この記事は2026年3月6日に「きんざいOnline:週刊金融財政事情」で公開された「良好な経営環境を背景に、企業も賃上げ定着に前向きな姿勢」を一部編集し、転載したものです。
(日本銀行「全国企業短期経済観測調査」(短観))
2026年の春闘では、労働組合が強気の方針を打ち出している。ただし、賃上げは労組の要求だけでは決まらない。企業が良好な経営状況になければ、連合が掲げるような高い賃上げが実現しないことはいうまでもない。26年の春闘についていえば、足元の企業業況は総じて底堅く、経営者の間でも賃上げ継続について前向きな発信が増えていることから、25年並みの高い賃上げが実現する可能性は高いと予想される。今回は、企業側の視点で26年の賃上げについて考えてみたい。
賃上げの継続には二つの条件が必要となる。第一の条件は、賃上げ原資となる企業利益が確保されていることである。利益率が十分に確保できていなければ、企業は賃上げによる人件費の増加に耐えられなくなる。
日銀短観の「売上高経常利益率」の年度計画を見ると、大企業では製造業が10.77%、非製造業が8.52%と、25年度も高水準を維持する見通しとなっている(図表)。中小企業についても、大企業ほど高くはないが、製造業や非製造業で賃上げを行いながら前年度並みの利益率を確保できると予想している。
第二の条件は、人件費を中心とするコスト増を販売価格に転嫁できる状況にあることだ。賃上げによって人件費が増えても、販売価格の引き上げによって吸収できれば、人件費負担は一定に保たれ、利益率を維持しながら賃上げを続けられる。
逆に転嫁が進まず、販売価格を十分に引き上げられないまま人件費だけが増えれば、利益率が下がり、賃上げの継続は難しくなる。賃上げが「ノルム」(慣行)として定着するかは、企業が継続的に価格転嫁を行えるかにかかっている。
このように、賃上げの原資となる企業収益と賃上げの継続に必要な価格転嫁という二つの条件がそろうと、企業は労組が求める生活防衛のための賃上げに応じやすくなる。加えて、前回述べたように、構造的な人手不足が企業の賃上げを後押ししている。企業にとっては、賃金の水準が人材確保における競争力の重要な要素となっており、人手不足に起因した企業の前向きな姿勢が賃上げ継続の可能性を高めている。
しかし人材確保の観点では、賃上げの焦点が単なる「賃上げの継続」から「実質賃金の増加」に移りつつある。企業は23年以降、賃上げ率を引き上げてきたが、長引くインフレによって実質賃金はむしろ目減りしている。企業は、人材確保と雇用者のパフォーマンス維持のため、インフレを上回る賃上げが求められている。
みずほリサーチ&テクノロジーズ 上席主任エコノミスト/井上 淳
週刊金融財政事情 2026年3月10日号