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(写真=PIXTA)

日本銀行がマイナス金利を実施してから半年が経ち、日銀は2016年7月28〜29日の金融政策決定会合で、上場投資信託(ETF)の購入額を3兆3,000億円から倍増して6兆円に拡大することなどを決めました。その一方で、マイナス0.1%の政策金利は維持し、年間80兆円ベースで続けてきている国債買い入れ額を据え置きました。

「ひねくれ球」を投げた黒田総裁

1月の政策を「直球」とすれば、7月の決定は「ひねくれ球」といえるでしょう。そのひねくれ球の特徴は株式市場に配慮したことです。中央銀行にとって株式であるETFの購入は、果たして金融政策といえるのかという疑問を投げかける内容でした。言い換えると、日銀の政策目標の本音がマネタリーベースにあるのではなく、株価にあることを暴露してしまったことにもなります。

また、中央銀行が株価を金融政策の目標にすることは、株式市場の変動に合わせて政策の変更を迫られることを意味します。株価が下落すれば、市場で日銀への緩和期待がふくらみます。それに応じて新しい政策を打ち出さなければ、株価はさらに落ちてしまうのです。これは、市場が日銀に「せがむ」形になるのは日銀にとって最悪の路線ともいえます。

この状況を喜ぶのは、投資家でなく投機家といえます。今後も政策決定会合のたびに、ETFの買い増しを催促する株式相場が展開されることになるでしょう。買い増しがなければ失望で株価は下がり、あれば急騰し、また、督促のために値が下がる。株価変動が経済実態とかけ離れて、大きく上下動を繰り返しては、経済の不安定さは増してしまうでしょう。

1月に決めたマイナス金利はなんだったのか

もう一つは、国内金融機関に配慮したことです。マイナス金利政策に対する金融機関の評判は最悪でした。すでにヨーロッパでは先行実施されていて、それを眺めながら実施したともみられますが、思惑が外れたようです。銀行は、国の金融政策の一環として中央銀行に「法定準備預金」を置くことを義務付けられています。

金余りの時代に、野放図に融資拡大だけを図ろうとする銀行はありません。むしろ使用目的のない資金を中央銀行(日銀)に置くようになります。この「法定準備預金」以上の預金のことを銀行業界では「ブタ積み」と呼び(※)、マイナス金利は、余計なブタ積みをするなら手数料を取りますよ、市場に回してください、ということです。
※花札で「価値のない札」を「ブタ」と呼ぶことから

金融機関は国債を買いにくくなってしまった

もともと2013年1月以降、日銀は年間80兆円ベースで国債を買い入れ続けています。そのうえで日銀が、この「ブタ積み」を市場に出回るように仕向けると、銀行としては国債をどう引き受けるか、引き受けることができるのか、という課題に直面します。結果として国内最大の国債引き受け機関である三菱東京UFJ銀行は、2016年6月になって国債入札の特別参加者の資格(一種の国債引受団の幹事役)を返上しました。

国債利回りはマイナス金利以降一段と下がり、長期金利の指標である10年もの国債の平均利回りだけでなく、15年もの国債までマイナス圏に落ち込んでいます。28兆円の国債を保有している三菱東京UFJ銀行にとっても、他の銀行にとっても、国債を保有しにくくなったうえ、ここまで来ると「そのあとの急騰が怖い」段階なのです。

リーマンショック後のアメリカも、VaR(バリューアットリスク)ショック後の日本も、国債利回りは急低下のあと急上昇しました。

国債は固定金利ですので、満期までは利率が一定です。一方、新しく発行される国債の利率はその時点の市場金利に左右されます。もし、市場金利の急上昇から国債利回りの急上昇が起きると、それ以前に発行された利率の低い国債は、国債市場で買い手が付かず、結果、国債価格の暴落とつながるのです。この再来を金融機関は警戒しました。金融機関にとっては資産を傷めることになります。

日銀は今回、成長基盤強化資金供給のうち、ドル資金供給額の上限を120億ドルから倍の240億ドルに拡大することを発表しました。これは、日本の企業が海外展開する際に外貨調達金利が上がっているための措置で、これにより国内企業のドル調達コストは、低下する可能性が高くなることを示しています。日銀が国内金融機関の対応を考えたのは当面評価に足る内容ですが、一方で日銀が金融緩和政策の「出口」を模索し始めた証とみていいでしょう。