ある日、若い女性行員から電話がかかってきた。私が、彼女たち新入行員の研修で講師を務めたとき以来だ。それほど親しいワケでもないのだが、よほど困ったことでもあったのだろう。
「支店では上司から投資信託の販売を伸ばせとしきりに言われています。でも、こんな相場じゃ誰も投資信託なんて買ってくれないんですよ。どうしたら良いのか分からなくて困っています」
銀行員にはノルマがある。「相場が上昇しているので、利益確定が多く、投資信託の販売が伸びませんでした」そんな言い訳は通用しない。だが、現実問題として私の職場ではトランプラリーに沸くマーケットを横目に投資信託の販売が伸び悩んでいる。むしろ、これまでになく低迷しているというのが私の実感である。
私のもとには支店から毎日何件もの相談の電話がかかってくる。私の回答はこうだ。「なぜ、空の色は青いのか説明出来ますか?」
銀行の金融商品販売の現場にいる人間の「肌感覚」
日本取引所グループはWebサイトで「投資部門別売買状況」を公表している。これを見れば、個人投資家や金融機関、外国人投資家が株をどれだけ買い越しているのか、または売り越しているのかを把握することができる。
相場が上昇すれば、個人投資家の売りが増加する。逆に相場が下落すれば個人投資家の買いが増加する。投資部門別売買状況を見ると、個人投資家がいわゆる「逆張り」の傾向にあることを読み取ることができる。
投資スタイルは人それぞれである。読者の中には相場の上昇に乗ってポジションを取る「順張り」を好む投資家もいることだろう。しかし、上記のWebサイトを見るまでもなく、銀行の金融商品販売の現場にいる私には「肌感覚」でお客様の投資行動を理解することができる。相場が上昇すれば利益確定の売りは増えるが、新規の買いは減少する……多くのお客様が「逆張り」の投資行動を選択する傾向にあるのだ。
なぜ空の色が青いか説明出来ますか?
「いま、私がいる部屋の窓からきれいな青空が見えています。なぜ、空の色が青いのか、君は説明できますか?」
冒頭の女性行員の相談に、私はそう答えた。受話器の向こうの彼女はあまりに唐突な質問に困惑している様子である。
「空が青く見えるのにはちゃんとした理由があります」私は話を続けた。光は波長によって、色が違って見える。 太陽の光は、地球の大気圏に入ると、空気中の細かいチリにぶつかり、光の向きが変化する。短い波長の光は、チリにぶつかる確率が高いので、あちらこちらに光が散らばりやすい。つまり、空が青く見えるのは、波長の短い青い光が空いっぱいに散らばっているからなのだ。
「あの……、それと投資信託とどんな関係にあるのでしょうか?」と彼女は言った。
私は続けた。「我々の仕事は天気予報ですか? それとも気象学ですか?」
正解は「両方」である。マーケットや世の中の動きを説明するのは気象学の分野だ。それに対し、今後どんな金融商品が有望なのかアドバイスするのが、天気予報である。銀行の金融商品の販売に携わる我々は、その両方のスキルを求められるのだ。
投資信託が売れない。いま、日本の個人投資家の多くは「逆張り」を志向しているのだから当然である。「だからそれを気にする必要なんて全くありません」と私は言った。