AIが拓く「品質保証」の未来。テスト業界の常識を覆すAGESTの挑戦

AIを活用したソフトウェアテストで急成長を遂げる株式会社AGEST。2017年に大手情報通信企業の⼀部門として産声を上げ、親会社の主力事業を超えるまでに成長。その後、現在はスピンオフ上場の実現に向けて準備を進めている。

後発ながらも独自の戦略で業界をリードする同社の代表取締役 社長執行役員 CEO 二宮康真氏に、創業の経緯から事業の強み、そしてAIと共に描く未来の展望まで、詳しく聞いた。

二宮 康真(にのみや やすまさ)──代表取締役 社長執行役員 CEO
1972年、8月生まれ。1995年、専修大学卒業後、(株)大阪有線放送社(現:(株)USEN-NEXT HOLDINGS)に入社し、個人向け事業の責任者を経て取締役に就任。2017年にデジタルハーツホールディングスへ移り、2021年から約3年間、代表取締役社長を務める。在任中に立ち上げた新規事業をスピンオフし、AGESTとして上場させるため、デジタルハーツホールディングスの社長を退任。現在は株式会社AGEST代表取締役 社長執行役員 CEO。
株式会社AGEST
ソフトウェアテスト、品質コンサルティング、サイバーセキュリティまで幅広いサービスをワンストップで提供するQA専門企業。国際資格を持つ多数のスペシャリストが在籍し、開発初期段階から品質向上を支援する。AIを活用した独自のテスト管理ツール「TFACT(ティファクト)」により作業効率を大幅に改善。さらに、最先端の品質テクノロジーを探求する研究・教育機関も運営し、顧客の事業成長に貢献する最高品質のソリューションを追求している。

目次

  1. デジタルハーツからのスピンオフ上場を目指すまで
  2. AIと教育を両輪に、独自の強みを構築
  3. 自社グループ開発のAIツールで、市場の潜在ニーズを掘り起こす
  4. 未来を見据えた次世代ツールの開発
  5. AI時代に日本企業が輝くための道筋

デジタルハーツからのスピンオフ上場を目指すまで

── 会社は2018年の設立ですが、その前身があったそうですね。

二宮氏(以下、敬称略) はい。AGESTは、もともとプライム市場に上場しているデジタルハーツホールディングスの一事業部門として2017年にスタートしました。デジタルハーツはゲームのデバッグ(テスト)を主力事業としていますが、ゲーム以外のソフトウェアテストとサイバーセキュリティという、新たな領域の事業を立ち上げるために作られたのが私たちの始まりです。

おかげさまで事業は順調に成長し、2018年に分社化する形で株式会社AGESTを設立しました。この間、テスト自動化ツール「TestArchitect」を開発する北米のLOGIGEAR CORPORATIONや、ERP(統合基幹業務システム)に強みを持つ企業などをM&Aでグループに迎え入れ、多角的にサービスの幅を広げてきました。

その結果、設立から約3年で、私たちエンタープライズ事業(AGEST事業)の売り上げが、デジタルハーツの創業事業であるゲーム事業の売り上げを超える規模にまで成長したのです。事業規模が大きくなるにつれて、目指す方向性や企業文化の違いも明確になってきたことから、資本関係のない形でスピンオフして独立した上場を目指すことを決断しました。現在は、その実現に向けて準備を進めている段階です。

── 社長はどのような経緯でこの事業に携わることになったのでしょうか。

二宮 私は2017年に、この新規事業の責任者としてデジタルハーツに参画しました。当時は、U-NEXT(現・U-NEXT HOLDINGS)の取締役を務めていたのですが、ちょうど同じタイミングで、ローソンの会長だった玉塚元一さん(現・ロッテホールディングス代表取締役社長 CEO)がデジタルハーツの代表に就任されました。その玉塚さんから「ゲーム以外の領域で新しい事業を立ち上げたい」と請われ、責任者としてジョインすることになったのがきっかけです。

AIと教育を両輪に、独自の強みを構築

── ゲーム事業の売り上げを超えるほどの急成長を遂げられた要因はどこにあるのでしょうか。御社ならではの強みや特徴についてお聞かせください。

二宮 市場全体として、DXの進展に伴いソフトウェア開発が増え、テストのニーズが拡大していることは大きな追い風です。その中で私たちが成長できた要因は、大きく2つあると考えています。

一つは、「テクノロジーへの注力」です。私たちは後発だったからこそ、他社との差別化のためにテクノロジー、特にテストの自動化とAIの活用にこだわってきました。

先ほどお話ししたグループ会社のLOGIGEARは、30年以上にわたってソフトウェアテストツールとQAサービスを提供してきた実績豊富な企業です。彼らの持つ高度な自動化ツール「TestArchitect」を基盤に、この数年間はAIを活用した自動化技術の開発に重点的に投資してきました。単に人手でテストを行うのではなく、AIと自動化技術を駆使してテストできる領域を拡大し、効率と精度を極限まで高めていく。それが私たちの大きな強みです。

── もう一つの強みは何でしょうか。

二宮 「高度な人材育成システム」です。社内に「AGEST Academy」という専門の教育機関を設けています。ここのカリキュラムは、ソフトウェアテストの国際資格や国際基準のプロセス策定に携わっているヨーロッパの専門家たちの協力を得て開発した、非常に高度なものです。

このアカデミーを通じて、未経験者や新卒の若手でも、一定レベルのスキルを持つエンジニアへと体系的に育成することができます。さらに、テストを実行するエンジニアから、顧客の品質課題を上流工程から解決するテストコンサルタントへとステップアップしていくためのキャリアパスも用意しています。

AIや自動化によって単純なテスト作業がなくなっていく未来を見据え、より付加価値の高い領域で活躍できる人材を育て続ける仕組み。これも私たちの成長を支える重要な柱です。

── 他のテスト専門会社との違いはどこにありますか?

二宮 多くのテスト会社は、システムが完成した後の「最終工程」でテストを行うのが一般的です。もちろん私たちもそのサービスを提供していますが、真の強みはさらに前の工程にあります。

私たちは開発の知見を持つエンジニアを多く育成しているため、お客様が実際にプログラムを書いている「開発工程」の段階から入り込み、品質を高めていくご支援ができます。早い段階で品質を担保することで、最終工程での手戻りやテスト工数を大幅に削減できるのです。これはお客様にとって、開発期間の短縮やコスト削減といった直接的なメリットにつながります。

この「QA for Development(開発工程の品質向上)」というアプローチが、他社にはない我々のユニークな価値だと自負しています。

自社グループ開発のAIツールで、市場の潜在ニーズを掘り起こす

── 経営者として、これだけは譲れないという信念や、大切にされていることは何ですか。

二宮 「会社を成長させ続けること」です。これに尽きます。

上場企業の社長も経験しましたが、株主の皆様の期待に応えるのは当然の責務です。そして何より、従業員の給与を上げたり、教育に投資したりするためには、事業が成長していなければ話になりません。成長を続けることではじめて、関わるすべての人に貢献できる。その信念を持って経営にあたっています。

また、前職の経営者たちから学んだことでもありますが、単にお金儲けをするのではなく、そのサービスが本当に世の中の役に立っているか、お客様が何を求めているかを常に追求する姿勢も大切にしています。

私たちのサービスは、システムの不具合によってユーザーが被る不利益を防ぎ、社会の円滑な活動を支えることにつながっています。その社会的意義を忘れずに事業を推進していきたいですね。

── 事業展開するソフトウェアテスト市場の成長性をどのように見ていますか。

二宮 日本のIT投資額は全体で約16兆円と言われていますが、そのうちテスト工程が占める割合は約3分の1、つまり5兆円規模の巨大な市場です。

しかし、その中で専門企業にアウトソースされているのは、まだ数千億円程度に過ぎません。ほとんどの企業が、自社内でテストを行っているのが現状です。人手不足やシステムの複雑化を背景に、アウトソースのニーズは今後も二桁成長を続けると見ています。

さらに大きな可能性があるのが、AIによる革新です。私たちが開発したAIアシスト機能搭載の独自のテスト管理ツール「TFACT」を活用し、テスト工数を約30%削減するソリューションを提供しています。今後はSaaSとしての提供も強化し、これまでアウトソースに踏み切れなかった内製中心の企業様にも、我々の価値を提供できるようになります。

このAIツールを起爆剤に、まだ開拓されていない巨大な内製市場へアプローチしていく考えです。グローバルで見ても、AIを活用したテストツールはまだ発展途上であり、テスト専門会社としての知見を活かして開発した我々のツールには、大きな優位性があると感じています。

── 事業が急拡大する中で、組織面での課題はありますか。

二宮 営業面では、オウンドメディアやウェビナーといったリード獲得の仕組みが機能しており、強力なインサイドセールス部隊も育ってきました。育成面もさきほどお話ししたアカデミーがあります。最大の課題は、やはり「採用力」ですね。ありがたいことに受注は増え続けているのですが、エンジニアの採用が追いついていないのが実情です。

── その課題に対して、どのような工夫をされていますか?

二宮 最近、ようやく活路が見出せてきたのが、採用のターゲットを変えることです。従来のようにテスト経験者だけを狙うのではなく、「開発経験者」にアプローチを始めました。

AIの進化によって、単純なコーディング作業は今後AIに代替されていく可能性があります。そうした開発エンジニアの方々に対して、「品質保証(QA)のスペシャリスト」という新しいキャリアパスを提示しているのです。開発の知見を持つ人材が、AIを使いこなしながら上流工程の品質を担う。このキャリアは非常に市場価値が高いと考えています。この「開発エンジニアからQAエンジニアへ」という流れをブランディングし、採用活動を強化しています。

未来を見据えた次世代ツールの開発

── 今後の事業拡大に向けた、新たな施策についても教えてください。

二宮 現在、二つの大きな柱を考えています。一つは、さきほど申し上げた「TFACT」の拡販と機能強化です。現在はテスト工数の約30%削減を実現していますが、これを2028年までには50%〜60%の削減へと引き上げることを目標に、開発を進めています。

そしてもう一つが、「SBOM(エスボム)」という新しい領域への挑戦です。SBOMとは「ソフトウェア部品表」のことで、ソフトウェアがどのようなオープンソース部品で構成されているかをリスト化したものです。

米国では既に政府調達の要件になるなど、セキュリティリスク管理の観点から非常に重要視されています。日本でも経済産業省が導入を推奨し始めており、今後、医療や自動車など、ミッションクリティカルな領域を中心に管理が必須になると予想されます。

私たちはこのSBOMを自動で解析する「SBOMスキャナ」や「SBOM脆弱性定期レポートサービス」などを提供しています。ソフトウェアテストで培った知見を活かし、日本のソフトウェアサプライチェーン全体の安全性を高めることに貢献したいと考えています。

AI時代に日本企業が輝くための道筋

── AIという成長市場を活用してどのような世界を実現したいと考えていますか?

二宮 AIは仕事を奪うものではなく、うまく活用することで人間を助けてくれる存在です。AIによって生産性を向上させ、人々がより創造的で付加価値の高い仕事に集中できる。そんな世界を作りたいですね。

日本の企業がグローバルなAI開発競争で真正面から戦うのは、投資規模を考えても容易ではありません。しかし、OpenAIやGoogleが作った巨大なAIエンジンを「どう活用するか」というアプリケーションのレイヤーでは、大きなチャンスがあります。

私たちのAIテストソリューションも、まさにその一つです。AGESTは「テクノロジーですべてのDXに豊かな価値と体験を」をビジョンに掲げています。

日本ならではのきめ細やかさや品質へのこだわりをAIアプリケーションに落とし込み、世界で勝負していく。その一つのモデルケースとなることで、日本経済の未来に貢献できればと考えています。

氏名
二宮 康真(にのみや やすまさ)
社名
株式会社AGEST
役職
代表取締役 社長執行役員 CEO

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