本記事は、柴田元氏の著書『日本社会の余命』(晶文社)の中から一部を抜粋・編集しています。

医療
(画像=Undersea / stock.adobe.com)

医療制度の圧迫

「世界最速の高齢化に伴い、高齢者の医療費が急増し、医療制度の維持が難しくなっている」

―― こんなフレーズを耳にした人も多いでしょう。日本政府はこれまで、高齢化時代への対応策として医療再編と地域包括ケアシステムの構築により、入院中心の医療から在宅中心の医療への転換を進めてきました。EBM(Evidence-Based Medicine:科学的根拠に基づく医療)を基本とした疾患別診療ガイドラインの作成、新専門医制度の導入などにより、医療の効率性、標準化、診療報酬の適正化を進めてきましたが、今のところ高齢者医療費の抑制や円滑な地域連携システムの構築などの具体的な成果はあまりみられていません。

政府が医療再編を行おうとしている最大の理由はその病床数の多さです。日本はOECD諸国の中で、人口当たりの病床数が多い国の1つです。最新の統計では、日本の病床数は、2022年時点で人口1,000人当たり12.59床となっています。これはOECD平均の4.3床(2021年)と比べて約3倍に相当します。そして病床数が多い地域ほど医療費が高く、治療費は在宅医療より入院治療費が高いため、政府が医療費の適正化(抑制)のため医療再編により病床数を減らそうとするのは理にかなっています。

しかし、日本の医療機関は70%以上が民間病院であり(OECD諸国では、概ね10%以下)、私的所有権の範疇にあるため、国や自治体が自由に統廃合を命じることができません。さらには、国が地方の医療政策に強く介入することは制度上困難であり、地方自治法の枠組みの中で医療再編を行う必要がありますが、地元医師会や住民の根強い反対があり、簡単には進んでいないのが現実です。

しかし、これからの5〜10年間で急速に就労人口は減少していくため、医療および介護専門職の人材不足が深刻になっていきます。医療機関には医療法で専門職の人員配置基準があるため、人材確保が困難となってくれば、施設基準が守れなくなり、中小医療機関は縮小・閉鎖あるいは統合に追い込まれ、結果として大規模施設を中心とした医療再編が起こってくるかもしれません。

医療の変質 ―― EBMとNBM問題より

医療制度が変わっていくに従い、医師の立場によって患者への向き合い方も変わってきました。

ひと昔前は「経験的医療」が中心でした。つまり、医学部を卒業後は、大学医学部の各医局に所属して、先輩医師の指導を受け、数多くの経験を積み、紆余曲折を繰り返しながら臨床医としての実力を磨いていきます。そして一定の臨床経験年数、症例数、研究成果等を各所属医学会が独自の基準で評価し、基準を満たした者に対して専門医の資格認定を授与する仕組みになっていました。

しかし2014年、厚生労働省の指導により一般社団法人日本専門医機構が設立されてからは、統一プログラムを用いて標準的医療を提供するスキルを持つ専門医を育成する仕組みに改められました。これにより、「患者は、どこの医療機関でも科学的に有効性が確認された標準的治療を効率的に受けることができるようになった」ということになります。

しかし、医療とはそのように単純なものではありません。

日本専門医機構の設立以前は専門医資格を取得するためには、数多くの経験を必要とするため、少なくとも10年以上はかかっていたと思いますが、新制度以降は、規定のカリキュラムを修了することで、早ければ5年程度で専門医資格が取得できるようになりました。標準的医療を提供できることを「スキル」と呼ぶことにも疑問が残りますが、その結果、また新たな問題を抱えてしまうことになります。

EBMとNBMの融合の必要性

治療に対する考え方として、EBMのほかに、「物語に基づく医療(Narrative-Based Medicine=NBM)」というものがあります。これらはそれぞれ異なるアプローチを持ち、医療提供の方法や思考様式にも違いがあります。

私の考えでは、EBMは虫垂炎や合併症の少ない胆石症の手術といった典型的な外科治療や、まずは救命することが一次的使命となる救急医療の現場で有効に機能するものだと思います。

しかし高齢者や障害者医療、あるいはリハビリテーション医療といった分野では、1人の患者が複数の疾患、障害を持ち、病態はより複雑化しているため、EBMよりNBMの考え方のほうが望ましいと感じています。

それぞれの特徴を踏まえて説明していきます。

【EBM(Evidence-Based Medicine)】

EBMは、科学的根拠(臨床試験や統計データなど)に基づいて医療を提供するアプローチのことです。個々の臨床判断は統計的エビデンス(証拠・結果)を根拠に行われます。

EBMの利点としては、同一疾患に対する治療手段の再現性が高く、治療効果の平均的な成果が期待できます。もちろんそれはあくまでも期待値であって、患者それぞれの条件(設定条件)が変わればその限りではありません。

一方、課題としては個々の患者の背景や価値観は反映されにくいといったことが起こります。

また、「ガイドライン通り」の治療が重視されるあまり、医師の創造性や直観、裁量権が制限されてしまい、ガイドラインにそぐわない一部の患者にも同様の治療が提供されれば、不利益を与えてしまうことにもなります。

【NBM(Narrative-Based Medicine)】

NBMは、患者の主観的な経験や価値観、背景に配慮しながら治療方針を考えるやり方です。

患者の人生における物語(Narrative)を重視し、患者と医師の対話を中心として、患者ごとの価値観に応じた、個別化した医療の提供を目指します。

利点は、患者のニーズに寄り添い、治療を通じて患者の生活の質(QOL)や満足度を向上させていける点です。医師自身にも柔軟で主体的な思考が求められるため、専門性が発揮されやすくなります。

課題としては医師の経験や判断能力、人間性が求められるため、ある意味では非効率的で、医師の個人的能力に依存しすぎるとエビデンスを軽視する危険性や、一貫性や再現性に欠ける医療が行われる懸念が生じます。

要約すれば、EBMは治療の標準化を目指していますが、NBMは多様性のある患者に対して個別性を求めた治療を目指します。理想はEBMとNBMを統合した「患者中心の医療」であり、エビデンスに基づきながらも、患者の物語や価値観を考慮するアプローチが求められます。

ところが現代医療においては、診療ガイドラインがある意味バイブル化したことにより、多くはEBM中心の医療が展開されています。EBMでは、患者のデータをもとにパターン認識して診療指針に従って治療を行うため、誤解を恐れずにいえば、患者を診ずに患者のデータを見ているということになります。

NBMでは患者の状態により治療方法を選択していく必要がありますから、特にガイドラインから逸脱する治療を選択する場合には、より、患者との対話が求められます。また、治療の選択に対して判断に迷う場合は常に葛藤が生じることになります。

私の個人的な意見ですが、EBM重視の医師は治療がパターン化してしまう傾向にあるので、患者を前にして思考することが少ないだろうと想像します。診療態度でいえば、診察中は電子カルテのパソコン画面ばかりを眺めて、患者の方を振り返ることも、触れることもほとんどない人が多いようです。

対してNBMを重視する医師は、思考の連続ということになります。診察時間の大半を患者の身体の観察と対話に費やします。それだけNBMは知識と経験が必要ともいえます。

結果として、EBMにしろNBMにしろ、「医者選びも寿命のうち」というのは今も昔も同じなのかもしれません。

『日本社会の余命』より引用
柴田 元(しばた・はじめ)
医療法人かぶとやま会理事長/久留米リハビリテーション病院院長。1977年、久留米大学医学部卒。同第3内科(現:心臓・血管内科)入局。1979年、門司市民病院勤務を経て、1980年、大阪国立循環器病研究センター勤務。1983年、久留米大学医学部第3内科助手。1985〜1987年、産業医科大学リハビリテーション科非常勤講師。1995〜1996年、デンマーク、ドイツ、イギリスなどで医療・介護・福祉研修。1996年、医療法人かぶとやま会久留米リハビリテーション病院病院長に就任し、現在に至る。著書に『「老い」を受け入れる』(2023年、講談社)などがある。

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