LPガス、製造業、調剤薬局、物流、食品、美容。この6業界に特化したM&Aコンサルティングを展開するのが、2022年設立の株式会社スピカコンサルティングだ。各業界に専属のコンサルタントを置く「1コンサルタント1業界」の体制を敷き、市場規模の大小ではなく、その業界に強い想いがあるコンサルタントがいるかどうかで支援業界を決めてきた。
2026年4月、同社の代表取締役社長CEOに就任したのが渡部恒郎氏である。日本M&Aセンターで業界再編M&Aを牽引し、最年少で取締役に就いた経歴を持つ。就任にあたり「高く売れたから素晴らしい経営者だ、という声もあるが、それは投資家の論理であって経営者の論理ではない」と語った渡部氏に、業界特化型のM&Aを手掛ける理由や、インセンティブ制度の廃止の狙いを聞いた。
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目次
市場規模ではなく、その業界を好きな人間がいるかどうかで選んだ6業界
── スピカコンサルティングは現在、LPガス、製造業、調剤薬局、物流、食品、美容の6業界に特化しています。この6業界を支援する理由を教えてください。
渡部氏(以下、敬称略) 深く構造を理解し、その業界をよくしたいと信念あるコンサルタントがいる業界を支援している、という形です。
マーケティング上の戦略があってこの6業界を選んだわけではありません。物流業界が好きな人、食品業界が好きな人がそれぞれいて、その業界をよくしたいと思っていて、そのための手段の一つがM&Aだと考えています。そういう理由でこの6業界になりました。
業界の市場規模が大きいか小さいかは、特段意識していません。建設業界やIT業界、医療業界なども、業界への強い想いがあるメンバーが加われば増やすつもりです。
── 業界特化の発想は、前職の日本M&Aセンター時代、2012年のサンフランシスコ視察が出発点だと発信しています。当時はどのような状況でしたか?
渡部 当時在籍していた日本M&Aセンターで、サンフランシスコにあるサビアンという会社を視察しました。IT企業などのM&Aを手がけるファームで、そこの成約率がとても高かった。同じことを自社でもやりたいと思いました。
当時、社内にも業種ごとのチームはありましたが、人気がなく、誰もやりたがらない状態でした。その業界が好きで手がけるというより、何十もの業界をランダムに担当するやり方だったからです。
── そのなかで、渡部さん自身が長く支援してきた業界はどこですか?
渡部 十何年か前から調剤薬局業界にずっと携わってきました。次にIT業界です。この二つは特に好きな業界です。
── 調剤薬局業界を選んだのはなぜですか?
渡部 私自身は、親族が病院を経営していたり、母が調剤薬局でアルバイトをしていたりした関係で、小さいころから毎年、夏休みや冬休みに薬局に出入りしていました。昔、薬を分銅で測るために使っていた器材がまだ残されていました。
親族が経営していた薬局は別府の大きな商店街の中で経営していましたが、いずれ閉じることになりました。そうした経緯を見てきて、M&Aをやったほうがいいと感じ、調剤薬局業界でやってみようと思いました。
業界を深く知り、その業界をよくするためにM&Aを使う。今のスピカコンサルティングの6業界も、この考え方の延長にあります。
同じ業界を100社、200社と手がけるからこそ渡せる情報
── 「1コンサルタント1業界」の体制から生まれる強みを教えてください。
渡部 たとえば同じIT業界の買い手企業であっても、契約書に定める損害賠償の期間が会社によって数年違う、といったことがあります。
ただ経営者の方々は「いくらで売れた」という話はしても、契約書の中身、たとえば何を表明保証に入れているか、損害賠償の条項がどうなっているかまでは把握できていないことが多いです。デューデリジェンスのあとに金額を見直す会社なのか、基本合意の金額を守る会社なのかといった情報も、世の中には出てきません。
同じ業界を100社、200社と手がけるなかで蓄積した「この会社であればこういう傾向がある」という情報を、コンサルタントとしてきちんとお伝えしたうえで選んでいただく。そこが私たちの価値だと考えています。
── その体制は、社員のキャリアにも表れているのでしょうか?
渡部 私の直接の部下だったメンバーの半数ほどは、担当していた業界で自ら経営者になっています。
製造業を担当していたメンバーが製造業の経営者になったり、食品業界のM&Aを担当していたメンバーがお菓子屋さんの経営者になったり、ITチームにいたメンバーがIT業界で経営者になったりしています。本当にその業界のことが好きになり、自分で経営できるレベルにまで成長したということです。
── 入社の時点で、業界への思い入れをすでに持った人を採用しているのですか?
渡部 必ずしもそうではありません。経営者の観点でその業界を見られるかどうかが大事なので、もともとその業界にいたことと、その業界のM&Aがきちんとできることは、結構別物だったりします。
例えるならば、IT業界にいたからといってIT業界のM&Aができるとは限りませんし、医者だからといって医療業界のM&Aができるとも限りません。見る視点が違うからです。
先天的な思いがなくとも、どの業界も自分の生活に関わっています。その業界のことをきちんと調べて、働いている方々の気持ちを聞いたり体験したりすると、どんどんその業界を好きになるものです。
私自身も、調剤薬局業界に携わり始めてから、「そういえば母が薬局でアルバイトをしていたな」「親族が薬局を経営していたな」と、後から思い出したことがたくさんありました。真剣に向き合っていれば、元から好きだったかどうかにかかわらず、何でも好きになれると思います。
インセンティブ制度の廃止と、入社後に読む30冊
── スピカコンサルティングでは「営業職」ではなく「コンサルタント職」という言葉を使っています。その意図を教えてください。
渡部 私たちは営業という言葉自体を使わず、コンサルティング業務として定義しています。あわせて「不満があれば成功報酬をゼロにする」というサービスも提供しています。無理に成約させたいという考えは一切なく、品質の高いM&Aを提供するというポリシーを持っているからです。
── 今年4月の就任後、まず着手したのがインセンティブ制度の廃止でした(7月に発表、2026年11月から適用)。理由は何でしょうか?
渡部 営業ではなくコンサルタントである、という定義の延長にある決断です。インセンティブ制度には構造的な限界があると考え、廃止を決めました。M&Aは、経営者やそこで働く社員の人生に関わる大きな決断です。営業が手にするインセンティブの大小で、顧客が不利益を受けるべきではないと長い間考えていました。
インセンティブを目的に仕事をする人材を社内に入れたくない、という意味合いもあります。
── あわせて、学習を義務付け、評価と報酬に直結させる制度もあります。その狙いを教えてください。
渡部 きちんとしたサービスを提供するには、一人ひとりのレベルが高くなければなりません。法律面、企業評価、会計、税務、会社法などをきちんと勉強したうえで提供する必要があります。
M&Aである以上、リスクに気づかないこともあり得ます。上場企業でさえ過年度修正をすることがあり、経営は思いどおりにいくものではありませんが、そこに可能な限り努力することが、コンサルティングサービスを提供するうえで大事だと考えています。
自分たちができる最大限のことを、できる社員がきちんと提供する。そのために学習を義務付けています。営業ができたとしても、コンサルティングサービスが十分に提供できないのであれば社内的に評価すべきではないと考えているので、それを明確にするための制度です。
入社後、私がこれまで読んだ本の中から30冊を指定して読んでもらい、それに付随する法律面や会計面のテストを実施し、点数で評価しています。結果は全員に共有していて、M&Aの事例なども含め、全員がレベルアップできるよう、日々本を読んだり新聞を見たりして勉強してもらっています。
── 厳しい制度の一方で、家族ぐるみの社員旅行も毎年続けています。どのような場ですか?
渡部 今年は全社員と家族、子どもを合わせて60人ほどでハワイ島に行ってきました。社名の由来である「スピカ」は乙女座の一等星で、みんなでその星を見ることができました。
60歳になっても一緒に旅行に行けるメンバーであることを、社内的にはとても大切にしています。M&Aというプロフェッショナルな仕事を通じて、家族にも恥ずかしくない仕事をしたいという思いが根底にあります。だからこそ、子どもも含めて一緒に行っています。
10億円低い譲渡先を選んだ経営者。投資家ではなく経営者の論理
── 就任時に「高く売れたから素晴らしい経営者だ」という見方に疑問を示しています。この考えに至った経験は何でしょうか?
渡部 実際の企業評価(企業の価値)より無理に高く売った場合、買い手はその差額を回収しなければならなくなります。そうすると社員の給料を引き上げられなくなるなど、買い手の社員も含めてみんなが苦しむことになります。
また、高く売却した直後に買い手側で減損が起き、社員が苦しむケースも見てきました。そうした事例を見聞きすると、投資家としては成功していても、経営者として成功しているとは思えません。
売却してオーナーとして一定の満足を得ることはもちろん必要ですが、会社は社員やお客様があってこそ意味を持つものであり、単なる投資の対象ではありません。きちんとした金額で売って、のれんも回収でき、売主も買主も成長し、お客様が喜び、社員がより良い仕事、より良い生活を送れるようになる。それがM&Aにおいてとても大事だと考えています。
実際に、私がお手伝いした経営者の方で、M&A後の社員や地域への貢献を考え、10億円ほど提示額が低い譲渡先を選んだ方がいらっしゃいます。その方とは今も親しくさせていただいていて、売却後も社員の方々から今なお感謝されている方です。
── その経営者の方は、相当悩んだのでしょうか?
渡部 私自身も10億円低いほうを強く推していました。ちなみに10億円の差というのは、私たちの手数料も1億円以上下がるということです。
それでも、手数料よりもその経営者の方の人生としての成功、経営者としての成功を願っていたので、こちらのほうがよいと思いますと、私も意見をお伝えしました。
社長にとって一番大きかったのは、「息子を社長にしてくれますか」という質問をされたことです。提示額が高い会社は「もちろんそうします」と即答しましたが、一方は「それは息子さんの能力を見極めて決めます」と答えました。
もともと息子を社長にしたいと考えていた社長は、社員のことを考えると、息子が本当に通用するかどうかを第三者的に見てもらったうえで決めたほうがいいと考え、決断されました。息子さんは今、優秀な経営者として社長を務めています。
アートや地方との連携、そして多重下請け構造への挑戦
── 売却後の経営者の話が出ましたが、2025年後半からは、アートギャラリーとの業務提携やSHONAIへの出資、国連UNHCR協会との覚書締結が続いています。狙いを教えてください。
渡部 私たちは根本的に、社会をよりよくするためにM&Aの仕事をしていると考えています。M&Aの事業だけでは補いきれない部分として、文化や地方、海外、医療、スポーツ、アートなど、社会の活動に必要なものがあります。
特に事業を譲渡されたオーナーの方は、数億円から数十億円というお金を手にすることになります。それを少しでも社会に還元できるようなサポートができればと考え、そうした会社への出資や業務提携を通じて、ご紹介できる関係をつくってきました。
あるオーナーの方は地元のスポーツクラブに、また地元で産婦人科や介護施設をつくった方もいらっしゃいます。そうした資金の使い方をされているオーナーの姿を見て、社内でもとてもいいことだと感じていたので、制度として取り組んでいくことにしました。専任の部署が担当するというより、全社員でこの活動に取り組んでいます。
── 日本経済の非効率なバリューチェーンや多重下請け構造についても発信しています。M&Aでこの構造をどう整えたいと考えていますか?
渡部 15年以上、地方の中小企業を見てきました。仕入れ先も、作るものも決まっていて、上流も下流も動かしにくい構造のなかで事業を続けている会社が数多くあります。
同じ仕事をしているにもかかわらず、下請けの下請けだと人月単価が60万円で、元請けと直接取引すれば130万円という、2倍以上の差がついてしまうこともあります。これは構造上、働いている方の能力が適正に評価されているとは言えません。
たとえば10億円の下請け会社が10社集まれば100億円になり、取引先に対してもっと影響力を持てるようになります。より効率よく経営でき、働く方々の給与水準も上がります。
取引先も仕入れも作るものも十数年変わらないままだと、新しい機械を導入したり、新しいものづくりに挑戦したりする機会も生まれにくくなります。ある程度まとまって強い会社になり、きちんとした目標を持って仕事に取り組める社会であってほしいと思い、M&Aを推進しています。
── 最後に、読者である中堅・中小企業の経営者へメッセージをお願いします。
渡部 まとまって強い会社になる、と申し上げましたが、その手段はM&Aだけではありません。スピカコンサルティングは、M&Aの仕事にコンサルタントとして真摯に取り組んでいることが一番大きな特徴ですが、もう一つ、企業価値を向上させる「バリューアップコンサルティング」という仕事も手がけています。
より価値の高い会社にしなければ、新しい人材も入ってこなくなってしまいます。M&Aに限らず、企業価値向上のコンサルティングも行っていますので、そうした形でお手伝いできればと考えています。
- 氏名
- 渡部 恒郎(わたなべ つねお)
- 社名
- 株式会社スピカコンサルティング
- 役職
- 代表取締役社長 CEO

