ソフトバンクグループ株式会社が本社の英国移転を検討していたと国内の大手新聞紙にて報じられた。
これは2015年10月、ウォール・ストリート・ジャーナル紙が一度報じていたものについて、国内新聞社が自ら確認が取れたので、再度報じたものだ。楽天などで社内の共通語を英語にする等の日本企業のグローバル展開の為の様々な動きが存在するが、海外への本社移転を検討した日本企業は珍しい。なぜこの様な検討が行われたのか世界の流れとともに見ていく。
なぜ英国へ本社移転を検討したのか
ソフトバンクグループ株式会社は、ソフトバンクのグループ全体を統括する持株会社だ。移転の理由は主に2つであると言われている。
まず1つ目が法人税率を抑える事だ。日本の法人税率は現在約32%だが、英国では約20%。日本から英国へ本社を移転した場合、法人税率が約10ポイントも引き下げられるのである。税金もコスト・費用の一つだと考えた場合、この差は極めて大きい。
もう1つが国際的な投資に対する利便性だ。現在ソフトバンクグループではインドのIT企業やソーラー発電に対して大掛かりに投資を行っている。インドはかつての大英帝国の一部。英国はインドの旧宗主国だ。様々な商取引において、日本企業としてよりも英国企業としてインドと向かい合った方がメリットがあるのではないかと検討されたからだ。
最終的には、本社を移転したとしても日本の税務当局の判断に大きく左右される可能性が高く、実効性が法人税節税の効果が不明確であること、またインド等への投資から収益が上がってくるのはまだ少し先のタイミングとなるとして、近々での本社移転は時期尚早であるとして断念したと言われている。
スタバやAppleなど欧米系の企業の法人税逃れ策
日本では法人税減税の為に海外へ本社を移転する例は極めて珍しいが、欧米系の企業、特にグローバルな大企業においては一般的だ。
例えばスターバックス社の英国法人では、コーヒー豆をスイスの自社関連の企業から通常の価格より高い値段で仕入れて仕入金額を大きくしていた。またオランダの自社関連会社にスターバックス社のブランドや特許を管理させ、高額のブランド利用費や特許利用費を払い費用も拡大させていた。そしてそれらの資金を米国の自社関連法人から借金をして、利子の返済を行う事で意図的に英国法人を赤字にして、英国で支払う法人税を圧縮していた。
一方のAppleは「ダブルアイリッシュ」と呼ばれる手法を利用して法人税を減らしている。スタバ同様の手法で実効税率12.5%のアイルランドに利益を集約させるとともに、アイルランドの税制を利用して、米国でもアイルランドでも非居住者、税金がかからない立場としている。
具体的には、アイルランドでは実質的な本社機能が海外にある場合は非居住者となっるが、一方の米国では居住国を会社設立国として選択ができる。その為、どちらの国の居住者でもない会社が設立され、法人税がかからない仕組みを作ることができるのである。
何が問題なのか?
税務戦略により税務負担を減らすことは、投資家の目線で見ると大きなコスト削減であり、実効税率は経営努力の一つの指標として利用されている。
しかし、国家、国民としては、自国で事業を営んで大きな売り上げをあげておきながら、その国・地域に税金を払わないことについては批判的な声があがる。例え税法上は非居住者であったとしても、インフラなどの住民サービスを受けてビジネスを行っている事は間違いない。本来税収として取り込まれ、住民サービスに利用されたであろう資金が海外に流出している事となっている。
今回のソフトバンクグループの一件についても、断念の理由の一つに国民や行政の理解が得られにくいことがあったと言われている。
現在、ソフトバンクグループは様々な形で行政と関わりを持ち、ビジネスを行っているが、本社移転を行うことで対行政ビジネスに対して悪影響を与える可能性が高い。
また拮抗状態である日本国内の携帯電話事業についてもレピュテーションリスクが大きい。比較的税務コスト削減に寛容である欧米でさえも問題となっている昨今、さらに保守的な我が国において発生する本社移転に伴うメリットとデメリットを天秤にかけた結果、移転しないとの決断を行ったと考えられる。
今回のソフトバンクグループ株式会社の英国移転計画は一旦は中止となったようだ。しかし理由に「時期尚早」とある様に、タイミングと環境が整えば移転したいという所が本音のようだ。日本における時価総額9位の大企業が、世界展開が進むにつれて、海外への本社移転計画を目論む。日本で大きくなった企業が海外流出してしまう事は日本経済にとって大きな損出だ。
日本も法人税を現在段階的に減らしているところだが、低税率の国々にはまだまだ及ばない。法人税率は本社移転の大きな決定打になる事をわが国でもしっかりと認識し、海外へ流出される税制ではなく、海外から本社機能を取りにいける税制作りを進めていかなければならない。(岸泰裕、元外資系金融機関勤務・大学非常勤講師)