今さら聞けない「為替の基本」

小口幸伸,円安=株高,神話,為替の基本
(写真=The 21 online)

トランプ政権の誕生によって揺れる為替相場。しかし、為替の仕組みがわからないために、そのニュースを理解できないビジネスマンは少なくないはず。そこで、今さら聞けない為替の基本を、わかりやすい為替解説で定評のある小口幸伸氏にうかがうと同時に、トランプ大統領の政策で世界の為替市場はどう動くのかを占ってもらった。

私たちの年金も為替と直結している!?

新聞を読む習慣があっても、円高や円安といった為替に関する記事を見ると、「何だか難しそう」「自分には関係ない」と読み飛ばしてしまうビジネスマンは多いと思います。けれども、為替は私たちの生活と密接に関わっています。

たとえば、輸入ブランド品を見てみましょう。1ドル90円だった為替レートが、ドル高円安の傾向が強くなり、1ドル120円になったとします。するとこれまで100ドルの商品を9000円で購入できていたのに、12,000円も払わなければ購入できなくなります。今の時代は多くの商品が輸入によって賄われていますから、円安になることは、食料品を始めとした生活必需品の値上がりに直結します。

一方、海外に商品を輸出する立場にとっては、1ドルの商品を売っても90円にしかならなかったものが120円になるのですから、ドル高円安のほうが有利です。自動車メーカーをはじめ、日本の主要企業の多くは、輸出によって収益を上げています。ですから一般論として、ドル高円安になれば、日本の主要企業が儲かり、日本経済全体も上向くといわれています。反対にドル安円高によって日本の主要企業が苦境に陥れば、日本経済全体が低迷し、みなさんの給料にも響いてきます。

また年金基金も、最近は外貨資産によって運用されている部分が増えています。みなさんが将来もらう年金にも、為替レートが大きな影響を及ぼすわけです。

為替レートはどのように決まるのか

為替レートは、2011年にはドル安円高が進んで、1ドル75円台を記録したことがありました。その後はドル高円安に転じ、15年頃は120円台に。そしてここ最近は、110円台を維持しています。

では、なぜこんなに為替レートは変動が激しいのでしょうか。まずは、順を追って為替や為替レートが何なのかといった説明から始めましょう。

そもそも為替とは、かつては輸出手形や輸入手形、小切手など、現金を用いずに決済をする方法のことを指していました。現金を用いない国内の決済を内国為替、異なる通貨で行なう国際間の決済のことを外国為替といいます。

しかし、今では円をドルに替えたり、ドルをユーロに替えたりといったように、ある国の通貨を他国の通貨と交換すること自体を外国為替、ないしは為替と呼ぶようになっています。その際、2つの通貨を交換するときの交換比率のことを、為替レートと呼んでいます。

通貨の交換は、日本企業がアメリカで商品を売って得たドルを円に交換するといった具合に、実際の商取引(実需取引)をする際に行なわれますが、実需取引を伴わない通貨の交換(投機取引)のほうが、盛んに行なわれています。

投機取引が行なわれるのは、外国為替市場。主なプレーヤーは、銀行などの金融機関です。彼らが「これからドル高円安になりそうだ」と予測をすれば、円を売ってドル買いに走ります。1ドル100円のときにドルを買い、1ドル101円になったときに円に戻せば、1円儲かるといった具合に、為替差益を狙って、彼らは頻繁に売買を繰り返しているのです。

では、為替レートはどのようにして決まるのか。それは、商品の価格の決まり方と同じで、需要と供給のバランスで決まります。ある商品について欲しいという人が多ければ、価格がどんどん上がっていくように、ドルが欲しいという人が多ければ、ドルの価値も上がっていきドル高円安になるのです。

しかし、1ドル100円だった為替レートが、1ドル130円にまでドル高円安が進んでしまうと、「130円も払って一ドルを買うのは高すぎる」と考える人が出てきます。そうした人が増え、誰もドルを買わなくなれば、今度はドルの価値が下がって、ドル安円高が進むようになります。このようにして為替レートは、常に変動しているわけです。

円が「安全通貨」である理由とは?

為替レートの変動には、金利差や経済成長率といった要因を無視することはできません。

たとえば、ドルのほうが円よりも金利が5%高いとします。資産を円で運用するよりは、ドルで運用したほうが、当然お金を増やしやすい。すると、多くの人が円を売ってドルを買いたがるため、為替レートもドル高に傾きやすくなります。

また、経済成長率が高い国の通貨も、為替レートは通貨高になりやすい傾向にあります。「経済が伸びているということは、投資をすれば儲かる」と人々が考え、海外から多くの資本が流入してその国の通貨が買われるため、通貨高になるのです。

ちなみに世界規模の金融危機が起こったときには、人々は安全通貨といわれる円を買い求めるため、円高になりがちです。日本は政情が安定しており、金融市場の法整備も進んでいます。また円は米ドルやユーロに次ぐメジャー通貨であり、売り買いも比較的容易です。そこで、円は金融市場のリスクが高いときの避難先としてみなされてきました。

「そうは言うが、日本は巨額の政府債務残高を抱えていて、リスクだらけではないのか」と思われる方もいるでしょう。しかし、国がお金を借りているのは日銀や預貯金取扱金融機関(銀行)など、日本国債を購入している金融機関がほとんどです。外国への借金は少額であるため、為替市場にとって、価値が暴落するリスク要因とはみなされていないのです。

「円安=株高の神話」はいつか崩れる

さて、ここまでは為替の「基本のキ」を解説してきました。しかし現実の為替の動きは、教科書通りにはいきません。

たとえば日本銀行は去年、マイナス金利を導入しました。教科書通りに考えれば、お金は金利が低いほうから高いほうへと流れますから、多くの人が円を売ってドルを買うことによってドル高円安になるはずです。日銀の狙いもそこにありました。為替レートを円安に誘導することで、輸出産業を支援し、景気の浮揚を図ろうとしたわけです。

ところが、蓋を開けてみると円安にはなりませんでした。当時はちょうど中国経済の失速が顕著になり、世界経済の先行きの不透明感から、安全通貨である円が買われたからです。

このように為替レートは複雑な要素が絡みあって決まっていきます。「日銀がマイナス金利を導入した=円安になる」という単純な図式ではないのです。

日本には、「円安になると、日本株が上がる」という通説があります。円安になると日本経済の主力である輸出産業が儲かるため、景気が上向き、株価も上がるという図式です。

しかし現実には、今の日本企業は為替レートの影響を以前ほど受けない体質になっています。

1973年に1ドル360円の固定相場制から変動相場制に移行して以来、日本企業は円高にずっと苦しんできました。そこで海外での生産を増やすなど、円高の影響を最小限に留める努力を続けてきたのです。そのため、今では円高になっても円安になっても、以前ほど収益に大きな違いが出なくなってきています。

それにもかかわらず、現在でも円安になると日本株が上がるのは、実体経済とは関係なく、「円安=株高」という神話をみんなが信じているからです。そして多くの人がそう信じて株を買えば、実際に株価は上がっていきます。逆に言えば、「円安になったからといって、日本企業はそんなに儲からない」と多くの人が考えるようになったとき、「円安=株高」の神話が崩れる可能性があります。

実は「通貨安=株高」は日本特有の現象です。むしろ為替レートのセオリーから言えば、株価が上昇すれば、株を求めて海外から資本が流入するため通貨高になるほうが自然です。事実アメリカは「ドル高=株高」です。日本だっていつ「円高=株高」「円安=株安」になってもおかしくないのです。

とくに今は、市場参加者の思惑によって為替レートが変動しやすい時代です。先ほど通貨の交換には実需取引と投機取引があると述べましたが、70年代までは実需取引のほうが圧倒的多数を占めていました。ところが80年代以降、世界各国で金融緩和が進み、投機取引を行ないやすい環境が整えられました。今では為替取引の九割以上を投機取引が占めています。つまり実体経済とは別に、外国為替市場に参加しているプレーヤーの思惑が、為替レートの動向の多くを左右しているのです。

ですから、これからは「円安だから株高」とか「日銀が金融緩和をしたから円安」といったパターンを暗記するのではなく、為替レートに大きな影響を与える金利差や経済成長率、アメリカの雇用統計などの重要指標を踏まえたうえで、それに対して投機家たちがどう考え行動するかを読みとっていこうとする姿勢が、とても大切になります。

トランプ大統領の出現で為替市場はどう変わる?

今年初め、トランプ氏がアメリカ大統領に就任しました。これにより世界経済はますます不透明感を増しています。

外国為替市場では、トランプ氏が当選した直後からドル高が続きました。これは彼が大型の公共投資や減税、規制緩和を行なってくれるのではないかという期待感によるものです。アベノミクスのときもそうでしたが、まだ具体的な政策を何も実行していないときから、市場は期待感で動くものなのです。

今では一段落しましたが、もしトランプ氏が早期に議会の同意を得て、インフラへの公共投資や減税を本当に実行できれば、アメリカに資本が流れ込み、ドル高は本物になるでしょう。しかし、これが来年や再来年にずれ込むようなら、怪しくなります。実際にどうなるかは、私も確信が持てません。

もうひとつ私が注目しているのは、トランプ氏の登場によってドル基軸体制に揺らぎが生じるのではないかということです。

今、ドルは世界の通貨の中心であり、為替取引の九割近くにドルが絡んでいます。中国はこの体制に異議を唱え、ドル、ユーロ、円、人民元などによる多極通貨体制を志向しています。ドル基軸体制である限り、経済の主導権を握れず、アメリカとの政治的対立が深刻になったときにはドルの資産を凍結されるリスクがあるなど、首根っこをつかまれた状態だからです。

一方、アメリカにとってドル基軸体制は、実需取引や投機取引が自国を中心に行なわれるため、多大なメリットがあります。いわば強大な経済力や政治力を維持しているという象徴でした。ところがトランプ氏は「ドル基軸体制によって、アメリカは過大な負担を強いられている」という理由で、体制の見直しを図っています。もしドル基軸体制が揺らげば、世界の通貨体制自体が大変動を起こします。

こうした不透明な時代だからこそ、古い為替レートの通説に縛られない考え方が大切です。みなさんも新聞記事に目を通すときには、「そのニュースが為替にどういう影響を及ぼすか」を常に自分の頭で考えながら読むようにしてください。「待てよ、こういう視点もあるぞ」と多角的に分析することも大事です。それが為替レートや世界経済の動向に強くなる秘訣です。

小口幸伸(おぐち・ゆきのぶ)国際金融アナリスト
1950 年、群馬県生まれ。横浜国立大学経済学部卒業後、シティバンクに入行。為替ディーラーとして第一線で活躍した。英ミッドランド銀行為替資金本部長やナショナルウエストミンスター銀行国際金融本部長を経て、2001 年に独立。現在は、国際金融アナリストとして活躍。『入門 外国為替のしくみ』(日本実業出版社)など著書多数。(取材・構成:長谷川敦)(『 The 21 online 』2017年4月号より)

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