにその変革期でした。コロナ禍もDX化への機運を後押しし、あらゆる業界でデジタルツールへの投資意欲が飛躍的に高まっています。
── 競合がひしめく中で、アルダグラムはどのような点で優位性を築いていますか。
渥美 私たちが戦う市場は、プロジェクト管理やコラボレーションツールといった領域で、2027年には世界で約12兆円規模に達すると予測される巨大なマーケットです。monday.comやAsanaといったグローバル企業がひしめいています。
彼らの多くがデスクワーカーを主なターゲットにしているのに対し、私たちは明確に「ノンデスクワーカー」に特化しています。このポジショニングの違いが、私たちの強みを生み出しています。
具体的には3つの優位性があります。
一つ目は、徹底的にこだわった「現場での使いやすさ」です。ITリテラシーが高くない方でも、現場の隙間時間に直感的に操作できるUI/UXを追求しており、App Storeでも4.4という高い評価をいただいています。
二つ目は、「カスタマイズの柔軟性」です。業界や会社ごとに異なる業務フローに合わせて、自社にマッチした設定や管理項目をノーコードでぴったりフィットさせることができます。
そして三つ目が、「ゲストID無制限」という料金体系です。現場の仕事は、協力会社やサプライヤーなど、多くの社外パートナーとの連携が不可欠です。関係者全員がコストを気にせず円滑にコミュニケーションを取れるように、社外のゲストユーザーは無料で招待できるようにしました。この3点が、グローバルな競合に対する強力な差別化要因となっています。
「資産は人」 創業初期からの組織づくりへの投資が成長の鍵
── 共同創業者の長濱CEOとは、どのように役割分担をされているのですか。
渥美 長濱が営業やカスタマーサクセスといったビジネスサイド全般を統括し、私がプロダクト開発、コーポレート、マーケティングを見ています。重要な経営判断については、幸いなことにこれまで二人で意見が大きく割れたことはほとんどありません。
もちろん議論が白熱することはありますが、事業の成長という共通の目的に立ち返れば、おのずと最適な手段は見えてきます。
── 100人規模へと組織が拡大する中で、いわゆる「組織の壁」にぶつかった経験はありますか。
渥美 当社は少し特殊かもしれませんが、組織の壁が来ることも予測して創業初期から組織づくりにはかなり意識的に投資をしてきました。たとえば、社員がまだ5人だった頃にミッション・ビジョン・バリューを策定し、15〜20人規模の段階で人事制度を構築しました。
これは、ソフトウェアビジネスにおける最大の資産は「人」であるという考えに基づいています。工場や設備をもたない私たちにとって、優秀な人材に集まってもらい、彼らが最大限のパフォーマンスを発揮できる環境を整えることこそが、事業成長の最も重要なドライバーだと考えているからです。ですから、組織への投資は、他社でいうところの設備投資と同じくらい当たり前のことだと捉えています。
海外展開のカギは「現地のプロ」と「提携戦略」
── 創業初期から海外展開を成功させていますね。
渥美 現地の代理店と連携しつつも、戦略のディレクションは自社のローカルメンバーが担う体制を徹底しています。国が変われば文化や商習慣、主に使われるメディアもまったく異なります。これを乗り越える方法は一つしかありません。「現地の優秀な人材を採用すること」です。そして、英語だけではなく現地の言語でもカスタマーサポートをすることが重要なポイントです。
また、プロダクトの特性も海外展開のしやすさにつながっています。会計や労務系のSaaSは各国の法制度に深く関わるため、国境を越えるのが難しい。一方で、「KANNA」のようなコラボレーションツールは、そうした法規制の影響を受けません。ZoomやNotionが世界中で使われているのと同じで、普遍的なニーズに応えるプロダクトだからこそ、グローバルに展開しやすいのです。
── マーケティング戦略における独自の工夫はありますか。
渥美 スタートアップのコストの大部分は、人件費とマーケティング費用、つまり顧客獲得コストです。私たちはこのコストを最適化するために、資本業務提携を積極的に活用しています。
たとえば、現場向けECで日本最大手の株式会社MonotaRO。日本の建設業・製造業の2社に1社がアカウントをもつと言われるほどの強固な顧客基盤があり、私たちのターゲットと見事に重なり、我々にとって強力なパートナーです。同様に、国内外に強大なネットワークをもつパナソニック株式会社とも提携し、彼らの販路を通じて「KANNA」を展開しています。
すでに強固な顧客基盤をもつ企業とパートナーシップを組むことで、効率的に市場を開拓していく。これが私たちのユニークな成長戦略です。
IPOの先に見据える、プロダクトと世界の未来
── 今後のプロダクト展開と、会社の未来像をどのように描いていますか。
渥美 今後の方向性として、大きく二つの軸を考えています。一つは「マルチプロダクト化」です。現在はプロジェクト管理とデジタル帳票の2つのプロダクトですが、現場のあらゆる業務を効率化するという目標達成のためには、さらに提供価値の範囲を広げていく必要があります。第三、第四のプロダクトを次々と生み出し、プラットフォームとしての価値を高めていきます。
もう一つは、「UX(ユーザーエクスペリエンス)のさらなる追求」です。AIなどの最新技術も活用しながら、現場の方々がもっと直感的に、ストレスなく使えるサービスへと磨き上げていきます。
もちろん、スタートアップとして資金調達をしながら成長してきた以上、IPOは明確な目標として目指しています。しかし、それはあくまで通過点です。私たちは、日本発のソフトウェアで、世界のノンデスクワーカーの働き方を根底から変える、グローバル・スタンダードを本気で創りにいっています。その挑戦はまだ始まったばかりです。
- 氏名
- 渥美翔吾(あつみ しょうご)
- 社名
- 株式会社アルダグラム
- 役職
- 共同創業者 最高執行責任者 COO

