株式会社中村牧場

埼玉県の食肉卸・製造業である中村牧場は、専務の中村隼人氏が陣頭指揮を執り、事業承継と経営改革が進行中。生産者との長年の信頼関係に基づく「国産豚肉」の安定供給を最大の強みとする同社は、持株会社化による経営インフラの整備、DX推進などを通じて、売上100億円規模への飛躍を目指す。

二代目社長の病をきっかけに家業へ戻った中村専務に、事業承継の難題や組織運営の壁に向き合いつつ、いかにして新たなビジョンを描き伝統企業の未来を切り拓くのか、聞いた。

中村隼人(なかむら はやと)──代表取締役専務
1989年生まれ、埼玉県熊谷市出身。2012年大学卒業後、公益社団法人全国食肉学校にて食肉の基礎を学んだ後、食肉卸売市場での豚・牛の屠畜解体業務、精肉製造業務に従事。2017年に中村牧場へ取締役専務として入社し、2019年に代表取締役専務に就任。県北食肉センター協業組合代表理事も務める。
株式会社中村牧場
1968年創業。国産豚の集荷・仕入・業務用の部分肉・副産物製造・卸売を主体とする。県北食肉センター協業組合にて、関東エリアを中心に約11社の生産者から年間9万頭の豚を仕入れ、安全・安心・安定品質(AAA)をモットーに規格製造に取り組む。2023年10月にはPORK LABOをオープンし、地域企業との連携による商品開発や地域貢献活動も積極的に行う。
企業サイト:https://nakamurabokujyou.com/

目次

  1. 三代目社長の誕生を見据え、株式会社・持株会社化
  2. 事業承継の壁にぶつかるも父の言葉と従業員の協力が助けに
  3. イメージ向上を目指し、採用強化、社会との連携を模索
  4. 畜産家との関係強化、工場の稼働を最大化
  5. 中村牧場が感じるDXの課題と目指す方向性

三代目社長の誕生を見据え、株式会社・持株会社化

── 会社の創業から今までの歴史を教えてください。

中村氏(以下、敬称略) 創業は私の祖父にあたる中村保一、1968年に有限会社中村牧場を設立したのが始まりです。当時は農業を営む傍ら、地域の地主でもありました。

戦後の農地解放などを経て、近隣の社員食堂から大量に発生する食品残渣に着目し、養豚業を開始して生計を立てました。時代の流れとともに事業を継続する中で、初代保一が食肉卸売事業を開始。有限会社設立後は、食肉処理業にも着手しました。

現在の事業形態は食肉卸しが中心ではありますが、それを担う主軸は製造です。2002年には、埼玉県の熊谷市に県北食肉センター協業組合を設立しました。中村牧場を含む関連事業が組合の資本の9割強を有しているため、食肉処理からカットまで一連の運営を実質的に担い、稼働の75%を中村牧場が担います。

中村牧場では、関東エリアから豚を集荷しており、年間で約9万頭を仕入れ。これを主にメーカー経由で量販店へ卸します。

競合との差別化という点では、国産豚をメインに扱うことが挙げられます。長年にわたり、50年以上お付き合いのある生産者との強固な信頼関係を構築。生産者に非常に近い立場で豚の仕入れからものづくりまでを行えることが、弊社の最大の強みです。

お客様からのご要望があった際には、すぐに生産者さんと連携が図れる体制を整備。また、長年の信頼関係があるからこそ、安定的な供給もできます。

製造面では、約9割がメーカー経由の量販店向けスペック対応が可能。お客様の規格に対応するため、さまざまなカット規格を社内で対応できるノウハウが蓄積されており、また、屠畜場で発生する副生物(内臓、原皮、豚足などを指します)の販売や、カットの際に発生する副産物(ラード、豚骨、小肉などを指します)も同施設内で鮮度を保ったまま定量規格で製造することによって、豚由来の様々な原料が販売可能になっています。この点も他社に秀でている強みです。

── 有限会社から株式会社に転換したのは、どのような背景があったのでしょうか?

中村 こちらは事業承継と関連したものです。将来的に私が承継することの準備段階として持株会社化を進めており、それに伴って有限会社から株式会社へ変更しました。

事業承継の壁にぶつかるも父の言葉と従業員の協力が助けに

── なるほど。現状で事業承継はどのような状態でしょうか?

中村 約5年前に社長が病気で入院することになり、私は別の企業から中村牧場に入社しました。入院期間中は、社長とまったくコンタクトが取れない状態でしたし、事業の引き継ぎ準備も十分ではありませんでした。承継について模索しながら、現在に至ります。

最近になり、社長は話ができるような状態まで回復しました。そこで、事業承継をきちんと進めようと、株式移転による持株会社の設立という形で承継することになりました。

持ち株会社を設立するメリットとしては、M&Aなどのチャンスを生かせることや、万が一の売却時にもスムーズな手続きが可能になることです。また、成長戦略の中で、付加価値を高められる企業との連携や買収を通じて事業を拡大するためにも、インフラを整えることが重要だと考え、持株会社の立ち上げを進めました。

── 事業承継は非常に難しい問題であり、多くの方が悩まれます。「ここは難しかった」「ここはまだ解決できていない」と感じている点はありますか?

中村 現社長が主体となって進めるのが理想的ですが、提案の仕方には気をつかいました。早く社長を辞めてほしいのではないか、ととらえられるのを恐れたからです。

ただ、幸いにも弊社では、昔から事業承継のタイミングなどについて話をする機会がありました。また、祖父が急に亡くなった際に、父が手続きなどで大変だった経験から、日頃から「何かあったときには任せていい」という話をしてもらっていたこともあり、こちらが主導で提案を進めることができました。

──親子間とはいえ、承継は難しいものですね。

中村 弊社に関しては、大きなトラブルなく進んではいますが、本来であれば2年前に進んでいたはずの持株会社化が、社長が判断できない状態だったということもあり、遅れてしまいました。社長には、はっきりと承継の意思表示をしてほしいという思いはあります。わたしが代表権を有していることから強引に進めることもできましたが、社長がこれまで2代目として厳しい判断を迫られながらも築いてきた事業、その分岐点ともなりえる意思決定を、息子とはいえ他者にゆだねることに悔いを残してほしくないと思ったからです。

他社で同じようなアプローチをした際に揉めてしまい、うまく承継ができず会社がなくなってしまったという話も聞きます。アプローチの仕方によっては大きく変わってくるのでしょう。弊社は幸いにもうまくいきました。

──現在、後継候補として実際に舵取りをされる中で、これまでぶつかってきた壁と、それをどう乗り越えられてきたかを教えてください。

中村 壁としては、二代目社長から実務面で私に代替わりする際、社内に「社長についてきた従業員」と「そうでない従業員」がいました。この業界は「この人のいうことしか聞かない」といったタイプの人が多かったため、父が承継する際も苦労したと聞きます。

私も、社長が急遽入院して連絡が取れなくなったこともあり、「やるしかない」という状況でした。

前職も迷惑がかかる形で急な退職をしてしまいました。

翌日からは引継ぎも何もなく、従業員には前触れもなく、いきなり専務として業務についた為、従業員の中にはこいつは誰だ?と思った人もいたかもしれません。

幸いにも社長が育てた側近の従業員に「何かあったときは息子を頼む」とも事前に話をされており、実際、幹部層、仲間業者からの協力があって現在に至っています。

今思えば学生時代から定期的に皆さんとは無尽などで何度も交流していたことも大きかったと思います。

ただ、業務のあらゆる部分で社長の判断と決裁が必要ということで、しばらくは社内・取引先のキーマン把握と業務内容の理解に努めました。

イメージ向上を目指し、採用強化、社会との連携を模索

──社長業、経営者としての舵取りの中で、働き方の違いなど、難しいと感じる点はありますか?

中村 もともとサラリーマン経験があったので、組織としてどうあるべきかという点は、前の会社で学びました。

弊社に戻って感じたことは組織体制に課題があると感じました。幹部を含めた従業員は、意思決定・判断が伴う業務については社長が決めることとして認識しており、社長代行として話を聞いていると、こんなことも所属長判断ではなく社長が決めないとダメなの?ということも多々ありました。また、実態把握の為、現場で従業員さんたちとコミュニケーションを図ると、専務に告げ口をしていると他のスタッフから嫌がらせを受けていると耳にしたり、社員に業務について確認すると、内容が曲解されて専断的に業務を進めてしまったり、ベテランの方からは、自身の上司が誰だかわからないと相談されたり。そのような有様でした。

社員も外部からのクレーム、現場のトラブルがあっても思考停止状態。
社長が考える事として、言われたことを伝達するだけの状態になっており、社長が言ったことがすべて。という風潮で、従順であるといえばそれまでですが、何の違和感もなく言われたからやっている、本質をとらえて判断しない業務の進め方ついては危機感をおぼえました。本来求められている業務の認識がずれているため、「自分ごと」として業務をこなしてしまう従業員が多いと感じました。

今では、役職者の責務・権限を明確にすることを進め、そこに見合う人間を目指すよう年二回考課者面談を実施しながら、意識の向上を地道に進めています。

また、ライン作業の性質上、全体的な部門間、従業員間のコミュニケーションを図ることが不得意で情報や方向性がなかなか一致しない従業員が多いのが現状の課題です。

そのためまず社員からクラウド型のMITOCOというツールを使って社内コミュニケーションの活性化を図り、対外的にはSANSANを使用して商談履歴を残すように進めています。

さらに、BtoBの製造業ということもあり、求人を出す際に反響しにくいという問題があります。食肉センターという言葉のイメージや、生き物を扱うことへの抵抗感などから、世間一般には敬遠されがちだからです。そのため、求人・採用のハードルが高いと感じます。

そこで、イメージを少しでも良くするために、社内では福利厚生や評価制度の見直しに着手しました。また、中村牧場としての魅力づくりとして、社内体制の整備を進めています。対外的にも親しみやすいイメージが持たれる方法はないかと考え、コロナ禍時の事業再構築補助金を活用し、直売所の開設を検討することになりました。

── ウェブサイトは非常に綺麗なデザインですが、最近、刷新されたのでしょうか?

中村 私が中途採用における課題を感じたタイミングで、外部のウェブ制作会社に相談して一新しました。

──採用において、ウェブサイトの定期的なメンテナンスは重要ですね。

中村 そうですね。今は、求職者の大半がネットから情報を集めるため、スマホやPCでの見え方は非常に重要だと思います。

畜産家との関係強化、工場の稼働を最大化

── 企業の発展を見据えて新規事業や事業拡大のプラン、社長が描くビジョンについて教えてください。

中村 大前提として、二代目の社長が考える「食肉を通じて従業員を幸せにしたい」という思いを承継しつつ、さらに顧客、得意先、生産畜産家、そして最終的に消費者の方々へ、食肉を通じた感動や笑顔を届けられるようになりたい考えを持っています。

その上で、まず生産者との信頼関係をより強固にする必要があります。

そして、中村牧場でできることを広げたい。単に仕入れて販売するだけでなく、そこに物語や、つくり手のこだわり、想いを乗せて、お客様に届けるための発信を強化したいです。問屋として、製造としてだけでなく、会社の存在意義も考えてお客様にお届けする流れをつくりたいと思います。

また、製造工場の稼働率を上げ、仕入れから加工、販売までの一連の流れで価値向上に注力する必要があります。昨今の問題である人材不足をどのように補うかという点も重要です。センター内の業務効率化を図るために、ITやDXの推進もともに進める方針です。

── 今後どこまで規模を拡大していきたいか、具体的な数字などのビジョンはいかがですか?

中村 優先したいのは、工場の稼働最大化です。現在、組合全体で年間17万5000頭の処理能力がありますが、弊社での取り扱いはまだ9万頭程度です。集荷に力を入れ、30年後には稼働率を85%程度まで引き上げたいと考えています。

そうすると、売上ベースで約100億円規模になります。現状の売上は50億円前後ですので、まずはこの100億円を目指して走り始めます。

規模をさらに広げるかどうかは別の話であり、まずは自社工場を最大限に活用することを目指します。現状、組合員以外の利用も含めて稼働を上げていますが、食肉業界全体の縮小や問屋の廃業が見られる中で、自社がそれを代替できる力をつける必要があるからです。

── 今後、業界的に廃業が進む中で、事業をやめたいという会社とのM&Aや協業も考えられますね。

中村 ええ、それもホールディングス化を進めた理由の一つです。そういった際には、協力しながら対話の積み重ねとコンセンサスを得た上で、新たな体制を構築することは十分に考えられます。

中村牧場が感じるDXの課題と目指す方向性

── 前向きな拡大プランに対して、現在、最も障壁となっていることや、改善していきたい点は何でしょう?

中村 IT・DXの導入を推進していますが、年配の従業員にはハードルが高いようです。一方で、若手は柔軟に受け入れており、活用の見通しが立っています。

別の懸念点としては、弊社には営業部隊が実質的にいないことです。製造に特化しているため、豚を増やしても販売先を同時に拡大する必要がありますが、営業力が弱いのが現状なのです。

既存メーカーへ一点集中の納品体制を続けるにはリスクが高すぎるため、今後中村牧場としてどのように営業活動を推進するか、まだ明確なイメージを打ち出せないのが現状です。そこで、まず頭数が増えても対応できる業務内容のシンプル化と、システムの導入により、煩雑な業務のスマート化に注力したいと考えています。

── IT・DX化について、具体的にどのような課題があるのでしょうか?

中村 分かりやすい部分では、事務処理です。以前は仕切り書や納品書を手書きで行っており、作業に必要以上の時間がかかっていました。現在は会計や人事労務関係をクラウド化しています。

出来高の重量をバックオフィスに転送して日報を出すところまではできています。しかし、そこから納品書への移行は、一度プリントアウトしたものを電卓で計算しながら行うなど、まだ手作業の部分が多く残っているのです。

仕入れの部分でも、Excelで自動計算はできますが、現場の計量器と連動するものではありません。計量器から直接データ抽出して仕切り書に転記できる形にできれば、バックオフィス業務を大幅に削減できます。また、入庫・出庫管理も担当者に任せきりになっており、属人的な業務であるのが課題です。

これらをクラウド上で管理できるシステム構築を検討しており、来期10月ごろから着手する予定です。IT・DX化の補助金なども活用できればと思います。

── 機械を使った作業の自動化も検討しているのでしょうか?

中村 はい。人の手で行っている作業の中には、機械で代替できるものもあります。たとえば、包装機で作業する部分です。現在の包装業務は人の手での作業ですが、省力化と機械化を検討しており、関係企業への問い合わせや打ち合わせを進めています。

── 紙文化からの脱却は、多くの企業で地道な努力と啓蒙活動が必要とされています。

中村 そうですね。投資できる余裕があるうちに投資を行い、後々の業務を皆が楽にできる体制を築きたいと考えています。そのためには、若手の幹部候補の育成も強化する必要があります。

弊社では、氷河期世代が従業員の大部分を占めており、40代から30代が若干少なく、20代が徐々に増えつつある状況です。世代間をつなぐ人が少ないため、育成が難しいと感じます。年齢差による価値観の違いも、コミュニケーションの障壁になることがあります。

── 育成の部分で、具体的な取り組みを教えてください。

中村 幹部候補の若手については、専門学校へ行ってもらった上で現場業務に就いてもらう流れをつくっています。まだ始めたばかりで、専門学校へ行ったのは2名だけですが、来期も行うつもりです。また一つの技術・知識の習得度を示す指標として部分肉マイスター試験や、日本一の技術を競うカッティング協議会などがありますので成果が目に見える取り組みを検討しています。

── 社長の近くで働くことが、文化の浸透や育成につながるのではないでしょうか?

中村 私の近くにいる従業員の一人は広報にも携わってもらっているため、業務的性格からコミュニケーションは取れている方だと思います。現場の従業員や他の上司からも、それを理由に広報で必要な情報を積極的に収集できているようです。

── 最後に将来に向けた取り組みや意気込みをお願いします。

中村 生産者と共に歩み、日本の畜産と食を支えるため、弊社とお付き合いいただきながら国産豚肉の振興を一緒に盛り立てていける企業がいらっしゃれば、ぜひご一緒させていただきたいです。また、私と一緒に中村牧場を個人商店から商社に、これからも食卓に笑顔と感動を届け、成長し続ける企業を目指して共に走っていただける仲間もお待ちしております。

氏名
中村隼人(なかむら はやと)
社名
株式会社中村牧場
役職
代表取締役専務

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