ヘッジファンドと聞いて相場の変動時にも安定成長する「絶対リターン」が達成できるとイメージする投資家も多いが、そのデータが必ずしも正しく無い可能性があることを知っておくべきだ。
ヘッジファンド=絶対リターンは正しいのか
ヘッジファンドが下落局面でも損失を一定に抑えられるという説明をする際に、右肩上がりに推移している「ヘッジファンド指数」のチャートが使われることが多い。これを見せられた投資家は絶対リターン神話を信用してしまう。さらに以下の情報提供については、金融機関勤務のヘッジファンドを投資家に説明している営業員ですら、知らないことが多いのではないかと危惧している。
2016年1-2月の世界の株式ヘッジファンドの運用成績はマイナス5.35%(HFR調べ、運用額加重ベース)であった。また2009年以降は7年にわたりヘッジファンド指数は市場平均を下回っているとのデータもある。この事実を販売者はおそらく説明しないだろう。
ヘッジファンド指数を信じて良いのか
少々古いデータだが、「日本銀行調査季報、2005年夏(7月)」に「ヘッジファンド指数のおよびデータベースの問題点」というコラムがあり、その問題点をバイアスとして説明している。いくつか説明しよう。
①生き残りバイアス
「低収益のため報告を行わないファンドや既に消滅したファンド」「活動を停止したヘッジファンド」のデータが勘案されていない、という可能性。ヘッジファンド指数はヘッジファンド全体のデータが盛り込まれていない可能性があり、低収益のヘッジファンドはヘッジファンド指数に反映されていない可能性がある。同様に解散/消滅したヘッジファンドの成果も反映されていない可能性がある。
②遡及バイアス
データベースへの情報提供を直近の最も良い収益率を達成した期間のみを報告することができる。
③清算バイアス
消滅しようとしているヘッジファンドの多くの清算理由はそのパフォーマンスが優れないという理由であろうと想像できる。しかしその低い収益性が清算に至るまでの間には指数に報告されていない可能性がある、というわけだ。
パフォーマンス不良で消滅したヘッジファンドのデータが盛り込まれていない「ヘッジファンド指数」をヘッジファンド全体のパフォーマンスとして考えることは極めて危険な考えだといえる。
「閉鎖>開設」のトレンド
世界のヘッジファンドの数は2015年末で8454であった。同年に閉鎖したヘッジファンドは977で新たに開設した968を上回っている。このトレンドは今後も続くのだろうか。
シャドーバンキング問題
みずほ総合研究所の「国際的な金融規制改革の動向 10訂版」2016年3月30日によると、厳しい銀行規制を回避するために、規制の緩い「シャドーバンキング」に資金がシフトしてきた可能性を指摘している。ヘッジファンドなどは、実質的に銀行に類似した信用仲介活動を行う非銀行金融セクターであり、「シャドーバンキング」に含まれている。そして投資家保護の観点では規制強化を行う方が望ましいと考えられ、このシャドーバンキングについても規制強化する方向にあるとも考えられる。
ファンド規制・レバレッジ規制
銀行のシャドーバンキングへの関与を規制する目的で「ファンド向け出資の自己資本規制上の取扱いの見直し」が今後加速する可能性があると考えられる。すなわち銀行が出資しているファンド、ヘッジファンドの資産内容をリスク計量すべきという方向性が進むだろう。先般の金融危機時に銀行がシャドーバンキングに類する事業体を救済した事例があり、契約上の範囲を超えて銀行が介入せざるを得ないリスクを考慮すべきということだろう。
流動性の低い資産に投資するヘッジファンド、レバレッジ比率の高いヘッジファンド、プライベートエクイティ中心のヘッジファンドなどには、出資していた銀行のリスクが大きくなる場合が考えられ、ヘッジファンドから銀行の資金流出が加速する可能性も視野に入れておきたい。同様に投資家が現在投資するヘッジファンドを改めてリスク計量することにより、解約していく可能性も考えられる。閉鎖するヘッジファンドが今後増加する可能性は否定できないだろう。
ヘッジファンドコスト考察
ヘッジファンドには成功報酬としてファンドの純収益の10-20%の成功報酬、1-2%程度信託報酬に加え、3-5%近い購入時の手数料を支払うケースもある。ヘッジファンドの運営者、ファンドマネージャーにとってのインセンティブは高く、数年成功すれば巨万の富を手にする可能性がある。しかし、投資家にとってこれだけの高いコストをかけてヘッジファンドで運用するメリットが本当にあるのか、投資家ひとりひとりが熟考すべき時期だろう。
安東隆司(あんどう・りゅうじ)
RIA JAPAN
おカネ学株式会社代表取締役。CFPRファイナンシャル・プランナー、元プライベート・バンカー。日米欧の銀行・証券・信託銀行に26年勤務後、独立。お客様サイドに立った助言を実践するためには高い手数料は弊害と考え、証券関連の手数料を受け取らない内閣総理大臣登録の「投資助言業」を経営。