横浜・川崎を中心に東京湾沿岸部に広がる京浜工業地帯。そこを走るのがJR鶴見線だ。首都圏にありながら、総距離9.7㎞のミニ路線にすぎないが、意外な発見があったり、他にない異空間を体験できたり、ちょっとした「探訪」気分を味わえる。

本線のほかに2つの支線

東京方面から出発した場合、JR京浜東北線・蒲田(大田区)を過ぎると多摩川を渡り、2駅目が鶴見(横浜市)。鶴見線に乗り換えれば、終着駅の扇町(川崎市)には17分ほどで着く。平日の利用者の多くは沿線工場の関係者だ。

鶴見~扇町間の本線のほかに、海芝浦線、大川線という2つの支線がある。鶴見線は全線が13駅あるが、始発駅の鶴見以外はどこも無人で、駅舎やホームもかなりくたびれていて、レトロ感が満載。産業界の栄枯盛衰を体現したかのような趣も漂う。

支線の列車ダイヤをみると、土曜・日曜は海芝浦線が1時間にほぼ1本(朝夕2本)、大川線にいたっては1日に3本だけ。

先に進めず、戻るしかない「海芝浦」

そんな鶴見線でぜひ足を向けてみたいのが海芝浦線終点の「海芝浦」。本線の「浅野」から枝分かれし、2駅目。目の前に海が広がり、ホームの真下まで波が打ち寄せる。

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(画像=「海芝浦」支線の終着駅、「M&A Online」より引用)

改札に向かうと、「一般者立入禁止」の看板が立つ。駅に隣接する東芝の工場関係者専用だからだ。

では一般の乗客は? 気を取り直してあたりを見直すと、別の簡易自動改札機がある。そこをタッチすると、「海芝公園」に直結する。

東芝が所有地の一部を開放して1997年にミニ公園として整備。遊具などはなく、ベンチが置かれているだけだが、のんびりと景観を楽しめる。対岸にはJFEスチール東日本製鉄所、東京ガス扇島工場、全長1020メートルの斜張橋「鶴見つばさ橋」などが見える。

もちろん、海芝公園の外には出られず、先に進むことができないので、発車時間を待ち、上りの電車で戻るしかない。

駅名の多くは明治・大正期の実業家にちなむ

鶴見線は1926(大正15)年、貨物線の「鶴見臨海鉄道」として開業した。目的は埋立地につくられた京浜工業地帯の物資輸送。戦時中、国有鉄道化され、現在のJR線にいたる。

鶴見線のルーツと深く関係するのが駅名。13ある駅の半数近くが明治・大正期の実業家に由来する。

鶴見から数えて4つ目の駅の「浅野」は、浅野財閥の総帥・浅野総一郎にちなむ。浅野は京浜工業地帯の生みの親とされ、鶴見臨海鉄道(現鶴見線)の創始者でもある。「武蔵白石」は日本鋼管初代社長を務めた白石元治郎の名前からネーミングされた。

太平洋セメント、JFEスチール(旧日本鋼管)、東京ガス、東亜建設工業などは浅野がかつて創設にかかわった企業。その浅野から見いだされたとされる人物が白石だ。

「浅野」の隣駅の「安善(あんぜん)」は安田善次郎。安田財閥を率い、大がかりな埋立工事を資金面からバックアップした。安田が1880(明治13)年に創設した安田銀行はみずほ銀行(旧富士銀行)の源流をなす。

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(画像=「浅野」駅のホーム、「M&A Online」より引用)

「安善」から分かれる支線の大川線の終点「大川」は、王子製紙の礎を築くなど“製紙王”と呼ばれた大川平三郎から命名されている。

終点の「扇町」は浅野家の家紋の扇からとされる。また、「鶴見小野」は地元の大地主・小野重行に関係する。

産業界の先人の足跡をたどることができる鶴見線探訪。その締めくくりに立ち寄りたいのは「総持寺」。福井県の「永平寺」と並ぶ曹洞宗の大本山として知られ、明治時代に焼失を機に石川県能登から横浜市に移転・再建した。

鶴見駅西口から歩いて5分ほどだが、都会の一角で広大な境内に圧倒される。

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(画像=曹洞宗大本山「総持寺」の三門、「M&A Online」より引用)

▽路線名=JR鶴見線(鶴見~扇町)
▽距離=全9.7㎞(本線7㎞、海芝浦支線1.7㎞、大川支線1.0㎞)
▽アクセス=JR京浜東北線「鶴見駅」、もしくは京浜急行線「京急鶴見駅」から至近

文:M&A Online