現場監督が「小心者」であるべき理由
建設現場は常に安全性が求められる厳しい職場だ。出来上がった建物に不具合があってはならないのはもちろんだが、工事中にも一歩間違えば命を落とす危険性があるため、事故を回避して作業を進める必要がある。作業計画を立案し、作業員に目を配り、現場を取り仕切るのが建設会社の現場監督だ。長年にわたり建設現場に立ってきた大林組の竹中秀文氏にお話をうかがった。
現場監督の掟は「常に小心者であれ」
建設業に携わって30年。数々の建設現場で現場監督を務め、現在は管理部門において事業の戦略策定に携わる大林組の竹中秀文氏が、安全性・正確性を厳しく問われる現場にあって、常に心がけていたのは「小心者であれ」という教えだった。
「建設業における事故は、社会的に甚大な影響を及ぼします。そして、そうした大きなミスは、小さなミスの蓄積によって起こるものです。ですから、現場監督はほんの小さな兆候も見落としてはなりません。どこかに間違いがないか、絶えず考える注意深さ、繊細さが必要なのです。私は若い頃からそう上司に教えられ、部下にもそう伝えてきました。作業員の皆さんにも『ここに気をつけて』『ここは大丈夫?』と事細かに言う、いわゆる転ばぬ先の杖的存在であることを心がけていました」
同時に重要視するのが、事故を防ぐ「仕組みづくり」だ。
「当社では、万一ミスが起こっても、被害を発生させない『フェールセーフ』のしくみを徹底しています。これは、あえて強い言葉で言うと『人を過信しない』『モノを過信しない』という考え方に基づいてなされるものです。
人はミスをするもの、モノは壊れるものです。それを前提として、二重三重の策を取ります。たとえば、誰かが失敗したらその場で誰がどうフォローするのか、モノが壊れたら瞬時に何が代わりになるのか。それらをすべて予知して工事計画を緻密に組み上げることが、欠かせない作業となります」
IoTで危険な場所や重点的に安全管理を行う工程などを共有し、対策を徹底する。
だがそれは、「複雑なマニュアルを作る」ということではない。一方で、「簡素化」も大事なキーワードだという。
「ミスを防ぐ究極の方策は何か。それは、『仕事をしないこと』です。仕事量を少なくすればするほど、ミスの可能性は減るということです。ですから手順はできるだけシンプルにし、介在する人の数を減らし、最短距離でゴールに到達する計画を組む。そのうえで、要所には何重ものフォローを用意する、という形が理想です」
現在積極的に取り組んでいるのは、「人間のミスを機械で未然に防ぐ」方策だ。
「大林組ではあらゆる場面において機械化・自動化による事故予防を推進し技術開発を行っています。クレーン同士の接触を防ぐ停止機能や、危険な場所に足を踏み入れるとその人のアラームが鳴る装置、センサーを装着した体調管理システムなど。今後さらに、AIやIoTの力を借りた事故予防の技術を発展させていきたいと考えています」
すでに実践されているIoTとしては、「e野帳」が挙げられる。現場監督が使う小型ノート「野帳」をデジタル化したこのツールがもっとも活躍するのは、情報共有のときだ。
「一斉メールでテキストも図も写真も送れるので非常に便利です。毎日行なう『作業間連絡調整会議』ではこれを大いに使い、危険な箇所の指摘や、不具合の報告に活用しています」
危うく事故につながりかけた場面など、ミスの情報共有を「社内風土」として浸透させるための工夫もある。
「ミスはともすれば『隠したい』心理を呼び起こすものですが、それはさらなる危険を呼ぶ元です。失敗は、むしろ積極的に活かされるべきものです。そこで、専用のフィードバックシートに書いて共有する仕組みも作っています。ミス発生時に大切なのは、全員がそれを『自分にもありえること』と捉えること。そのうえで自分ならどうするのかの予防策を打つことなのです」
リアルな危険と安全を体感する教育とは?
ミスを我がことと捉えるための大林組の安全対策の中でも特徴的なのが若手社員を対象に行なわれる「安全体感教育」である。
「世の中が便利で安全になったため、最近人は『危険』を今ひとつ肌で感じられていない傾向があると感じます。建設現場で使う工事機械や資機材などは、正しく使えばもちろん安全ですが、使い方によってはケガと隣り合わせです。建物の建設に欠かせない足場も、正しく組めば安全ですが、間違えて組んでしまっては落下や崩壊する可能性もあるのです。
そこで、そうした資機材の使い方を学ぶとともに、『落下』や『機械への挟まれ』といった事態を、安全を確保したうえでギリギリまで体感させる教育をします。何をすれば危険に陥るのかを、リアルに感じ取る訓練です」
若手の「実体験」はさらに続く。現場では、上司が経験の浅い部下に「失敗してもいいからやってみろ」という少し上のレベルの仕事をやらせてみることが多々ある。
「『慣れない者は失敗するから任せられない』という姿勢では、部下はいつまで経っても経験が積めません。小さなミスも、実際にしてみなければ改善できないこともある。ですから、失敗してもすぐリカバーできる状況を用意し、やらせてみるのです。その間上司はリカバーが必要となる場面までしっかり見守る。部下はその過程で、ミスがどのように起こるのかを肌身で知ることができます」
このように、部下の育成と安全教育が重なり合う場面は随所に見られる。
「私の現場では、担当者が工事手順を記した作業計画書を作成した時に所長も含めた職員全員が一同に会してチェックします。作業の効率性や安全性の確保について、経験のある人間が細かく指摘し、一気にブラッシュアップする。書き込まれた計画書は真っ赤になることもありますが、それにより、担当者は『ミスの起こらない計画』を短期間で学び実際の施工に生かすことができるのです。」
人は、名前を呼ばれると責任感が増す
こうして完成した作業計画書に基づき、工事が行なわれる。実際に作業を行なう作業員たちへの伝達もポイントとなる。
「ここでのキーワードは『見える化』。言葉で伝えるだけでは、認識にはズレが出ます。計画書の中には、作業員たちにどういった手順でどのように作業を進めるのかを伝えるために、図面にイラストや説明を書き込んだものもあります。言葉で伝えるだけでは足りない部分を、手書きのイラストなどで補うのです。それらを使って、今日すべきこと、気をつけるポイントを、視覚的に伝えることが大事です」
作業中の安全を支えるのは、緊密なコミュニケーション。そこで実践しているのが、「ひと声かけ運動」だ。
「現場監督や作業員は全員、ヘルメットの正面に名前を書いたステッカーを貼ります。そして、声をかけるときには必ず『○○さん』と呼ぶのがルール。名前を呼ばれると、自分の責任を意識するようになります。
人は、健康状態や日々の生活環境によってコンディションに波が出ます。だからこそ、パーソナルな部分にまで目が届くコミュニケーションをとり、フォローし合う関係が不可欠です」
会社見学に訪れた学生はしばしば「大林組の現場の人は優しく温かい」という感想を述べるという。
「『技術の大林』と称していただくことの多い当社ですが、『人の大林』という印象を持たれるのも喜ばしいことです。現場では、人のつながりが財産。そしてそれは、相互の安全を守る生命線でもあるのです」
竹中秀文 Hidefumi Takenaka
〔株〕大林組 本社 建築本部 本部長室長
1962年、大阪生まれ。87年、〔株〕大林組入社。建設現場の施工管理・監督、工務、生産技術部などを経て17年4月より本社建築本部本部長室長。(取材・構成:林加愛 写真撮影:まるやゆういち)(『
The 21 online
』2017年6月号より)
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