
東京都練馬区にある株式会社オザキフラワーパークは、創業65周年を迎えた都内最大級の園芸専門店だ。
花の生産農家から始まり、時代の波に乗って成長を遂げた同社だが、1990年代後半からの業界全体の市場縮小や東日本大震災により、従来の小売業からの脱却を迫られた。
転機となったのは、縮小した売り場に植物を詰め込んだことで偶然生まれた「ジャングル」のような空間だった。二代目社長の尾崎明弘氏は、この光景に体験型店舗へのヒントを見出し、2018年に「買える植物園」としてリブランディングを敢行。いかに、事業を軌道に乗せたのか、尾崎氏に聞いた。
目次
花の生産農家から大規模園芸販売店へ発展
── 尾崎社長は二代目ですね。初代はどのように事業を始めたのでしょうか?
尾崎氏(以下、敬称略) 当社は創業65周年を迎えます。もともと私の父は農家でしたが、花を愛していたため勉強を始め、生産事業を開始しました。これが創業の原点です。
── 創業時から園芸関連の商品の販売も手がけていたのでしょうか?
尾崎 当初は生産者として活動していました。1964年の東京オリンピックを境に、この練馬周辺も商業化と住宅化が急速に進み、店舗の前の道路も整備され、立地的に小売業が向いていると判断しました。そこで園芸店へと業態を切り替えました。
当時は高度経済成長期の真っただ中でした。人々が生活にゆとりや豊かさを求めるようになれば、花や緑の需要はますます高まると確信し、小売店として情報を発信し始めました。
その後、自社で保有する3000坪という広大な敷地を有効活用し、経済成長にあわせてお店の規模を拡大しました。
バブルが崩壊し、日本の経済は一時的に縮小しましたが、花業界の勢いは衰えませんでした。1990年に大阪で開催された「国際花と緑の博覧会」(花の万博)を機に、日本中でガーデニングブームが起こりました。「イングリッシュガーデン」という言葉が流行語になるほど、園芸への関心が高まったのです。
日本の景気動向とは関係なく業界全体が成長を続け、当社もその波に乗ってさらに規模を広げました。
危機を救った「ジャングル」型販売モデルの誕生
── 順調な拡大を続けてきた中で、課題はありましたか?
尾崎 ブームは永遠には続きません。1998年に園芸業界は市場規模のピークを迎えました。当時、私は二代目として約6年間オランダで修行し、その内4年間はアムステルダムで花屋を経営していました。
父からの呼び出しで1998年に帰国しましたが、そのときがまさに業界の規模がピークだったころです。私が戻った途端に売り上げが下がり始めたため、周囲からは冗談交じりに「お前が変なことを始めたからだ」といわれました。それはともかく、私がどれだけ努力しても売り上げの減少は止まりません。
メイン商材である花や緑、園芸資材の需要が構造的に落ち込んでいたのです。2007年に社長に就任した後も、しばらくはこの状況を打破できずに悩んでいました。
転機となったのは、2009年の『日本農業新聞』の記事です。
その記事には、業界が何の対策も講じなければ、2025年までに園芸業界の需要が25%減少するという予測が記されていました。少子高齢化やライフスタイルの変化が原因です。この記事を読み、これまでのビジネスモデルでは限界があると痛感しました。
ただ商品を仕入れて並べて売るだけの「物売り」では、市場の縮小とともに衰退します。このままではいけないと、販売手法を根本から変える決意をしました。そこから、次の時代に合う販売方法を見つけるための試行錯誤が始まりました。
── 試行錯誤の中で、現在の「体験型」というスタイルをどのように見つけ出したのですか?
尾崎 最初は思いつきでさまざまな施策を試しましたが、なかなか成果は続きませんでした。
そんな折、2011年に東日本大震災が発生。生活必需品が優先される状況下で、園芸需要はさらに大きく落ち込みました。
一方で、競合であるホームセンターは災害に強い日用品を扱っているため、多くのお客様で賑わっていました。
そこで、園芸だけに絞って経営を続ける厳しさを感じ、一時は園芸コーナーを大幅に縮小したのです。代わりに、もともと扱っていたペット用品や日用品を拡大し、売り上げの維持を図りました。
しかし、私は根っからの植物好きです。仕入れの権限は持ち続けていたので、魅力的な植物を見ると、つい以前と同じように大量に仕入れてしまいます。売り場面積は狭くなっているのに、入荷する植物の量は変わりません。
バックヤードもありませんから、入荷した植物をすべて売り場に詰め込むしかありませんでした。その結果、意図せずして植物が密集した「ジャングル」のような雑多な空間ができあがりました。本来の小売店は、商品が見やすく買いやすい売り場づくりが基本です。
ところが、そのジャングル状態の観葉植物売り場に、これまでとは違う反応がありました。通り過ぎようとした家族連れが「何これ、面白い!」「ジャングルみたい」と、興味を持って中に入ってきたのです。この光景を見て、新しいビジネスモデルのヒントを掴みました。
「Feel the Power of Plants」ブランドの確立で社内の意識統一
── 偶然から生まれた売り場が、リブランディングのカギになったのですね。
尾崎 そのとおりです。植物に興味がなかった層をも惹きつける「体験型」の店舗に切り替えれば、新しい需要を創出できると確信しました。そこから、宝探しをするような感覚で、植物を選べる売り場を少しずつ広げました。
すると、客数と売上金額が見事に反応し、右肩下がりの状況が止まったのです。一時的なブームではないかとしばらく様子を見ましたが、数年経っても成長は止まりませんでした。そこで2018年、本格的なリブランディングに踏み切っています。
以前は「地域密着の便利な園芸店」という、ホームセンターに近いイメージを持たれていました。そこから私たちは「花や緑が中心のライフスタイルセンター」へと進化することを決めたのです。店舗の外観であるファサードも、植物の力が一目で伝わるデザインに一新しました。
また園芸店には、春に利益が集中し、夏や冬に落ち込むという経営上の課題があります。この波を抑えるため、一年を通して需要が安定している観葉植物を大きな武器に据えました。「買える植物園」として、第一印象で植物の力を感じられる空間づくりを徹底しました。
── 事業の推進力を向上させるための施策はありますか?
尾崎 まず、ブランドメッセージの策定が挙げられます。"Feel the Power of Plants"(植物の力を感じよう)というメッセージです。このキーワードを社内のインナーブランディングとしても徹底的に浸透させました。現在、約85名のスタッフが在籍していますが、全員が同じ方向を向くことが重要です。
また半年に一度、全社員に向けて研修を実施し、教育システムを構築しました。スタッフ一人ひとりがブランドの体現者となることで、お客様へのサービスの質も向上しました。リブランディング以降、売上は現在も右肩上がりで成長を続けています。
日本で「花と緑」がある文化を広める
── オランダでの経験は、現在の店づくりにどのように影響していますか?
尾崎 西洋、特にオランダでは、花や緑がライフスタイルに深く組み込まれています。
日本との大きな違いは、人々の生活の質に対する考え方です。彼らは休日に派手に遊び歩くよりも、家の中や庭を整えることに時間を費やします。
子供のころから植物に触れることが当たり前で、ホームパーティーには必ず花を持って訪ねます。一人あたりの花の消費量は、日本の約5倍です。植物とともに暮らすことが、豊かな生活の象徴として定着しているのです。
また、ヨーロッパでは街に一つは必ずガーデンセンターがあります。そこにはレストランが併設されており、家族で朝から訪れて、お茶を楽しみながらゆっくりと花を選びます。市役所への案内板と並んで「ガーデンセンターはこちら」という看板があるほど、公共性の高い存在です。
私はオランダでこの光景を見たとき、日本にもこのような豊かな文化を広めたいと強く思いました。日本では母の日やお盆に需要が集中しますが、欧州にはクリスマスというもう一つの大きな山があります。モミの木や装飾品で店中をあふれさせ、春と同じくらいの売り上げを立てるのです。
── そうした思いを元に、オザキフラワーパークでは何を行うのでしょうか?
尾崎 季節ごとの楽しみ方を提案し、一年を通じて植物の魅力を発信し続けることが私たちの役割です。
単に植物を売る場所ではなく、訪れるだけで心が豊かになる場所でありたいと考えています。
これからも、植物の力を通じて、美しい街並みと豊かな暮らしを広める挑戦を続けます。