アメリカ出身のグラフィティアーティスト、キース・へリング。それまで「落書き」としか見られていなかったストリートアートいうジャンルを「芸術」の域まで高めた立役者です。
彼は何を考え、どのようにして作品を作ってきたのでしょうか。この記事ではキース・へリング自身や、彼の遺した作品について紹介します。
キース・へリングの経歴と人生
まずはキース・へリングの31年の短い生涯を簡単に紹介します。
誕生~青年期
キース・へリングは1958年、アメリが合衆国のペンシルバニア州で誕生しました。父親が漫画家だったこともあり、アートに興味を抱くようになります。1976年、18歳でアイビー・スクール・オブ・プロフェッショナル・アートに入学し、グラフィックデザインを専攻しますが、ここではグラフィティに価値を見出せずに2年で退学しました。
その跡、ニューヨークに移り、スクール・オブ・ビジュアル・アーツに入学します。ここで彼はパフォーマンスアートなどを学び、今後の活動に生かしていくようになりました。
サブウェイ・ドローイングで有名に
1980年から、地下鉄校内の使われていない広告版に絵を描く「サブウェイ・ドローイング」を開始します。彼いつもアルバイトに向かう手段として地下鉄を使っており、この場所を表現の場にできないか、と思いついたのです。
使われていない広告版に黒い紙を貼り、そこに白いチョークでキャッチ―なモチーフを描くのが彼の画風の特徴でした。この作品は地下鉄を利用するたくさんの乗車客の目に触れ、だんだんと評価されていきます。
それまでも地下鉄はグラフィティの発信地ではありましたが、彼の作品は「キャッチ―でシンプルなキャラクター性」がありました。また「広告版に描かれていた」という点でも他のアーティストとは違った見え方をしていたのです。
展覧会を世界各地で開催
彼の作品はあっという間に人気になり、サブウェイ・ドローイングを始めた翌年にはウェストベス画廊で初個展を開催します。この個展が大成功で、その翌年からは世界中の大規模な展覧会にゲストで招かれるようになりました。ドイツの国際展「ドクメンタ」、イタリアの「ヴェネチア・ビエンナーレ」、フランスの「パリ・ビエンナーレ」などです。日本でも1988年に「ポップショップ・トーキョー」を開店し、グッズ販売などをおこないました。
アート界での評価が高まると同時に、音楽界やファッション界からのデザインオファーも絶え間なくくるようになります。マドンナのジャケットデザイン、衣装デザイン、デヴィット・ボウイのジャケットデザインなどを手掛け、その個性豊かなグラフィティは知名度を高めていくことになりました。
彼は知名度が高まっていったなかでも世界各地で壁画を描いたり、子どもと一緒にワークショップをしたりするなど「アートは大衆のためにある」と信じていた画家でした。社会的な活動に意欲的な画家、という見方もされます。
病に倒れる~現在
順風満帆だったキース・へリングは、1988年に「エイズ」と診断されます。その翌年には「子ども向けの福祉活動」や「エイズ関連の活動支援」のためにキース・ヘリング財団を設立しました。
1990年に31歳で短い生涯を終えることになりますが、キース・ヘリング財団は今もニューヨーク市のスタジオを拠点として社会貢献活動を続けています。
キース・へリングの作品性と魅力
キース・へリングの作品の魅力は、まず「誰が見ても分かりやすいポップさ」にあると言えるでしょう。極限までシンプル化された人間や動物のモチーフが感情豊かに描かれています。そのうえで「この絵はキース・へリングのものだ」と一目でわかるキャラクター性もあります。
彼はアートを限られた世界の趣味ではなく「子どもからお年寄りまで全員が楽しめるものであるべきだ」と考えていた芸術家です。その姿勢が作品から読み取れます。彼はポップアップショップを開きましたが、それはお金儲けのためではありません。収集家だけでなく多くの人に楽しんでほしいから、という考えがありました。それは福祉のための財団を作ったことからも分かるでしょう。
そのうえで、先述したとおりエイズ予防をはじめとする社会的なメッセージを訴え続けました。そのほか麻薬撲滅キャンペーンや、LGBTの認知拡大、核戦争への反対に関するキャンペーンなどの活動をおこないました。
キース・へリングの代表作品
ここからはキース・へリングの作品について紹介していきます。
Radiant Baby
「Radiant Baby」はキース・へリングのアイコン的な作品です。四つん這いの赤ちゃんの周りに光が描かれ、誕生を祝福しています。彼は20代前半のころ、熱心なキリスト教信者でした。キリスト教において、穢れのない純粋な存在として扱われている赤ちゃんの純粋性を描いた作品です。
赤ちゃんの純粋性を描くことで、大人のエイズやLGBTに対する偏見に抗議した作品としても知られています。
オルターピース:キリストの生涯
「オルターピース:キリストの生涯」はキース・へリングがなくなる数週間前に完成させた作品です。オルターピースとは、教会の祭壇を意味します。現在は世界9カ所の教会や美術館に収蔵されています。
キース・へリングの平和への願い・祈りが反映された集大成ともいえる作品です。
Ignorance=Fear / Silence=Death
「Ignorance=Fear / Silence=Death」はキース・へリングがエイズと診断された後に描いた作品です。エイズ認知啓発を促すのが目的でした。日本でいうと日光で有名な「見ざる、言わざる、聞かざる」がモチーフになっています。
エイズの認知拡大に無関心なアメリカ政府を皮肉った作品です。それと同時にエイズ患者自身がエイズであることを告白することが難しい状況であることも、この「見ざる、言わざる、聞かざる」にかかっています。
Andy Mouse
「Andy Mouse」はポップアートの巨匠であるアンディ・ウォーホルとミッキーマウスを融合させた作品です。シルクスクリーン4点からなる連作となっています。キース・へリングは年上のアンディ・ウォーホルや同年代のジャン=ミシェル・バスキアといったポップアーティストと交流をしていました。
そのなかでアンディ・ウォーホルへのリスペクトを込めて作られた作品です。ここでもモチーフとしてミッキーマウスというアメリカを代表するキャラクターを使った部分が、ポップアート(大衆に向けたアート)を印象付けています。
キース・へリングの作品が見られる場所
キース・へリングの作品を実際に見られる場所を紹介します。日本でも見られますので、気になった方はぜひ作品をご覧ください。
中村キース・へリング美術館
山梨県北杜市に「中村キース・へリング美術館」があります。キース・へリングの作品を30点弱所蔵しており、展覧会を開催している私設美術館です。キース・へリング作品のキャッチ―さだけではなく、その鋭いメッセージ性も体感できる空間となっています。
アメリカ・ニューヨークの街
アメリカ・ニューヨークの街には、パブリック・アートとしてキース・へリングの作品が設置されています。薬物反対を掲げる 「クラック イズ ワック」はニューヨーク市立博物館やヤンキースタジアム近くのハーレムの公園に壁画として設置されています。
そのほかセント・ジョン・ザ・ディヴァイン大聖堂には先述したオルターピースがあり、ソクラテス彫刻公園には彼の造形が飾られています。ニューヨークのさまざまなスポットにキース・へリング作品はパブリック・アートして置かれていますので、旅行などの際に覗いてみてはいかがでしょうか。
キース・へリングのグッズが買える場所
キース・へリングは先述した通り、自ら大衆化を狙った芸術家であり、さまざまなポップアップショップを展開しました。今でも中村キース・へリング美術館のECサイトなどでグッズを買えます。
カレンダーやキーホルダー、ステッカー、トランプ、ファイルケース、ノートなどを購入できます。
キース・へリングのコラボ商品
またグッズのほか、ブランドとのコラボレーション商品も多く作られています。
COACH
COACHはキース・へリングとのコラボレーション商品を多く作っているブランドです。2021年にはミッキ―マウス、キース・へリングとのコラボレーショングッズを展開しました。日本ではKōki, がモデルに起用されて話題になりました。
Cole Haan
アメリカのファッションブランド「COLE HANN」は2022年6月よりキース・へリングとのコラボレーションシューズを展開しています。ウィングチップ「オリジナルグランド」とスニーカー「グランドプロ ラリー」がベースになっており、全4型です。
Swatch
スイス製腕時計のSwatchもキース・へリングとコラボレーションをこれまで2度にわたって出してきました。1回目はニューヨークのポップショップで販売されたものです。こちらは現在プレミア価格となっており、高値で取引されています。
2回目は2021年に販売されました。全3型あり、ミッキーマウスのモチーフとなっています。なかでも「エクレクティック ミッキー」は限定品で人気が高いです。
UNIQLO
日本ではUNIQLOが古くからキース・へリングとのコラボレーション商品をリリースしてきました。Tシャツやパーカー、シューズなどを出しています。日本におけるキース・へリングの知名度向上の背景にはUNIQLOとのコラボが大きいでしょう。
まとめ
ストリートアートは現在でも若者に人気のジャンルです。その背景には大衆化を意識しつつ、社会貢献活動を続けてきたキース・へリングの存在があります。
彼のユーモラスで可愛らしさを感じる作品が気になる方は、ぜひ展覧会やグッズなどで楽しんでみてください。その際には、エイズやLGBT、反薬物、反核戦争といったメッセージ性を感じながら、今の社会に目を向けてみるのもいいでしょう。