米国第一
共和党のトランプ候補が民主党のクリントン候補を大差で破り、次期米国大統領に決まった。トランプ氏は大統領選挙で「米国第一」を掲げており、米国の貿易や外交政策がこれまでのような理念や原則に基づくものよりは、自国の利益を優先する内向きになると懸念されている。
第二次世界大戦後の世界経済は、主要国経済が戦災を受ける中で米国だけが無傷であったという状況でスタートした。第二次世界大戦後ずっと米国は世界一の経済大国であり続けたが、それは世界経済における米国経済の圧倒的優位が徐々に失われてきた歴史でもあった。
欧州諸国の復興と日本の追い上げによって米国の貿易上の優位は徐々に失われて、金とドルの交換性を維持することができなくなり、ブレトンウッズ体制は崩壊した。ソビエト連邦が崩壊した後は、米国が軍事的には世界唯一の超大国となったが、NIEsの躍進、そして中国などの新興国経済の発展によって米国の経済的な優位性はさらに縮小していった。
格差問題が背景に
世界経済がグローバル化することで、最大の経済大国である米国は最も多くの利益を得ることができ、米国は貿易自由化を推進してきた。しかし米国内にはグローバル化の利益を得る人達と、グローバル化によってマイナスの影響を受ける人達ができてしまい格差は拡大した。
予備選挙では格差問題を取り上げたサンダース上院議員が予想外の善戦を演じた。トランプ氏は米国の利益を優先させる立場からTPPに反対してきた。トランプ氏を大統領に押し上げたのは、移民の流入や外国製品の流入が自分達の職を奪っていると感じた人達の票だ。
トランプ氏が選挙戦で掲げた政策が格差問題を改善できるとは思えないが、これまで格差の拡大に有効な対策を講じることができなかった既存の政治に対する不信感が、人々を駆り立てた結果だと言えるだろう。
単独行動を回避したオバマ大統領の外交政策は、米国の力が相対的に低下してきたという現実を反映したものだった。誰が大統領になったとしても、米国がより自国の利益を優先するようになるという大きな流れは変わらなかったのではないか。
先進国の影響力低下
世界経済における米国経済の相対的な地位の低下は、緩やかながら今後も続くだろう。新興国経済が大きな失敗を続けない限り、21世紀半ばには中国の経済規模が米国を上回るようになり、21世紀末には人口が16億人を超えて中国の約1.5倍となるインドが世界一の経済大国となっている可能性が高い。
インドは世界経済の約2割を占める最大の経済となり、中国が16.4%を占めてこれに次ぎ、米国は12.6%で世界第三位に後退する。ユーロ圏は7%弱、日本と英国は2%を下回る規模となると予想される。人口が大きく増加するアフリカは貧しいままだと仮定したが、アジア諸国のように経済的な離陸に成功すれば、先進諸国経済が世界経済に占める割合は更に低いものになる。米国だけでなく欧州と日本が加わっても、中国やインドの協力無しには世界経済の安定を維持することは困難だろう。
第一次世界大戦前の英国や第二次世界大戦後の米国は、世界一の経済大国であると同時に世界で最も豊かな国でもあった。しかし、超経済大国となる中国やインドは、一人当たりの所得で見るとそれほど豊かな国ではない。中国やインドが米国の経済規模を上回るようになる時点での一人当たりGDPは米国の四分の一程度に過ぎない。いまだに貧しい中国やインドは、世界を安定化させるための負担を回避しようとする可能性が高い。
世界経済の重心が米国からアジアへと移動する中で、世界経済はリーダーのいない世界に突入し再び不安定な時代を迎える恐れがある。
櫨浩一(はじ こういち)
ニッセイ基礎研究所
専務理事
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