この記事は2025年11月28日に「きんざいOnline:週刊金融財政事情」で公開された「法改正による歴史的な落ち込みから戻りが鈍い住宅着工」を一部編集し、転載したものです。
(国土交通省「住宅着工統計」ほか)
2025年4月に施行された「改正建築物省エネ法・建築基準法」の影響で、今年の新設住宅着工戸数が大きく変動している。法改正の概要としては、原則として住宅を含むすべての建築物に対して省エネ基準への適合が義務付けられることになり、小規模な木造住宅などの建築確認手続きが厳格化されることになった。
この法改正を前に、25年3月には大きな駆け込み需要が発生し、新設住宅着工戸数(年率・季節調整値)が前月比34.6%増と跳ね上がった(図表)。しかし施行後の4月は一転、反動で同▲42.2%と統計を遡及できる1969年以降で最大の下落率を記録した。さらに5月も同▲15.6%の減少が続き、着工戸数は69年以降で最も低い52万9,000戸(年率換算)に落ち込んだ。このように、法改正が住宅着工に与えた影響は極めて大きく、記録的な変動をもたらした。
気がかりなのは、その後の持ち直しの動きが鈍い点だ。一般に、こうした政策変更などの一過性要因で需要に変動が生じた場合、その影響が収束するにつれて元の水準に復元していくと考えられる。しかし、足元にかけての新設住宅着工戸数の動きを確認すると、6月は前期比22.4%増と相応に持ち直したものの、7月は同9.9%増、8月は同▲0.1%、9月は同2.4%増と精彩を欠いたままだ。
この結果、9月の着工戸数は72万8,000戸と、法改正前の80万戸程度を大きく下回る水準にある。こうした住宅着工の戻りの鈍さは、省エネ設備導入に伴う住宅建築コストの上昇や手続き面での負担の増加などが、制約となっていることを示唆している。
もっとも、法改正の影響を除いても新設住宅着工戸数の長期的な趨勢は右肩下がりであり、今後も下押し要因は多い。需要面では、住宅価格や金利の上昇などにより、家計の住宅取得環境は悪化傾向にある。供給面では、人手不足が工期長期化や着工先送りの要因になっているとみられる。より構造的な要因として、国立社会保障・人口問題研究所の最新推計に基づけば、日本の世帯数は今後頭打ち感が強まり、2030年をピークに減少に転じる見通しである。住宅着工が力強く回復していく姿は描きにくい情勢だ。
最後に、住宅投資の趨勢が日本経済に与える影響を考えたい。実は、住宅投資の対GDP比(24年度)は3.3%にとどまる。しかし、住宅の建築段階では、木材・鉄鋼など多くの資材が用いられることに加え、取得後では、自動車や家電・家具等の耐久財を中心とする消費拡大の間接的効果が見込まれる。住宅投資の生産誘発効果は大きく、対GDP比が示す以上に重要な分野と位置付けられよう。住宅投資の低迷が長期化すれば、国内景気全体へ悪影響が及びかねない。
SBI新生銀行 グループ経営企画部 金融調査室 シニアエコノミスト/森 翔太郎
週刊金融財政事情 2025年12月2日号