電力の卸取引をマッチングするためのプラットフォームを構築しているenechainは、創業からわずか5年で取扱高が3兆円に迫るなど、日本のエネルギー市場における新鋭として急速に存在感を高めている。
この急成長の背景には、エネルギー分野の深い知見に基づく顧客の「ペインポイント(課題)」への的確なソリューション、そして大手企業との協業を可能にした着実な「実績」の積み重ねがある。
enechainの野澤遼社長に、「小さな実績を積み重ねてきた」というこれまでの歩みと、次なる戦略を聞いた。
企業サイト:https://enechain.co.jp/
目次
エネルギーの「市場構築」を使命とするenechain
── 最初にenechainがどのような会社なのか教えてください。
野澤氏(以下、敬称略) 創業以来、一貫して電力の卸取引をマッチングするプラットフォームビジネスを展開しています。当初はプラットフォームの力だけでなく、人を介した取引で実績を積み上げ、それを徐々にテクノロジーを活用したプラットフォームへと移行させてきました。
創業当初からテクノロジー活用への強いパッションを持ち、エンジニアの採用にも力を入れています。現在、社員の半数近くはエンジニアバックグラウンドを持つ者であり、スケールやイノベーションを起こす上で技術が不可欠であるとの考えによるものです。
── キャリアの原点は東日本大震災にあるそうですが、当時、関西電力の社員としてエネルギーを海外からの輸入に頼らざるを得ない状況を、どう思われていたのでしょうか?
野澤 あの震災とそれに伴う原発事故は、エネルギー供給の構造的な問題点を浮き彫りにしました。原子力発電所の停止により、火力発電を動かすためのLNGや原油、石炭などの燃料調達が急務となり、そうなると海外からの調達が必須となりました。
当然、供給がひっ迫すれば価格は高騰します。海外のサプライヤーにとっては、高値で販売できる絶好の機会であり、それがマーケットの現実です。需給バランスで価格が決まる以上、足りないものを求める側は、たとえ高値でも購入せざるを得ない状況に陥ります。
この状況は、日本が資源を持たない島国であるという構造的な課題と直結しています。燃料価格の高騰は電気料金の値上げにつながり、国民生活に大きな影響を与えました。こうした状況を解決しなければならない、構造的な課題である、と強く認識したことが私の原体験となっています。
── その後、創業し、5年で取扱高が3兆円に迫るなど、日本のエネルギー市場の構築という目標は達成されつつあるのでしょうか?
野澤 「市場らしきもの」はつくれたかもしれませんが、まだ道半ばだと考えています。
電力市場の年間取引規模は20兆円から30兆円に上り、流動性を持たせた取引を可能にするためには、その数倍、すなわち100兆円から150兆円規模のプールがあって初めて、誰もが自由に取引できる状況が生まれます。現在の3兆円という規模は、その目標からするとまだ数%程度に過ぎません。
市場を構築することで、リスクヘッジが可能になります。燃料価格が高騰する要因のひとつが地政学リスクです。直近では、ロシアのウクライナ侵攻や中東での戦争が原油や天然ガスの価格に大きな影響を与えました。いつ起こるか分からない戦争や、予期せぬ事態に備えられるマーケットをつくり、インフレを防ぐことが私たちの存在意義です。
そのためには、より大きなプールが必要であり、より多くの人々が参加し、より多くのプールに入れる「水」、すなわちエネルギー取引の流動性があれば、より多くのリスクを回避できるようになります。
── とはいえ、およそ3兆円という市場規模の達成は、目標を乗り越えた証です。これを可能にした決め手は何だったのでしょうか?
野澤 まず、ニーズの深さが挙げられます。ニーズのないところに市場をつくっても意味がありません。私たちが仮説として立てたペインポイント(課題)が、実際に存在していたことが大きいと思います。
私自身がエネルギー分野でのバックグラウンドを持ち、ユーザーサイドの視点を深く理解していたため、顧客が求めるソリューションを提供できたと考えています。もし、私たちの仮説がずれていたら、ニーズはなかったでしょう。
小さな実績を積み重ねスケールさせる戦略
── 大手電力会社などの顧客でありながら株主でもあるという関係性は、非常に強力なアドバンテージではないでしょうか。既存の大手企業からの信頼を得て、不可欠な存在となるための秘訣は何だったのでしょうか?
野澤 秘訣というよりは、やはり「実績」に尽きると思います。ニーズがなければ、誰も見向きをしません。ビジネスアイデアは数多く存在しますが、それを実行できるかどうかが重要です。構想だけでは誰もついてきません。
結果として、実績が積み重なり、そこにまた人が集まり、事業が大きくなるサイクルを見せることができたからこそ、大手企業も動いてくれたのだと思います。
創業当初、実績もプラットフォームもなく「enechainです」と名乗ったところで、業界出身者であっても見向きもされませんでした(笑)。
しかし、ニーズに対してソリューションを提供し、実績を積み重ねることで、次のステップへと進むことができました。大きなホームランを狙うだけでなく、着実な実績を提供することが重要だと考えています。
また、業界にいた経験から物事を動かすことの難しさを、肌で理解していました。そのため、時間がかかることを理解し心が折れることなく、自分たちの仮説への自信を持ち続けるようにしました。業界の時間軸に寄り添いながら、少しずつ実績を積み重ねてきたのです。
物事は、ホップ、ステップ、ジャンプです。たとえばパートナーシップでいうと、とあるFinTech企業とのアライアンス検討から始まり、損保ジャパン様との協業で実績を積み上げ、その後、三菱UFJ銀行様とのジョイントベンチャーへと発展した経緯があります。
最初からメガバンクに話を持ちかけても、実績がなければ無理です。百兆円規模を目指す私たちのビジネスにおいて、小さくても確実な実績、最初のホップが重要でした。
── 小さな実績を積み重ねることは、enechainの組織文化でもあるのでしょうか? 勝ち続ける組織をつくるための取り組みを、教えてください。
野澤 組織はビジネスをつくるためにあり、また最も重視するのはユーザー、すなわち顧客です。労働集約的なアプローチや小さな実績から信頼関係を築き、それを大きな成果へとつなげ、そしてテクノロジーによる成功体験も積み重ねることが重要です。
現在、大手電力会社の取引の一部を任せていただけるようになり、それをテクノロジーで解決する形へと進化させています。テクノロジーによる成功体験をどう作るかが、このフェーズでは非常に重要です。イノベーションが生まれやすい組織構造を目指し、テクノロジー側の人間からビジネスアイデアが出てくるような取り組みを推進しています。
最終的にスケールさせるのはテクノロジーであり、あらゆる業界で共通する事実です。
先進的な技術集団からビジネスアイデアが生まれることが不可欠であり、そうでなければ真のテックカンパニーにはなれません。GoogleやAmazonのように、不可能と思われたことを技術で解決していく人々が集まるサイクルをつくり出すことを目指しています。
社内では、テックカンパニーになるという強い意思を発信し続けています。
海外人材も積極的に採用中
── 組織の拡大と密度の向上、どちらに注力していますか?
野澤 無作為な拡大は考えておらず、超優秀な少数精鋭による拡大を目指しています。AIが生産性を高める時代において、AIを活用して作業時間を短縮し、より高度な業務に集中できる環境を整備しています。
しかし、AIが全てを代替できるわけではなく、AIをどう使うか、AIをどう考えるかという点が重要です。
私たちの規模では、AIを使いこなせる優秀なエンジニアが依然として不足しています。そのため、引き続きハイスキル人材の採用に注力し、密度を高く保ちつつAI前提の組織運営を進めています。
── 採用活動は順調に進んでいますか?
野澤 日本国内でのエンジニア獲得競争は激しく、スピードが出にくい状況です。そのため、最近では海外エンジニアの採用にも力を入れています。ビザ発行を経て日本に来てもらう、あるいはリモートで働いてもらうといった形です。海外採用は予想以上の成果を上げていて、グローバルな人材を受け入れられる組織体制を早急に構築する必要があります。
将来は上場を視野も「現在は成長をつくり出すフェーズ」
── 今後の経営戦略として、サービス提供者からインフラとしての存在へと駆け上がるにあたり、市場での優位性を維持・向上させるための戦略や重点取り組み事項を教えてください。
野澤 エネルギー業界は想像以上に複雑で、エネルギーセキュリティや国防といった分野にも関わってきます。難解なパズルを解いていくためには、業界のインサイダーとしての深い理解が不可欠です。
当社は創業初期から経済産業省の審議会にも参加するなど、業界の発展に向けた取り組みに貢献して参りました。マーケットデザインやその裏にある背景を深く理解していることこそが私たちの強みであり、外部の技術者だけでは課題の本質を捉えきれないと考えています。
また、マーケットプレイス事業は、取引量が増えれば増えるほど取引がしやすくなるネットワーク効果が強く働きます。この良いサイクルにより、私たちは指数関数的な成長を続けることができ、それが新たな価値を生み出す好循環となっています。
さらに、三菱UFJ銀行様や三井住友銀行様といったメガバンクとの提携により、通常の企業では提供できない決済ビジネスを展開できるようになりました。これは、マーケットプレイスのネットワーク効果と、与信リスクを排除した決済事業という、私たちの強固な基盤があってこそ実現できたものです。
業界の知見、積み重ねてきた実績、そしてパートナーシップ。これらが組み合わさることで、より強いプラットフォームへと進化しています。
── 昨年、60億円の資金調達が発表されましたが、その目的や使途は何でしょうか?
野澤 調達した資金は、新しい投資やメガバンクとのジョイントベンチャーのための成長資金として、決済ビジネスなどに投下しています。
また、採用活動にも力を入れており、シリーズBの調達以降、多くの人材を採用してきました。今後は、M&Aも積極的に検討する予定です。
── 上場に関する構想や、ファイナンス戦略についてはどうですか?
野澤 上場については焦っていません。もちろん、マーケットプレイス事業を展開する上で透明性は非常に重要であり、最終的にはパブリックな形で事業を展開することが、業界から求められると思います。
しかし、現段階では、非上場であることのスピード感や意思決定の速さを活かし、限られた株主の中で新しい成長をつくり出すフェーズだと考えています。地に足のついたビジネスを大きく育て、必要に応じて上場も選択肢のひとつとして検討する方針です。
ゼロから取引所、マーケットプレイスを構築する醍醐味
── 求職者へのアピールポイントとして、未上場であることの面白みはどのような点にありますか?
野澤 日本で自由化が進む中で、ゼロから取引所やマーケットプレイスを構築するという機会は、ほとんどありません。enechainは、まさにその稀有な機会に挑戦しています。2019年の創業以来、公的で流動性の高い市場を創るという目標が、具体的な形で実現できる規模になってきました。
私たちの実績は、ニーズがあったからこそ積み重ねてこられたものですが、決して簡単な道のりではありませんでした。この、誰もが「不可能」と考えるような大きな挑戦を、自分たちの手で成し遂げるという経験は、大きな達成感とやりがいをもたらすはずです。
── 実際に採用された社員も、enechainの事業の面白さに共感されているのでしょうか?
野澤 はい、ほとんどの社員が事業の面白さに共感して入社しています。電気やエネルギーといった分野に直接的な興味がないとしても、日本が置かれた構造的な状況を変え、社会に大きなインパクトを与えるという事業の社会的意義に共感してくれるのです。
経済を安定化させ、インフレを防ぎ、環境ビジネスを通じて脱炭素に貢献するという、私たちの取り組みの意義を理解してくれる人にジョインしてほしいと考えています。
enechainは、日本の抱える構造的な課題を解決するために、ニッチな電力・エネルギー分野で奮闘するスタートアップです。私たちの成長が、日本のエネルギーに関するあらゆる課題の解決につながると信じています。
- 氏名
- 野澤遼(のざわ りょう)
- 社名
- 株式会社enechain
- 役職
- 代表取締役社長

