◆2016年の実質GDPは1.6%、内需主導の緩やかな拡大続く
ユーロ圏全体で見れば、16年後半も著しく緩和的な金融政策とやや拡張的な財政政策が下支える内需主導の緩やかな景気拡大は続く見通しである。16年年間の実質GDPは前年比1.6%と潜在成長率を上回ると予測する。
個人消費の伸びはやや鈍化しても、底堅さを保つ見込みだ。16年後半には、原油価格の低下による低インフレの実質所得を押し上げ効果は徐々に剥落するが、ユーロ圏全体では雇用・所得の緩やかな伸びが期待される。
設備投資の拡大も続くと見られる。稼働率の上昇傾向は足踏みとなっているが(図表8)、長期平均を上回っており、今年3~4月に実施された欧州委員会の設備投資計画調査でも、昨年秋の計画からは下方修正されているが、実質前年比6%増と、ここ数年の比較で見れば、強気の目標が維持されている。
企業マインドは、年初に世界的に金融市場の緊張が高まり、新興国経済の減速懸念が高まったことを受けて弱含んだが、その後、下げ止まっている(図表9)。
著しく緩和的な金融環境、特にECBの資産買入れ策の対象に6月からは社債が加わり、ゼロ金利、場合によってはマイナス金利による4年物の資金供給も実施されるという金融環境も追い風となって、計画の伸びには届かないとしても、投資の拡大は続くと見られる。
輸出は、ロシアとの関係悪化、中国経済の減速で新興国の伸び悩みが続く一方、米国を中心とする先進国向けも減速している(図表10)。
輸出環境は明るくはないが、当研究所が想定する米国経済は4~6月期には成長率が持ち直し、中国経済の減速も緩やかに留まる。後述のとおりECBの著しく緩和的な金融政策とやや拡張的な財政政策という政策の下支えもあるため、外部環境の悪化を理由とするユーロ圏経済の失速は免れると見ている。
◆ECBは、著しく緩和的な金融環境を維持し、回復をサポート
欧州中央銀行(ECB)の金融政策は、14年6月以降、デフレリスク回避のために強化されている。ECBの緩和強化策は、中銀預金金利をマイナスとするマイナス金利政策、国債等を買い入れる資産買入れプログラム(APP、量的緩和)、最長4年の資金を供給するターゲット型資金供給(TLTRO)、政策金利の先行きに関するフォワード・ガイダンスの4本柱からなる(図表11)(*1)。
今年3月にこれら4本柱を駆使する包括的緩和を決めている。APPの中核をなす国債等の買入れは財政規律を形骸化させるおそれがある。ECBのマイナス金利政策は、APPやTLTROとの相乗効果で、緩やかな拡大を支える役割を果たしたと評価できるが、すでに導入から2年が経過、14年9月、15年12月、16年3月の3度の追加利下げで中銀預金金利がマイナス0.4%に達し、銀行収益の圧迫など副作用への懸念も広がりつつある。
南欧の経済情勢は依然として厳しく、著しく緩和的な金融環境を必要としているが、規制に起因する雇用創出力の弱さ、不良債権処理の遅れなどの構造問題は金融政策では解決できない。ECBは、追加緩和に慎重な姿勢を採ると思われる。
今回の見通しでは、ECBが次の一手を打ち出すタイミングは、9月8日の理事会が有力であり、内容も、世界的な金融市場の混乱などの波乱がない限り、現在、17年3月としている資産買入れプログラム(APP)の半年間の期限の延長とそれに伴うフォワード・ガイダンスの修正など現行政策の期間延長に留まると見ている。
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(*1)ECBの金融政策については2016年3月11日発行の経済金融フラッシュ「
16年3月10日ECB政策理事会: 包括的追加緩和策を決定。必要だった利下げ打ち止めのシグナル
」をご参照下さい。
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◆財政政策は全体ではやや拡張的に
ユーロ圏全体では財政緊縮策の山を超えたことも、緩やかな景気の拡大が続くようになった要因だ。加盟国の財政ルールへの適合性を判断するEUの欧州委員会が、裁量的財政政策の規模を測る基準としている構造的財政収支の前年差は、15年がゼロで中立、16年はGDP比0.3%とやや拡張的となり(図表13)、財政面からの下支えは15年比で拡大すると見られる。
◆財政赤字削減を求められているポルトガル、スペイン、ギリシャ、フランス
財政緊縮の圧力が緩和した背景には、多くの国で過剰な財政赤字の是正が進展したことがあるが、なお財政赤字削減に取り組まなければいけない国もある。世界金融危機後のユーロ圏は、経済や雇用情勢が厳しい国ほど、財政政策の制約が強いという悩みを抱え続けている。
ユーロ参加国で、財政赤字の名目GDP比が3%を超えて「過剰な財政赤字是正手続き(EDP)」の対象となっているのは第3次支援プログラムで支援を受けながら財政再建に取り組んでいるギリシャを含めた4カ国(図表14)。
うち、ポルトガルは15年が3%基準の達成期限だったが、銀行の破綻処理の負担が膨らんだことなどで、財政赤字は同4.4%と基準値を超えた。スペインの過剰な財政赤字の是正期限は16年だが15年の財政赤字は同5.1%と赤字の削減が遅れている。両国が今年4月に欧州委員会に提出した中期財政計画は、ポルトガルは16年、スペインは17年と、それぞれ1年遅れの基準達成を目指す内容である。
EDPでは加盟国が目標達成に向けて効果的な措置を採らない場合には、GDP比0.2%相当の無利子預託金に始まる「制裁」の対象となる。しかし、5月18日に欧州委員会が示した判断は、スペインが6月26日に議会の再選挙を控えるという政治スケジュールにも配慮し、ユーロ圏財務相会合(ユーログループ)に「制裁」の決議を求める提案は見送り、3%基準の達成期限の1年間延長を認める方向で、7月上旬に改めて審査する方針を示すに留めた。
3%基準の達成期限の延長は、フランスについては2009年以降、3回の延長が認められている。欧州委員会は、現在の期限の17年の達成も難しいと見ており、再延長も排除できない情勢だ。
現行のユーロ参加国に対するEUの財政ルールはユーロ導入当初よりも強化されている。ドイツ、フランス、イタリアなど大国が違反を繰り返したことで形骸化し、後の財政危機につながったという教訓に基づくものだ。しかし、他方では、財政ルールの厳格すぎる運用が、潜在成長率の回復を妨げ、政治の不安定化につながるおそれもある。
ユーロ圏は、景気の位相も財政事情も異なる国々で単一通貨を共有しながら、圏内の景気格差を調整する財源を欠いている。共通の財政ルールと各国の事情に配慮した裁量のバランスは、債務危機が沈静化した今も悩ましい問題である。構造改革は、効果が顕現化するまでに時間を必要とする。
ユーロ圏は、構造的にも金融政策に負荷が掛かりやすくなっている。