本記事は、柴田元氏の著書『日本社会の余命』(晶文社)の中から一部を抜粋・編集しています。

少子化
(画像=takasu / stock.adobe.com)

人口減少を伴う少子高齢化の影響

一般的に「少子高齢化」として問題視されますが、高齢化よりも出生率低下による持続的な就労人口の減少のほうが、はるかに大きな問題となります。

わが国の生産年齢人口はすでに1995年をピークに減少に転じています。2023年度の出生率は1.20と過去最低を記録し、2024年度はさらに減少して年間出生者数が68万6,601人(前年比5.7%減)となり、1899年の統計開始以来最も少ない数となりました。

そして、出生率の低下は、すなわち次世代の就労人口および納税者の減少を意味します。

総務省の統計によれば、日本の総人口は、2023年度の1億2,435万人に対して、2030年は約1億1,500万人(マイナス7.5%)にまで減少しますが、平均寿命は引き続き伸び、厚生労働省簡易生命表では、同2030年には男性82.56歳、女性88.62歳になると試算されています。結果として、2030年には高齢化率(65歳以上の人口の割合)が約30%に達します。

これを受けて、政府は女性や高齢者の労働市場への参入を促進する政策を進めていますが、これらの施策のみで十分な労働力を補うことは到底難しく、一時しのぎでしかありません。直近の対策としては外国人労働者の受け入れや、AI・ロボティクス技術の導入が急務となります。

特に、医療や介護分野における労働力不足は2024年度から施行された「働き方改革」と相まってさらに顕著となっており、待ったなしの状況です。

人口動態の予測は、統計上の単なる予測ではなく、ほぼ確実な数値を示しています。このような総人口の減少と少子化を伴う高齢化率の上昇は、日本経済に深刻な打撃を与えると同時に社会保障制度や医療、介護サービスに大きな負担をかけることになります。

現在のように移民や外国人就労者を積極的に受け入れなければ、2040年には就労人口(20〜64歳)は全人口の半分程度になり、その後もさらに減少していくことになります(令和2年版厚生労働白書より)。

フランスの人口学者であるエマニュエル・トッドは、著書『老人支配国家 日本の危機』の中で、「1990年代に日本を訪れた時、すでに将来の人口減少時代の対策が議論されていた。日本人は素晴らしいと驚いた。しかし、あれほど早くから議論がなされていたにもかかわらず、政府が、その後、何も具体策を講じなかったことにはさらに驚いた。さすがに日本人だ」と皮肉をこめて書いています。

エマニュエル・トッドは日本の移民政策を推奨しています。しかし、日本の有識者の中には移民政策に反対する意見もあります。

確かに、世界を見れば多くの国々が移民問題を抱え、内乱の原因にもなっています。少子化の原因と結果には議論の余地があります。単なる数の問題、労働者の確保というのであれば移民の受け入れは是となりますが、少子化が成熟国家に起こる必然であるとすれば、大量の移民受け入れは、国家のアイデンティティに影響を与え、新たな問題を引き起こすことにもなるかもしれません。とはいえ、これ以上先延ばししても、問題は大きくなるばかりです。いずれにしても早急な法整備が必要です。

格差という問題

マスコミの報道などで「格差なき社会の実現」という言葉を耳にします。しかし、私たちの社会は、さまざまな格差や差別が混在し、それによって構成されているといっても過言ではありません。東京大学大学院情報学環の暦本純一教授は著書の中で、「自由で平等で多様性に富む社会は、生物としては異様で不自然である」(『2035年の人間の条件』落合陽一氏との共著)と述べています。

私たちは、この現実を直視し、実現可能な改善策を模索していく必要があります。虚構の上に立脚した対策を講じても、現実を改善することはできません。格差には、世代間、経済、教育、情報、人種、民族、性別、地域など、大小さまざまな種類がありますが、これらの格差は医療や介護の現場にも大きな影響を与えています。その傾向は、社会のデジタル化やAIの普及とともに、さらに顕著になりつつあります。

世代間格差

格差が生まれる1つの要因として、生まれた世代があります。各世代を画一的に定義することは個人の先入観を助長する可能性があることに注意を払いながら、時代背景を考える1つの手段として考えてみます。

1950年以降の各世代は、主に生まれた年代に基づいて以下のように分類されています。

(1)ベビーブーム世代(1946年〜1964年生まれ)

第二次世界大戦後の経済成長と人口増加の時期に生まれた世代で、俗にいう「団塊の世代」を含みます。高度経済成長期に成人を迎え、安定した職場環境や終身雇用の恩恵を受けました。

家族中心の価値観を持ち、安定した職業や家庭を重視する一方で、集団意識が強く、勤労意欲や責任感を重んじる傾向があります。

昭和30年代には、「三種の神器」として白黒テレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫が普及し、後半には「3C」(カラーテレビ、クーラー、自家用車)が家庭に浸透しました。一方、20世紀後半の第三次産業革命では、ICT(情報通信技術)による生産の自動化・効率化が進展しましたが、日本は第二次産業革命の成功体験に依存したため、デジタル化への対応が遅れました。

(2)団塊ジュニア世代(1965年〜1980年生まれ)

就職氷河期世代、いわゆる団塊ジュニアと呼ばれる人口規模の大きな世代です。バブル崩壊後の景気低迷期に社会に出たことで、多くの人たちが新卒採用の機会を十分に得られず、非正規雇用にとどまりました。これにより、キャリア形成が困難となり、収入の伸び悩みや老後資金の不足といった長期的な影響を受けています。

また、厚生年金への加入期間が短い人も多く、将来的な年金受給額の少なさから老後の生活不安が深刻視されています。さらに、精神的孤立や中高年以降の介護負担など、多面的な問題に直面しています。

一方で、IT技術の発展には柔軟に適応し、親世代と比べて個人主義や多様な働き方を受け入れる傾向も見られます。時代の変化に翻弄されたこの世代に対しては、課題に応じた細やかな支援と、再挑戦の機会を保障する政策が求められています。

(3)ミレニアル世代(1981年〜1996年生まれ)

インターネットや携帯電話とともに育ったデジタルネイティブの始まりの世代です。高度な教育を受ける機会に恵まれ、自己実現やキャリア形成への関心が高いとされています。SNSやスマートフォンの普及により、情報共有やコミュニケーションが日常化しました。

しかし、バブル崩壊後の「失われた30年」の影響を受け、不動産価格や賃金の低迷に直面しています。従来の価値観にとらわれないライフスタイルが特徴的です。

(4)Z世代(1997年〜2012年生まれ)

生まれた時からインターネットやスマートフォンが存在する完全なデジタル世代です。SNSや動画プラットフォームを活用し、オンラインを中心に情報収集や交流を行います。

多様性を尊重する柔軟性がある反面、指示待ちの傾向が強く、積極的な行動が苦手という側面もあります。

(5)アルファ世代(2013年〜現在)

AIやIoTなどの先進技術が身近にあり、教育や育成環境がデジタル技術に大きく依存している世代です。

世代の違いにより生き方も変わる

ベビーブーム世代は、安定した雇用や家族生活を重視する傾向にありますが、ミレニアル世代以降は柔軟な働き方や自己実現、多様性を重視する傾向が強いとされています。これらの違いは、生活様式や働き方に影響を及ぼしています。

夏目漱石の『草枕』に「智に働けば角が立つ、情に棹させば流される」という一節がありますが、この言葉は、どの選択肢にも困難が伴うという人生の複雑さを示しています。明治時代の急速な西洋化や近代化がもたらした変化への戸惑いは、現代の技術革新による変化と通じるものがあります。ただし、一概にはいえませんが、ミレニアル世代以降の若者は、複雑な人間関係において行動することを疎ましく思い避ける傾向にあります。これが、後に述べる働き方や生活スタイルにも大きく影響を与えてくることになります。

第三次・第四次産業革命を通じて、デジタル技術の進化は私たちの生活を一変させました。

特に、コンピュータやインターネットの登場、モバイル技術の進化は、情報の拡散速度や量を飛躍的に高めました。一方で、高齢世代を中心にデジタル技術への対応が難しい層が存在し、世代間に深い断層を生じさせています。

デジタル革命に伴う社会変化は、技術革新と人類進化のスピードの不一致、世代間格差を浮き彫りにしています。

日本のデジタル化に関する諸問題

今、私たちが生きる時代は「第四次産業革命」と呼ばれ、AI、IoT、ビッグデータなどを駆使したデジタル技術が産業構造や社会のあり方を根本から変えつつあります。世界中でイノベーションが加速する中、各国は競うようにデジタル分野への投資と人材育成を進めています。

しかし、その潮流の中で、日本はかつての技術大国としての姿が見られません。

2000年代初頭、我が国は半導体や通信機器分野で世界の先頭を走っていました。NECや東芝、シャープなどに代表される日本製品は世界中で高く評価されていました。しかし、気がつけば、いつの間にか韓国や台湾、そして中国にまで先を越されてしまいました。

なぜ日本は技術的優位を維持できず、今や「デジタル後進国」とまで揶揄される事態となってしまったのか。その問いは、単に技術や制度の問題にとどまらず、私たちの組織文化、教育、意思決定のあり方にまで深く関わっているように思われます。

『日本社会の余命』より引用
柴田 元(しばた・はじめ)
医療法人かぶとやま会理事長/久留米リハビリテーション病院院長。1977年、久留米大学医学部卒。同第3内科(現:心臓・血管内科)入局。1979年、門司市民病院勤務を経て、1980年、大阪国立循環器病研究センター勤務。1983年、久留米大学医学部第3内科助手。1985〜1987年、産業医科大学リハビリテーション科非常勤講師。1995〜1996年、デンマーク、ドイツ、イギリスなどで医療・介護・福祉研修。1996年、医療法人かぶとやま会久留米リハビリテーション病院病院長に就任し、現在に至る。著書に『「老い」を受け入れる』(2023年、講談社)などがある。

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