デリカフーズホールディングス株式会社

全国の外食産業向けにカット野菜や青果物を供給するデリカフーズホールディングス株式会社。大崎善保社長は、創業者の哲学に感銘を受け、アルバイト入社からトップへ登り詰めた経歴を持つ。

成長の原動力は、調達から納品までを徹底して低温管理する「FSモデル」の構築だ。このモデルに対応するための投資をはじめとした取り組みにより、「東京FSセンター」開設からの15年で、売り上げは約3倍へと飛躍した。

現在は、「食の外部化」や「農業従事者の減少」といった社会課題に、高度な物流網と人材育成で挑む取り組みを行う。食の供給環境が厳しくなる中での成長戦略を、大崎氏に聞く。

大﨑善保(おおざき よしやす)──代表取締役社長
1971年、愛知県生まれ。アパレル企業を経営していた1995年ごろ、デリカフーズグループの創業者である舘本勲武氏と出会い、後にアルバイトとして入社。社員として従事してからは、ISO22000に対応した物流・食品加工拠点の「東京FSセンター」開設などを手掛け、2017年にデリカフーズホールディングスの代表取締役社長に就任。
デリカフーズホールディングス株式会社
1979年、創業。持株会社の設立は2003年。全国の契約農家から青果物を調達し、全国19拠点の自社工場・自社物流網を通じて、外食・中食産業を中心に約3万店舗へ商品を供給。ほか、ECサイトを通じたミールキットの一般消費者向け販売、野菜の機能性研究、アップサイクル事業を行う。
企業サイト:https://www.delica.co.jp/

目次

  1. コアコンピタンスである「FSモデル」とは?
  2. 新卒を責任者に抜擢し第二創業の成長過程へ
  3. 日本の農業には「人の供給」で貢献
  4. これからの農業・物流・食の課題への対応

コアコンピタンスである「FSモデル」とは?

── デリカフーズグループは食品流通を手掛けるデリカフーズ、研究開発部門のデザイナーフーズ株式会社などで構成されていますね。

大崎氏(以下、敬称略) デリカフーズグループは、1979年に舘本勲武が創業しました。創業当初のデリカフーズは、外食産業向けにカット野菜や青果を販売する会社でした。ちょうどモスバーガー様やロイヤルホスト様などが多店舗化を始めた時代で、その波に乗って事業を拡大した流れです。

上場時(2005年)の売り上げは約190億円でしたが、その後、約6年間は売り上げが伸び悩む状況が続きました。

私自身は25歳でアルバイトとして入社し、野菜の運搬など現場作業からキャリアをスタートしました。その後、営業なども経験する中で、従来のビジネスモデルや設備投資のあり方では今後の成長が難しいと痛感することになったのです。

そこで、上場を果たした2005年ごろから近代型のカット野菜工場モデルである「FSモデル」を提案し始めました。2010年には、当時の売り上げがまだ200億円に届かない状況で、第一・第二センター合わせて約34億円という大規模な投資を行い、グループの中核会社であった東京デリカフーズ(株)で東京FSセンターを開設すると同時に同社社長へ就任しました。

このFSモデルへの転換が大きなターニングポイントとなり、開設から15年で会社全体の売り上げは約3倍に成長しています。

このFSは、創業当初のキャッチコピーであった「Fresh & Speedy」から取りました。

── FSモデルの構想はいつごろから、どのような課題感から生まれたのでしょうか?

大崎 かつてのカット野菜工場は、常温で作業を行うような、いわば家内工業の延長線上にありました。利益率も高くなく、多くの企業が野菜の仲卸や市場の出身者が副次的に行う事業だったのです。しかし、アメリカではすでにコールドチェーン化された工場が主流になっていました。

そこで、原料庫から工場、物流センターにいたるまで、すべての温度帯を5度に管理する「完全5℃化」を実現。国際認証であるISO22000やFSSC22000を取得し、食品安全を担保しています。さらに重要なのは、物流機能の強化です。単なる野菜の流通にとどまらず、物流自体を事業の柱にしようと考えました。

当時、競合他社は15度から20度程度の環境で野菜を加工していましたが、われわれはいち早くコールドチェーン化に取り組んだことで、業界のスタンダードを変えることができたと考えています。

── 外食産業向けの事業から、研究開発や物流へと事業領域を広げていったきっかけは何だったのでしょうか?

大崎 研究開発は創業当初から行っていましたが、以前はデータ収集レベルにとどまっていました。これを、大学との協業や、収集したデータを顧客提案に活用するオープンな形へと転換しています。

また、「将来は物流が事業の核になる」との考えを持ち、2014年にエフエスロジスティックスを立ち上げ、事業拡大に合わせて物流機能も強化しました。

新卒を責任者に抜擢し第二創業の成長過程へ

── 社長になってから立ちはだかった壁と、それを乗り越えた方法を教えてください。

大崎 大きな壁は、変革できない企業体質と、それに伴う離職率の高さ、ノウハウの蓄積不足でした。よって、売り上げも伸び悩む状況が続きましたが、その突破口となったのがFSモデルの提案です。

この提案は2005年ごろから役員会に何度も上程しましたが、当時の経営陣とは意見が対立することも多く、苦労しました。しかし、最終的には従業員の支持を得られたことが決め手となり、2010年に東京FSセンターを開設しています。

一方、創業者の舘本会長はFSモデルを理解してくれて、会長自身、志も非常に高い人物でした。舘本は、「日本の農業と国民の健康増進に貢献する」という強い思いを持って事業を進めてきた方です。

改革を進めるうえで転換点となったのは、新卒採用に力を入れたことです。2008年ごろから毎年40〜50人の大卒の新卒者を採用し、育成することで、全国に8つの拠点を短期間に設置することができました。

工場を立ち上げるには金銭的な投資だけでなく、事業所長や工場長など20人程度の経験者が必要ですが、新卒を短期間で育成し、責任あるポジションに抜擢することで、この課題を克服しました。

24時間365日稼働する過酷な事業の中で、人を育成し、安定供給できる体制を築いたことが、われわれの成長の肝だと考えています。

── アルバイトで入社したとのことですが、どんな経緯があったのでしょうか。

大崎 大卒ではなく、高校卒業後にアパレル業界へ進み、20歳で起業しました。25歳でデリカフーズにアルバイトとして入社したのは、創業者である舘本会長との出会いがきっかけです。とある人の結婚披露宴で偶然、舘本と隣の席になったことから交流が始まりました。

ある日、舘本がいつになく真剣な面持ちで、私に語りかけました。

「野菜には人と同じように個性がある。形の良いもの、悪いもの、大きいもの、小さいもの、太っちょのもの、痩せのもの。それぞれが生産者の手によって丹精込めてつくられた野菜なのに、形の良いものだけが評価されて、他はみんな捨てられてしまう。野菜は捨てられるために生まれてきたわけじゃないのに」と。

そして「だから私は畑で採れた野菜を全部、人の胃袋の中に収めたいんだ。そのためにデリカフーズをつくった」と言うんですね。

その上で、「ところで、君の事業に志はあるのか?」と問われたんです。

当時の私は志などまったく考えたこともなく、ましてや事業と志が同じ土俵にあるなどとは想像すらしたことがなかった。この時初めて心の底から自分は未熟であると思い知りました。

そして、「この方の下で、一からすべてを学びたい」との強い想いが溢れ、自身の会社を閉じ、アルバイトで入社することを決意しました。

創業者は私の創業気質を理解し、期待を込めてさまざまな仕事を任せてくれました。若くして会社を任せてもらい、責任ある仕事に携われたことが、今の私を形づくっています。

日本の農業には「人の供給」で貢献

── 日本経済や業界構造の変化を踏まえ、今後、どのような方向へ進もうと考えていますか?

大崎 われわれが取り組まなければならないととらえているのは、「食の外部化」と「日本の農業」という二つのテーマです。

外食、中食、ミールキットといった食の外部化は今後、さらに進むでしょう。多くの消費者が、買ってきた野菜を家庭で調理するようなことはせず、カット野菜や総菜、ミールキットなどを利用していくことになると思います。

われわれは、野菜を原料としながら、こうした食のシーンに合わせた商品を提供する事業を展開します。

一方で、安定供給のためには野菜の調達も安定させることが必要です。しかし、近年の気候変動による野菜の供給難や価格高騰から、農業の難しさと気候変動の深刻さをあらためて認識させられました。

さらに、日本の農業従事者の減少と高齢化は深刻で、このままでは日本の農業は立ち行かなくなります。そこで、われわれ流通の立場からの、農業支援が必要であると考えています。

日本の農業を支え、未来の子供たちに安全でおいしい野菜を残すため、農業法人デリカファーム株式会社を設立し、業務加工用野菜の栽培を開始しました。自ら農業を営むことで、現場の実情や課題を理解し、今後の農業と原料調達のあり方を見出したいです。

また、次世代を担う農業後継者の育成や新規就農者への支援も、重要だと考えています。

── 人手不足が深刻化する中で、競争優位性をどのように築くのでしょうか?

大崎 人手不足が深刻化するほど、人を集められる企業が競争優位を得られると考えています。

われわれは、処遇ももちろん重要視していますが、それ以上に「野菜や農業、食に貢献する」という理念経営に力を入れています。自動化やロボット化も進めますが、食にかかわる分野ではやはり人がつくる工程が欠かせません。人を確保し、育成することで、安定供給を継続することが、われわれの事業の肝となります。

従事者が減少する中で、われわれが農業現場に人を送り込み、農業者を育成することで、安定調達の大きな武器になると考えています。

これからの農業・物流・食の課題への対応

── 次の10年に向けたビジョンを教えてください。

大崎 10年後の目標として「1,000億円企業」を目指しています。そのうえで最も重要だと考えるのは、日本の農業を下支えすることです。

売り上げやサービスがあれば継続的な成長ができますが、これからの時代は「野菜を持っているところが勝ち、それに対して人を持っているところが勝つ」という図式に変わるでしょう。これは物流事業も同様です。日本の農業の衰退という課題を解決することが、われわれの最大の成長につながると考えています。

業務加工用野菜、化学肥料、種子の輸入依存度が高い現状を踏まえ、日本でしっかりと日本人の食を支える農業を実践することが重要です。そのために、物流センターの設置や物流機能の強化を進めています。

単なる事業モデルの変革や海外進出ではなく、日本の農業をどうするかという社会課題に重点を置く10年にしたいと考えています。

── 競争と協業のメリハリをつけ、業界全体のパイを大きくしようという意欲も感じられます。

大崎 野菜は天候に左右され、薄利多売のビジネスモデルになりがちです。競合他社とさらに削り合うことは現実的な策ではありません。IT業界などに比べて、食や農業に携わる人材の評価が低い現状もあります。

子どもたちがこれからも日本の野菜を食べられる状況をつくることが最も重要であり、それを実現することでわれわれの事業の地位向上にもつながると考えています。

その一環として、2010年ごろから「デポ化」という新しい野菜流通の仕組みを構築しました。複数の外食産業や競合他社が個別に店舗配送していたものを、われわれの拠点をデポとして活用し、共同で配送する仕組みです。

これにより、合理的に顧客へ商品を届けるとともに、われわれの事業拡大にもつながっています。このデポ化は首都圏から始まり、愛知、大阪、九州へと全国に展開しました。

現在、原料費の高騰や物流の厳しさを背景に、調達と物流、配送をトータルで合理化しようという動きが加速しています。野菜と物流の両事業を持つわれわれの強みが、今後さらに生かされるでしょう。そして、基盤となる日本の農業をしっかり支えることが、安定調達につながります。

── 社会的に農業や食品業界のポジションを上げるために、今後、何が重要になるでしょうか?

大崎 われわれは、野菜が単なる食材ではなく、健康に大きな効果をもたらすものとして、「食と農と健康」の関係を研究しています。高齢化が進む中で、健康を維持しながら年を重ねるために、野菜の重要性はますます高まります。

しかし、家庭で野菜を調理する手間を考えると、ミールキットのような利便性の高い商品を提供することが重要です。人々に認識を変えてもらうことも必要でしょう。

米はずいぶん高くなりました。生産者が持続可能な価格が適正価格です。これと同じように、野菜も適正価格で取引されるべきです。農家が儲かり、持続できる適正な価格とフェアトレードの仕組みを構築する必要があります。単に野菜をつくるだけでなく、流通の仕組みの中で適正価格やフェアトレードにつなげることが、農家の長期的な継続につながります。

氏名
大﨑善保(おおざき よしやす)
社名
デリカフーズホールディングス株式会社
役職
代表取締役社長

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