岩渕薬品株式会社

千葉県を拠点に、1世紀以上にわたり地域医療を支え続ける岩渕薬品株式会社。1914年に創業し、医薬品卸売事業を本業としてきた老舗企業である。2019年に4代目代表取締役社長に就任した岩渕琢磨氏は、製薬大手での経験を経て家業に入社後、長年のトップダウン体制からサーバント型の組織へと大規模な改革を断行した。

同社は創業100周年を機に、次の1世紀を「恩返しの100年」と位置づけ、単なる薬の供給にとどまらない地域の課題解決企業への転換を図っている。大手企業との競争軸から脱却し、地元企業との協働を通じて千葉県のウェルビーイング向上を目指す岩渕氏に、組織改革の裏側や今後の壮大なビジョンについて聞いた。

岩渕琢磨(いわぶち たくま)──代表取締役社長
1978年、千葉県生まれ。2003年、山之内製薬株式会社(現アステラス製薬株式会社)に入社し、MRとして経験を積む。2011年、岩渕薬品株式会社入社。2019年、4代目代表取締役社長に就任。持株会社であるIMIホールディングス株式会社代表取締役社長、株式会社葦の会取締役、リンクメッド株式会社社外取締役も務める。
岩渕薬品株式会社
1914年、創業。医薬品卸を基盤とする。創業100周年を機に、恩返しのための次の100年を「第二の創業」と位置づけ、まちづくり事業推進部を開設、ソーシャルビジネスの創出に取り組む。 企業サイト:https://www.iwabuchi-net.co.jp/

目次

  1. 地域に薬品を供給する事業を続け1世紀
  2. グローバル企業と老舗企業を経験し得た財産
  3. トップダウンからサーバント型への痛みを伴う組織改革
  4. 薬を売ることは目的ではない。「恩返しの100年」をどう描くか
  5. 地域医療支援の仕組みを海外にも展開する構想

地域に薬品を供給する事業を続け1世紀

── 100年を超える非常に長い歴史があるそうですが、どのような流れで現在の姿になったのでしょうか?

岩渕氏(以下、敬称略) 当社の創業は1914(大正3)年です。私の曽祖父が千葉県佐倉市で事業を始めたのがスタートです。今から112年前の当時は、現在のように薬が当たり前にある時代ではありませんでした。

曽祖父は薬学科で学び、医学については独学で知識を深めました。そして身近な滋養強壮剤などを自ら製造し、薬局を開いて販売したのが事業の始まりです。製造販売からスタートしましたが、創業の翌年からは卸売事業も開始しました。

東京の日本橋には多くの医薬品メーカーがあります。そこから薬を仕入れ、千葉県内の医療機関にお届けする。この仕組みを創業2年目から構築しました。「地域に薬を届ける」という仕事が、現在も当社の本業となっています。

── 岩渕社長は入社前、製薬大手でMRを務めていましたが、幼いころからいずれは家業を継ぐという意識があったのでしょうか?

岩渕 父から「会社を継げ」といわれたことは一度もありません。私自身も、どこかのタイミングで「継ぐ」と決断した覚えも、周囲に宣言した記憶もありません。

しかし、環境が特殊でした。

私は千葉県佐倉市で生まれ育ちました。自宅は会社のすぐそばにあり、社名と苗字が同じです。家族や親族はもちろん、街の人たちからも生まれた瞬間から「岩渕薬品の跡取り息子」として見られてきました。

今振り返れば、それが当たり前だという感覚が自然と染み付いていました。

たとえるなら、私は「鮭」のような存在です。鮭は海に出るかどうか、あるいは故郷の川に戻って産卵するかどうかを悩んだりしません。誰かに命令されるまでもなく、本能的に川を遡上します。私もそれと同じで、気がついたらこの場所にいたという感覚です。

グローバル企業と老舗企業を経験し得た財産

── 自然な流れで入社したのですね。前職の製薬メーカーでの経験と実際に入社してからの医薬品卸の現場では、どのような違いを感じましたか?

岩渕 前職では8年間、愛知県で営業を担当しました。誰も私の素性を知らない環境での仕事は、非常にやりやすかったです。また、在籍中に山之内製薬と藤沢薬品工業が合併してアステラス製薬になるという、大きな変革期を経験しました。

グローバル企業が合併し、どちらかの文化に合わせるのではなくまったく新しい企業文化をゼロからつくり上げる。そのマネジメントや組織体制の構築を間近で体験できたことは、私にとって大きな財産です。

その後、千葉の老舗企業である当社に入社し、そのギャップに驚きました。グローバルメガファーマの組織運営とローカルな老舗企業の在籍のあり方は、根本から異なります。どちらが良い悪いではなく、それぞれの特徴を肌で感じたことが、後の改革につながりました。

── 入社から社長就任までの約8年間は、どのような準備を?

岩渕 まずは社内のすべての部署を回りました。どのような仕事があり、どのように組織を動かしているのか。そして、どのようなメンバーがそれぞれの持ち場を守っているのかを把握するためです。

各部署の業務内容を理解すると同時に、改善できるポイントを探しました。組織や社員の実態を知り、さらにお客様である医療機関の方々の声を聞く。この現状把握に多くの時間を費やしました。

入社して3年後に、ちょうど創業100周年を迎えました。このタイミングは、次の100年をどう描くかを考える絶好の機会です。最初の3年間で現状分析を行い、その後の期間で次の100年に向け代替わりの準備を進めました。

トップダウンからサーバント型への痛みを伴う組織改革

── 社長就任にあたり、改革したいと考えたポイントと逆に守るべきだと考えた伝統はどのようなものでしたか?

岩渕 上場企業のような厳格なルールも必要ですが、当社の良さは「柔軟性」にあります。すべてをルールで縛るのではなく、ある程度の遊びや柔軟性は残すべきだと考えました。一方で、500人規模の組織を運営するための仕組みは不足していました。特に注力したのは、人材育成と管理部門の強化です。

私の父は30年近く、強力なトップダウンで会社を牽引してきました。そのため、いわれたことを着実に実行する組織ではありましたが、自ら考えて行動する文化は希薄でした。私はこのリーダーシップのあり方を、トップダウン型から「サーバント型」(支援型)へと変える決意をしたのです。

── 長年続いたトップダウン体制を変えるとなると、社内での反発も大きかったのではないでしょうか?

岩渕 反発が起こらないような改革は、本質的な変化ではありません。評価制度も変えましたし、そうすると当然ながらコンフリクトが生じました。

しかし、それは避けて通れない道です。世の中の変化は激しく、業界の状況も当社を待ってはくれません。オーナー企業において30年ぶりの代替わりは、いわば大規模な地殻変動です。混乱は想定内でした。

大切なのは、誰もついてこない状況を避けることです。私は現場を回り、社員と対話を重ねる中で、次世代を担ってもらいたいと願うメンバーを見つけ出しました。彼らとともに学び、成長し、次の100年を支える幹部候補として育成する。この「次世代育成」と「改革」をセットで進めることで、少しずつ組織を動かしました。

薬を売ることは目的ではない。「恩返しの100年」をどう描くか

── 医薬品卸業界は、大手4社によるシェア拡大や毎年の薬価改定など非常に厳しい環境にあります。その中で、生き残るための戦略をどう考えていますか?

岩渕 大手企業は規模を拡大し、広域での効率性を追求しています。私たちは彼らと同じ土俵で戦うつもりはありません。父の時代までは、営業力を強化して売り上げを競う右肩上がりのモデルが通用しましたが、今はもうそのような時代ではありません。

私たちは競争の軸を変えました。当社の目的は「薬を売ること」ではありません。薬を売ることはあくまで「手段」です。真の目的は、千葉県という地域に対してどのようにお役に立てるか、という点にあります。

これまでの100年は「医療」にフォーカスし、インフラとして薬を届けることに心血を注いできました。これは今後も継続すべき重要な使命です。しかし、次の100年は「恩返しの100年」と位置づけています。

── 「恩返しの100年」とは、具体的にどのような取り組みを指すのでしょうか?

岩渕 医薬品卸というインフラ事業を盤石に保ちつつ、プラスアルファの価値を提供することです。地域のさまざまな課題に目を向け、その解決をビジネスを通じて実践します。

私たちは「医薬品卸」という枠組みに縛られません。地域の課題解決企業として、業種の垣根を越えた協働を進めます。たとえば、まちづくり事業推進部を開設し、ソーシャルビジネスの創出に取り組んでいるのもその一環です。

地元の企業だからこそできる、地域に根ざした貢献。大手企業には真似できない、この「地域密着の深さ」こそが私たちの生きる道です。戦うのではなく、独自の価値を提供し続ける。それが私たちのスタンスです。

── 地域への貢献という視点では、具体的にどのような未来像を描いていますか?

岩渕 私は千葉県の中でお金が循環する仕組みをつくりたいと考えています。外部の資本に頼りすぎるのではなく、地元の企業同士が手を取り合い、ジョイントベンチャーなどを通じて社会課題を解決する。いわば「株式会社千葉県」をみんなでつくるようなイメージです。

地方から日本を強くする。それが国際競争力の向上や、ひいては世界平和にもつながると信じています。そのために、ローカルなベンチャーエコシステムを構築し、産学官が連携できる場をつくることが必要です。

千葉の未来のためのファンドを設立し、地元の仲間とともに新しい事業へ挑戦する。こうした取り組みを通じて、地域全体のウェルビーイングを向上させることが、私たちの目指す「恩返し」の形です。

地域医療支援の仕組みを海外にも展開する構想

── 非常に壮大なビジョンですね。医薬品卸としての将来的な展望も教えてください。

岩渕 本業のノウハウを海外で展開する可能性を模索しています。医薬品卸そのもので海外進出するというよりは、日本で培った効率的な物流や地域医療の支え方といった「仕組み」を、海外のニーズに合わせて提供することに興味があります。

次の世代に会社を引き継ぐときには、こうした海外との取引や新しい事業ポートフォリオの足がかりができている状態にしたいです。

── 家業の承継で大切なことは何でしょうか?

岩渕 ファミリービジネスにおいて最も大切な資産は「時間」です。時間は限られています。だからこそ、あらゆる準備や対策に一日でも早く取りかかることが重要です。

早く始めれば、その分だけ長い時間をかけて施策を練り、実行へと移せます。投資と同じで、早く始めればリターンも大きくなります。後継者の育成も、資本政策も、組織改革も、すべてに時間がかかります。

切羽詰まってから動くのではなく、余裕があるうちに次の一手を打つ。時間がたっぷりあることこそが、オーナー企業の最大の強みです。一日早く始めれば、一日分だけやれることが増えます。