「エンジニア35歳定年説」がささやかれ、ハードウェアを動かす作業者として見られていた時代があった。 ARアドバンストテクノロジ(ARI)の武内寿憲氏が2010年に会社を立ち上げたのは、その常識が変わる予兆をつかんだからだった。リーマン・ショックの前後、米国から「あらゆるものがソフトウェア化する」という波が届き始めていた。
同社は、当時まだ黎明期にあったクラウドを事業の中核に据え、創業初年度のM&A、東南アジア3ヵ国への同時進出、自社プロダクト開発と投資を重ね、2023年6月に東証グロースへ上場、2024年8月期に連結売上高100億円を突破した。「儲かるとしてもやらないと決めた技術がある」と語る武内氏に、100億円企業に至るまでの判断基準を聞いた。
企業サイト:https://ari-jp.com/
目次
「エンジニア35歳定年説」の時代に見えた、ソフトウェア化の波
── 2010年の創業当時、IT業界にどのような課題を感じていたのですか?
武内氏(以下、敬称略) 私は20代からこの業界にいて、営業もコンサルもエンジニアもしながら、早々にマネジメントも経験しました。
創業時はちょうど30代前半でしたが、当時はまだ大型汎用機のような、ハードウェアがあってこそシステムが動く時代だったんです。
エンジニアは今に比べると創造的な職種ではなく、ハードを動かすための作業者という印象がありました。それ自体が高度な仕事であることは間違いないのですが、そういう環境でした。
── 当時のエンジニアはどのような位置付けだったのですか?
武内 当時は「エンジニア35歳定年説」というものがあって、「35歳以上は体力的にエンジニアは難しいよね」と言われていたんです。長時間労働や体力的な負担が大きい職種というイメージもあり、人気職種でもなかったと思います。
とはいえ実際には、金融を中心に情報処理はなくてはならない存在だったのですが、どちらかというと事務システムを動かす、ハードウェアの付帯物のような位置づけでした。
── そこから会社を立ち上げるまでに、何があったのでしょうか?
武内 当社は前身の会社からスピンアウトしてできたのですが、ちょうどリーマン・ショックの直後でした。
マーケットに大きな変化があって、先進的な技術を使って効率化なり競争力を上げないと生き残れないね、という時代になってきていました。同じタイミングで、米国から今で言うクラウド、あらゆるものがソフトウェア化するんだと言われ始めました。
日本ではまだピンとこなかったのですが、エンジニアの働き方が欧米から大きく変わろうとしている波を、大きく感じるタイミングでした。
── その波が、創業の動機になったのですね。
武内 ソフトウェアの時代になるとして、それを作るのは人です。ハードウェアの時代は工場の能力が質を決めていましたが、これからは人の能力がITの品質を決める。
そうであるならば、エンジニアが活躍できる環境を作っていきたいと考えたわけです。
── 既にあった会社ではできなかったのですか?
武内 できなかったというより、正確に言えば難しかったですね。
決して不当な扱いを受けていたわけではないと思います。ただ、技術が大きく変化する中で、エンジニアへの期待のされ方が変わってくる。それを予感させる波があったんです。
二次請けだから三次請けだからということではなく、ハードウェアを動かすための技術者から、自分たちの発想力が社会をより便利にするんだという方向への変革でした。
今のAIと同じで、そういったリスキリングや、新しい概念のエンジニアとしての働き方を提供できる会社は、周りを見渡してもほとんどなかった。そういう部分を担うのはベンチャー企業の役割だと思いますね。
創業初年度のM&Aと、東南アジア3ヵ国への同時進出
── 100億円に至るまでに、大きな決断はどこにありましたか?
武内 ベンチャー企業としてのアイデンティティを形にするという意味で、いろいろなチャレンジをしてきました。
たとえばM&A。当時はM&Aという言葉も今ほど使われていなかったですし、仲介会社も少なかったのですが、創業1年目にやっています。
── 創業1年目にM&Aですか。
武内 ええ。当社も先進技術は持っていたのですが、当社以上に少数精鋭で、クラウドを尖ってやっている4、5人の会社があったんです。その社長と意気投合して、ぜひ一緒になりましょうと。創業して1年も経っていない会社が、その会社ごとグループに迎え入れました。
当時はファイナンスの観点でも株式発行での資金がほぼ存在しませんでしたから、自前で資金を用意して、銀行からも大して貸してもらえない中でやりました。
まだ収益もままならない時期に会社を買うというのは、なかなか無いことだと思います。
── 海外にも早い段階で進出したそうですね。
武内 創業3年目、4年目の2013年、2014年頃は、日系企業がどんどん東南アジアに出ていく時代でした。金融機関も含めてASEAN地域に出ていくタイミングで、当社はクラウドの技術を持っていたので、インドネシアとタイとシンガポールに同時進出して現地法人を作りました。
── 自社プロダクトの開発にも早くから投資しています。その狙いを教えてください。
武内 コンサルティングやインテグレーションを展開するなかで、やはり自社プロダクトを作れる会社になりたいと考えて、創業2年目、3年目から開発に着手しました。
一定の投資資金が必要でしたが、余念なく投資していきました。トライアンドエラーなので、うまくいかなかったものもありますが、うまくいったものが今の業績を支えています。
儲かるとしてもやらないこと。先端技術と先進性ある技術を分ける線引き
── あえてやらないと決めた領域はありますか?
武内 業種や業界でやらないと決めたものはありません。クラウドはどんな業界のお客様にも必要になる領域だったので、さまざまな業種にアプローチできました。
やらないと決めたのは、エンジニアの将来のためにならない技術です。これから取り扱う技術が陳腐化していく、将来性が乏しいというものは、お客様から要望があってもやらない。それがお金になったとしても、やらないと決めていました。
── 理念にある「先進性ある技術」と、いわゆる先端技術は違うのですか?
武内 先進性ある技術を真ん中に置いて、顧客の問題解決と社員の幸せを両立することが当社の社会貢献だ、という理念を持っています。この二つ以外はやらないんだと。
先進性と聞くと先端技術のことだと解釈される方が一般的にいらっしゃるのですが、そうではないんです。
もちろん先端技術も入りますが、先端技術を扱えるからといって、それを鼻にかけた技術の押し売りはしないという考えは、創業時から持っています。
── 先端であることのリスクは、どこにあるのですか?
武内 先端技術は、すべてが世の中に浸透するものではないんですね。すべてが優れているわけでもない。
エンジニアは初めみんな興味を持ってやるのですが、それが世の中に浸透しなかったとき、お客様も不幸になるし、エンジニアもずっと習得してきたのに行き場を失うわけです。
── 先進性ある技術とは何を指すのですか?
武内 一つは、すでに世の中に存在するけれど、どんどんアップデートされて広く浸透する技術です。新しく生まれたからやるのではなく、今オーソドックスにあるけれど、もっと進化していくというタイミングのものも、ちゃんと先進的な技術として扱う。
もう一つは、黎明期のクラウドが特にそうですが、これから生まれようとしていて、社会に広く浸透する技術です。有象無象の技術が世の中に出る中で、これはいけるというものをちゃんと選んでやる。ただ新しければいいというものではないんだと。
── どの技術が残るかは、判断が難しいのではないですか?
武内 難しいですよ。プログラム言語も含めて、たくさんの技術が生まれますが、10年、15年使われる技術は本当に千に一つしかない。エンジニアは初めいろいろ試すけれど、どれが当たるかも分からないし、どれを身につけるのが自分の価値を上げるために大事なのかも、個人では分からない。
いい技術でも、マーケティングと巨大資本には負けるわけです。かといって巨大資本なら当たるかというと、アメリカで大当たりしても日本ではまったく浸透しないものもある。地域性もあれば、誰がエバンジェリスト(伝道者、広げる役割)として広げるのかという部分もあって、いろんな変数が影響します。
情報収集が早くても個人では判断できないので、これを集団でやろうと。我々はこの技術が浸透すると思う、だから取得していこうじゃないか、と選んでいくことが必要だったんです。
2017年から仕込んだAI。生成AI時代に問われる「伴走」の価値
── AIに着目したのはいつごろですか?
武内 2017年ごろですね。当時は人工知能と呼んでいましたが、その研究開発が国から評価されるなど、目立った点がありました。
医療分野でAIをどう使うかを研究開発したり、当時はチャットボットのAIのアルゴリズム、自然言語処理のアルゴリズムを自社で開発してサービスとして提供したりしていました。いち早くやっていたのは、当社の一つの特徴です。
── 今の生成AIとは、どのような関係にあるのですか?
武内 当社が持っているのは画像認識や機械学習を含めた、AIのアルゴリズム自体を開発するという部分に強みがありました。生成AIが出てきたことで、その自社開発のAIに対する開発も加速度的に効率と質が上がっています。
AIだけでなく一般のシステム開発やコンサルティングでも、生成AIを活用することでレベルの高い、あるいは短納期での提供ができるようになってきました。それにつながるAIの素養を2017年ごろから蓄えてきたことが、今の当社の強みになっていると言えると思います。
── 直近で最も注力しているテーマを教えてください。
武内 お客様からシステムのご依頼をいただくことが目的ではないんです。もちろんマネタイズの出口にはなりますが、我々の存在価値は、お客様の今の困りごとにちゃんと伴走できる立ち位置に存在し続けることだと思っています。
今、各業種業界のお客様は相当な競争にさらされています。AIだけでなくDXの影響もあって、デジタル化できない会社、AIネイティブ化できない会社は衰退する可能性がある。 これはIT業界の話ではありません。それを我が物にできた会社が、そのマーケットで勝ち残れる。出版もメディアもそうかもしれませんね。
── その競争に、どう関わるのですか?
武内 仕事がなくなる、ならないという話ではなく、どこが勝つか、どこが残るかという観点で見ると、そこに必死に食らいつこうとされているお客様に対して、我々ができることのベストを尽くしたいですね。AI駆動開発ができるからいい、という話ではないんです。
お客様は既存のシステムをただ更新したいわけではなくて、競争に対してより柔軟性があって、競争力を加速させるようなITの使い方を知りたいわけです。コストが下がるだけでなく、使い勝手がよくて売り上げが上がる、要望があったらすぐシステムを更新できる、といったことですね。
今は機械を作っているようなものですが、洋服をまとうようにシステムをまとう、という方向に変わる。個人がパーソナルにAIを使う感覚が、エンタープライズの世界でも同じようになるんです。「そのためにどうシステムを作り直せばいいのか」というご依頼が殺到しています。
そのようなお客様のご要望に応えるため、当社はAI駆動開発によってシステム開発そのもののスピードと品質を高めるだけではなく、事業環境の変化に柔軟に対応できるシステムへと再設計し、お客様が目指す事業成果の実現まで伴走していきたいと考えています。
「失敗していい」というカルチャーが、次の200億・500億を支える
── 依頼が増える中で、組織の課題はどこにありますか?
武内 お客様の変革を支えるとき、当社の社員一人ひとりのパーソナルな能力も、集団としての能力値も、アップデートが必要です。何ごとにおいても準備万端ですというわけではありませんから。
AIにまったく興味がなくて使わない人もいれば、バリバリ使っている人もいて、差が出やすい時期でもあります。
当社のポリシーとしては、前に進める人はどんどん進んで欲しいというものです。少し苦戦するけれど、きっかけがあればできるという人には、失敗してもいいからどんどんチャレンジしようよというのが、当社のカルチャーです。
── 人事制度にも現れているのですか?
武内 当社は基本、減点をしないんです。何かにチャレンジしてうまくいかなかったことに対しては、とやかく言いません。
手を挙げたときに足を引っ張る上司はいませんし、うまくいかなかったときに、じゃあ次の再チャレンジを一緒に考えようよと背中を押してくれる上司が、比較的いる会社ではないかと思います。
カルチャーは空気ですから、掛け声で作れるものではありません。一人ひとりが「そうだよね」と思う中から生まれるのがカルチャーであり、これが当社の成長を支えていますし、変革の時代だからこそ強みになっていると思います。
── 今後の数字の見通しを教えてください。
武内 今期(注:取材は2026年7月に行われました)は160億円ほどの売上規模を計画しています。その先に200億円があり、500億円があり、1000億円がある。そういう計画を着実に進めながら、社会の変化についていく、あるいはそれをリードする存在になりたいと思っています。
そのためにも、クラウドネイティブ、AIネイティブといったものを提供できるよう、技術力も含めたアップデートを常にかけていく組織体制の構築と投資を続けていきます。
── 最後に、変化の時代をどう見ているか聞かせてください。
武内 変革があればあるだけ強いのが当社だと言えると思います。クラウドが出るか出ないかというところから、まだマーケットがないところにマーケットを作りに行く。
それを他社との違いとしてこだわってやってきた会社ですから、将来がどうなるか分からない不確実な時こそ、立ち止まるよりも「よし、あれをやろう、これをやろう」と活力が出る会社なんです。
うまくいくことばかりではないことを前提に、失敗してもいいからどんどん前に進んでいくことを続けていけば、成功体験も増えると思います。我々もまだまだトライアンドエラーを繰り返しながらやっているところです。
- 氏名
- 武内寿憲(たけうち としのり)
- 社名
- ARアドバンストテクノロジ株式会社
- 役職
- 代表取締役社長

