本記事は、柴田元氏の著書『日本社会の余命』(晶文社)の中から一部を抜粋・編集しています。

医療,デジタル
(画像=Dax‌ / stock.adobe.com)

医療のデジタル化と人間性

医療のデジタル化が進む中で、人間性をどう守るかという課題は避けて通れません。AIやロボットは、あくまで「道具」であり、人間がその役割や限界をしっかり認識することが必要です。以下にその重要性を示します。

AIやロボットは、業務効率を上げたり人の負担を軽減したりするための手段であり、最終的な決定やケアの提供は、医療従事者や介護者の手で行われるべきです。

次に、技術がどれだけ進化しても、医療の中心にいるのは常に患者であり、人間同士の関係性が基本です。技術は人間の温かみや共感に置き換えられるものではありません。

AIやロボットを活用する時代において、医療従事者の役割はむしろ拡張されるべきです。

データ分析や技術の管理を行いつつ、患者との対話や共感的なケアを強化する方向に進むことが求められます。

医療従事者には、AIやロボットの仕組みやその限界を理解し、技術を正しく活用する力を養う必要があります。また、技術がどの範囲まで許容されるか、人間性を損なわないために何を守るべきかを定めた倫理的な枠組みが不可欠です。

そこで思い出すのは「惻隠の情」です。

「惻隠の情」とは、他者の苦しみや悲しみを見て心から憐れみ、同情し、助けたいと願う人間の自然な感情を指します。

AIやロボットは便利な道具であり、人間がよりよい医療や介護を提供するための補助的な役割を担っていくでしょう。一方、「惻隠の情」に基づくケアは、技術では置き換えられない本質的な人間の役割です。デジタル化や技術が進化するほど、その限界を認識し、人間性を守る努力を続けることが重要です。

近未来において、看護や介護の現場をロボットが担うという意見があります。しかし、私はそれには賛同できません。ケアロボットはあくまで「道具」にすぎず、患者に寄り添い、心からケアすることはできないと考えるからです。いかに技術が進化しようとも、人間特有の思いやりの心を持つAIは生まれ得ないと私は思います。

同様に、医師がAIを駆使する医療が進むほど、医療現場から人間性が失われていくのではないかと危惧しています。医療や介護のデジタル化が進む現代において、私たちは技術の限界を冷静に見極めなければなりません。

感情はデータに置き換えられない

ケアにおける「惻隠の情」。それは相手の痛みを自分のことのように感じ、寄り添う心です。

AIやロボットは、人間の行動を模倣することはできますが、この深い共感を持つことはできません。患者との信頼関係を築くことも、人の心に響く言葉を選ぶことも、感情をデータに置き換えることは不可能なのです。

人間が人間に向き合うからこそ、医療や介護には温かさが宿り、癒やしが生まれるのです。

AIやロボットが医療や介護に貢献する一方で、もし人間がそのすべてを機械に委ねてしまえば、私たちは大切なものを失ってしまうでしょう。医療とは単なる治療行為ではありません。

それは患者の心を受け止め、生きる希望をともに見つける営みでもあります。

技術の進化は素晴らしい可能性を秘めています。しかし、それはあくまで人間を支える補助的な存在であり、主役はいつの時代も「人」であるべきです。患者一人ひとりの声に耳を傾け、その人生に寄り添うケアを忘れてはなりません。技術が進むほど、人間らしさを守る努力が一層求められるのです。

医療・介護分野でのデジタル化のリスク

ところで、医療や介護分野のデジタル化にはさまざまな危うさが潜んでいます。この分野では、非常に機密性の高いデータを扱います。このようなデータを適切に保護するためのセキュリティ体制が十分に整備されていない場合、不正アクセスや個人情報の漏洩といった深刻なリスクが生じます。

例えば、マイナンバーカードへの健康保険証や年金データ、運転免許証の紐づけが進められていますが、これに伴う情報漏洩のリスクが頻繁に指摘されており、社会的な問題となっています。当時の河野太郎デジタル庁大臣は「安全は確保されている」と繰り返しアナウンスしていましたが、具体的な根拠が示されていないことが不安視されました。こうした背景から、政府への信頼不足が国民の不安をさらに助長しています。

2023年末時点で、日本の医療機関における電子カルテの導入率は約50%とされています。

多くの現役医師がデジタル化に慣れていないことや、多くの費用がかかることが、その進展を阻む要因の1つです。データの真正性と安全性を確保するには、高度な暗号化技術やブロックチェーン技術を活用したシステムの強化が必要です。また、個別の医療機関のシステムだけでなく、国全体としてリスクアセスメントを継続的に行い、最新のセキュリティ対策を導入することも不可欠です。

私個人の考えとして、マイナンバーカードへの健康保険証の紐づけは限定的なものにとどめるべきだと考えます。少なくとも、ベビーブーム世代が社会から退くまでは、柔軟な対応が必要だと思います。

医療介護従事者の充足予測

2024年6月末時点で、全国には約8,060の病院があり、約147万床が存在しています。

しかし、現在の医療制度や医療提供体制が維持された場合、2030年にはこれを上回る病床数や診療所が必要と予測されています。特に、慢性疾患や認知症の増加に伴い、長期的なケアを提供する施設や在宅医療サービスへの需要は確実に高まると考えられます。一方で、地方では医療資源の不足が深刻化しており、地域間格差の拡大が懸念されています。

さらに、国が2015年に発表した厚生労働省の資料によれば、2025年度までに医療機能の分化を進め、約3.3万床の病床を削減する計画が立てられています。しかし、この施策は退院後に「住み慣れた地域」で療養できる地域包括ケアシステムが確保されていることを前提としているのです。

『日本社会の余命』より引用
柴田 元(しばた・はじめ)
医療法人かぶとやま会理事長/久留米リハビリテーション病院院長。1977年、久留米大学医学部卒。同第3内科(現:心臓・血管内科)入局。1979年、門司市民病院勤務を経て、1980年、大阪国立循環器病研究センター勤務。1983年、久留米大学医学部第3内科助手。1985〜1987年、産業医科大学リハビリテーション科非常勤講師。1995〜1996年、デンマーク、ドイツ、イギリスなどで医療・介護・福祉研修。1996年、医療法人かぶとやま会久留米リハビリテーション病院病院長に就任し、現在に至る。著書に『「老い」を受け入れる』(2023年、講談社)などがある。

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