教育事業からナノテクノロジー、そして最先端セキュリティシステムへと、独自の事業変遷を遂げてきたナスクインターナショナル株式会社。国際的なネットワークと独自のローカライズ力を強みに、世界最新のテロ対策機器を日本市場に導入。AIを活用した「予兆」検知によるプロアクティブな安全対策や、セキュリティとエンターテイメントの融合といった革新的な未来構想を掲げ、持続可能で安全な社会の実現を目指す。そのユニークな軌跡と未来への挑戦に迫った。
企業サイト:https://nasc-group.com/
素人だったから提案・開発できたコーティング剤
── 創業時はセキュリティではない事業をされていたとか。
左近氏(以下、敬称略) 1996年に創業した当初は、次世代を担う子どもの教育が重要と考え、子どもの心の育成を目的とした自由学校を開設していました。そこでは、田植えや稲刈り、全国に約4000人いる伝統工芸士の方々との交流を通じて、子どもたちに日本の文化や職人の心意気を体験してもらう活動をしていました。
その中で、伝統工芸士や職人の全国的なネットワークが構築されたのですが、約15年前、ある塗装職人が研究していた光触媒が、塗るだけで汚れが落ちる技術として注目を集めていました。なぜ汚れが落ちるのかたずねたところ、有機物を太陽光で分解するのだと聞き、菌やウイルスも有機物であることから、これを塗れば分解できるのではないかと考え、大学の先生に感染予防の菌・ウイルスコーティング剤を作りたいと相談に行きました。
そこでは少し叱られてしまいまして。「車のタイヤで蟻を踏んでも死なないように、菌やウイルスはナノの世界なので、効果を発揮するには、菌とウイルスと同じくらいのサイズの材料が直接接触しない限り無理だ」と言われたのですが、素人だった私は「それでは、材料を小さくすれば良いのではないか」と提案しました。
提案には驚かれましたが、ナノテクノロジーが注目され始めた時期で、試しに材料をナノ化したところ、小さなウイルスにも接触できるようなコーティング剤が完成しました。
新型コロナウイルス感染症が流行する前のことですが、新型インフルエンザが流行していて、関西空港の利用者から新型インフルエンザの第一感染者が出てしまいました。
当社は空港のお土産品のプロデュースも手がけていたのですが、インバウンド需要が80%も減少する事態となり、早急な対策が求められていました。その中で、当社の感染予防コーティング剤が注目され、空港が採用してくださったんです。メディアで大きく取り上げられ、世界中にその名が知れ渡りました。
結果、海外のセキュリティ会社から「空港の水際対策を行う会社」として認識され、テロ対策の最新技術を持つ企業が代理店契約を求めて接触してきました。こうして2010年にセキュリティ会社として事業をスタートさせました。
主力商品はセキュリティゲート
── その後、事業は順調に伸びたのでしょうか?
左近 抗ウイルスコーティング事業で公共事業の受注も増え、会社が大きく成長しつつあったのですが、東日本大震災で事業が止まってしまいました。そのとき、海外から、放射線量と同位体をリアルタイムで地図上にマッピングするシステムの取り扱いの提案があったんです。その会社は、MITの研究者や国土安全保障省の専門家などが設立した本格的な核テロ対策企業でした。
それで核テロ対策に限らず、セキュリティのさまざまな分野に進出することにし、声をかけてきた企業と次々に契約を結びました。当時世界ナンバーワンだったドイツの顔認証の老舗企業・Cognitec社や爆発物検査機器・DetectaChem社など、いきなり三社の総代理店となりました。
売り方が分からず、テロ対策特殊装備展に出展したところ、大手電気メーカーや官公庁が製品に興味を持ってくださり、購入につながりました。そこからテロ対策製品を販売するようになったんです。
そのころ、アメリカのセキュリティゲート企業・Evolv社の日本総代理店となり、東京オリンピック開催決定を機に、事業はさらに加速しました。その会社はビル・ゲイツ氏やジェブ・ブッシュ氏らが開発に多額の資金を投じ、最新のボディスキャナーを開発していました。
ただその後、2020年から新型コロナウイルス禍下で、東京オリンピックが無観客になったり、イベントが中止になったりしたことで大きなダメージを受けました。。
── セキュリティ分野には、ガイガーカウンターの会社から引き合いがあるまでは関心がなかったのですか?
左近 まったく関わっていませんでしたし、関心もありませんでした。以前は、心の教育や、日本人の自尊心を育むこと、伝統工芸の職人文化を守ることばかりを考えていました。それが突然、ハードウェアを扱う事業へと大きく転換したのです。
── ウェブサイトではさまざまな製品が紹介されていますが、主力は何ですか?
左近 セキュリティゲートです。人が通過するだけでボディスキャンを行い、危険物を所持しているかどうかが自動で分かるものです。通常の空港の危険物検査では、携帯電話をポケットから出したり、身につけているものを外したりする必要がありますが、当社が販売するゲートはそうした手間が一切ありません。AIが危険物だけを検知するように学習しています。
「守る」だけでなく「収益を生む」セキュリティへ
── ここまで成長された御社ならではの強みや特徴、成長の要因について、どう分析していますか?
左近 最大の強みは、国際的なネットワークです。これにより、世界最新の技術や製品をいち早く手に入れられます。また、海外のハイセキュリティ製品を日本の環境に合わせてカスタマイズできる適応力も強みです。
── 製品について機能を追加する開発もしているのですか?
左近 ええ。たとえばAIセキュリティゲートは、アメリカではスタジアムなどで広く導入されていますが、日本市場はまだまだこれから。アメリカは銃社会ですが、アジアはそうではないので、日本やアジアのニーズに合うように、アジア市場にあった付加価値を現在アメリカのセキュリティ会社に提案しています。
彼らが当社と協力しているのは、製品を世界に広げるには、アメリカ市場だけでなく、マーケットの広いアジア市場に対応する必要があると考えているからです。付加価値を提供できるシステムが完成すれば、アジア市場へ共に進出するだけでなく、すでにアメリカに導入されている既存機器にも搭載できるようになります。
── 国内に競合や同業の企業は多いのですか?
左近 セキュリティ会社はたくさんありますが、セキュリティの種類が異なります。
たとえば、日本のセキュリティ企業は警備が主ですが、当社はハードウェアに特化しています。世界最新の機器を導入しているという点では、競合はあまりいないのではないでしょうか。
── セキュリティ機器は大手企業も製品を開発していると思いますが、そうした企業とは製品が競合しますか?
左近 しないと思います。当社はニッチな分野、テロ対策に特化しています。日本でも大手企業が開発を進めようとした例もありますが多くが開発途中で断念したと聞いています。
なぜなら、開発資金は莫大ですが、日本市場だけでは採算が合わないからです。海外企業はグローバル市場を見据えてテロ対策製品を開発するため、アメリカなどでは桁違いの資金が投じられています。日本ではそれが難しいのが現状です。そのため、構造的にライバルは存在しません。
── 現在のセキュリティ、特にテロ対策分野の市場の成長性をどのように見ていますか?
左近 特にAI搭載型のセキュリティ分野は、今後5〜8年で市場規模が3〜8倍に拡大すると予測されています。これまでのセキュリティは、人が警備を行うという旧来のやり方から進化していなかったからです。
しかし、人手不足の現状や、多様な背景を持つ人々が入国する中で、これまで想定されなかった危険も増えており、効率的かつ安全なセキュリティの必要性が高まっています。したがって、今後大きな伸びしろがあると考えています。
── 営業やマーケティング活動はどうしているのですか?
左近 メインはは展示会への出展ですが、製品自体が有名で、海外の大手テーマパークをはじめ、様々な有名企業に導入されているので、お客様のほうから製品を指定して問い合わせが来ます。顔認証システムも、世界的に信頼されている顔認証技術「Cognitec」を指定して問い合わせがあり、その導入を求められることもあります。
── その他に、今後取り組んでいきたい施策は?
左近 セキュリティはなかなか広まりにくい分野ですが、普及すれば社会はより安全になります。そこで今後は、エンターテイメントと組み合わせることで、セキュリティを広めていきたいと考えています。
たとえば、ゲートを通過する際に、利用者が楽しめるような体験を提供したり、主催者側が収益を上げられる仕組みを構築したりすることです。
海外の有名なアーティストのVRやAR作品を手がける会社と協業して、グローバルなアーティストや野球などのコンテンツを組み合わせることで、利用者が楽しめるだけでなく、主催者側にも収益が上がるような仕組みを構築したいと考えています。
── 現在の組織における強みと、一方で課題だと感じている点があれば、教えてください。
左近 製品力があるため、大人数で営業する必要がありません。そのため、社員も10人ほどと少人数で小回りが利く点も強みです。警察関係や捜査・警備に特化したシステムインテグレーターの出身者、また三菱電機のプロジェクトマネージャー経験者などがいます。これが当社の強みだと考えています。また、グローバル人材の採用も進めていきたいです。
課題としては、営業できる人材の増強でしょうか。現在は積極的に営業活動を行っているわけではないので、人員が多ければ、さらに事業を拡大できるかもしれません。
AIが拓く「予兆」検知の未来
── これまでの資金調達についてと、今後の計画を教えてください。
左近 これまでは、知人や紹介を通じて資金調達を行ってきました。大手警備会社からも出資をいただいています。
しかし、今後はグローバルな資金調達を目指したいと考えています。日本では数億円規模の投資も大きなプロジェクトとされますが、海外では10〜100倍のスケールで資金が動いています。国際競争力を高め、技術開発を加速するためにも、海外資本との協業を積極的に進めたいです。
── セキュリティ分野でどんな未来を思い描いていますか?
左近 セキュリティというと「守る」というイメージが強いですが、当社は、事件が起こってから守るのではなく、事件が起こらないようにするための「予兆」をとらえることに注力しています。AIを活用して、事件を未然に防ぐ予防策を講じたいと考えています。それが未来構想です。
AIカメラなどからさまざまなデータを収集し、AIに学習させています。たとえば、人混みでの事故が多い場合、AIがそのパターンを学習し、「人混みを避けるためにこうすべきだ」といった提案ができるようになります。
また、不審な行動や、人が集まってくる状況を「怪しい集団」として検知するなど、そうしたパターンをAIに学習させています。AIが分析を行い、カメラ映像から予兆を捉え、それを未然に防ぐための対策を講じます。安全な社会、究極の安全を目指していきたいと思っています。
- 氏名
- 左近美佐子(さこん みさこ)
- 社名
- ナスクインターナショナル株式会社
- 役職
- 代表取締役

