「散漫な注意力」こそがミスを防ぐ!

菅原道仁,ミスを防ぐ.集中力
(写真=The 21 online/菅原道仁(脳神経外科医))

人の命を預かる職業である医師。中でも、ちょっとした判断ミスや手元の狂いが患者の命にかかわる外科医は、ミスが許されない立場だが、急患などにも対応する多忙な立場だ。ミスを防ぐために何を心がけているのか、脳神経外科医で、国立病院等の勤務経験も持つ菅原道仁氏にお話をうかがった。

ネガティブに準備し、ポジティブに実行する

脳疾患の専門医である菅原道仁氏。国立国際医療センターや北原国際病院で、18年間にわたりくも膜下出血や脳梗塞など緊急を要する手術を多数手がけてきた。

「朝も晩もなく、救急車で運び込まれてくる患者さんを、1~2時間後に手術する日々を送ってきました。脳外科の手術は助手や看護師など5人チームで行なうのですが、執刀するのは医師一人です。4~5時間、顕微鏡を覗き込みながら、数ミリレベルの作業をし続けます」

まさに命を預かる仕事。菅原氏は、手術に対してはとことんネガティブに考えるという。

「いつも『次は失敗するかもしれない』という意識を持って準備をし、手術に臨んできました。さらに、手術前には心配な要素を挙げられるだけ挙げておきます。

もちろん、普段から学術書で学んだり、手を緻密に動かすトレーニングをしたりと、実力を高める努力をすることも大切。『少しくらいミスしても大丈夫でしょ』と楽観的に考えていると、こうした準備や努力を怠ってしまい、取り返しのつかないミスを犯すことになるからです」

小さなミスにとらわれすぎない

ただ、いざ手術に臨む際は、意識をパッと切り替える。

「完璧主義に陥らず、小さなミスをしても引きずらないこと。手術中はそのような意識を持つようにしていました」

無事に成功した手術でも、プロから見ると、手術結果にかかわらない小さなミスをしていることが少なくないという。

「脳外科手術でいえば、『脳動脈瘤につけるクリップを一つ余分につけた』とか、『三つ選択肢があった中で、時間がかかるほうを選んだ』といったことですね。

もちろん、こうしたミスもないほうがよいのですが、これを気にして引きずったりすると、次の工程に対する意識がおろそかになり、致命的な医療ミスの引き金になります。

重要なのは、『患者さんを治す』という目的を達成すること。それができれば、100%綺麗で完璧な手術でなくてもかまわない、というわけです。

あまりに自分にプレッシャーをかけると、緊張して、手が動かなくなりますからね。手術で大切なのは、心に余裕を持つこと。そのためには、ネガティブシンキングとポジティブシンキング、両方のバランスをとることが重要だと思います」

「集中しよう」とすると逆に失敗する

繊細な手術を長時間続けるには、極めて高いレベルの集中力が必要ではないか、と普通は考えるだろう。ところが、菅原氏は、「過度な集中力は不要。それどころか、ミスの原因に成りえる」という。一体どういうことだろうか。

「集中力とは『一つのことに没頭する力』のことだと思いますが、手術中は目の前の作業に没頭してはいけません。血圧などの数値や患部以外の場所の変化など、さまざまなことに気を配らなければならないからです。

何かにたとえると、手術は、クルマの運転のようなもの。まっすぐに走ることに気を取られていると、周囲の車や歩行者の状況、信号などが目に入らなくなります。これは、すごく危険なことですよね。

また『集中しよう』と考えると、身体がこわばって、手がスムーズに動かなくなる。ミスを防ぐという観点から言えば、百害あって一利なしです」

手術でミスを防ぐためには、集中力よりも「注意力」が重要だと、菅原氏は言う。

「もっといえば、『注意を散漫にすること』が大切。そうすると、さまざまな変化が飛び込んできて、臨機応変に対応できます。注意を散漫にするためにも、手術中は、心の余裕が必要です」

患者にもVTRを共有し緊張感を保つ

「小さなミスはOK」とはいっても、ミスはできるだけ減らすに越したことはない。そのために菅原氏が意識して行なっていたのは、「フィードバック」を受けることだ。

「ミスの中には、自分では気づかないものもあります。それに気づくためには、第三者に客観的に見てもらうことが欠かせません。

私が勤務していた病院では、手術の様子を撮ったビデオを医師が短く編集し、週1回のカンファレンスの時に、他の医師に見てもらっていました。自分のミスを指摘されるのは、うれしいものではありませんが、『改善点』ととらえ、真摯に受け止めていました」

さらに、手術のビデオに関しては、手術を受けた患者本人や家族にも見せていたという。

「患者さんたちに安心感を持ってもらうだけでなく、自分が良い緊張感を保つためでもあります。

最もミスが起きやすいのは、『慣れてきた頃』。若手を見ても、新人医師よりも少し慣れてきたぐらいの入局2~3年目の医師のほうが、考えられないような初歩的なミスをしていることがありました。慣れが油断を生むのは、ベテラン医師も同じ。患者さんに術後のビデオを見せることで、その油断を消し去っていたわけです」

一方、他の医師のカンファレンスを見ることも重要だが、その際に注目するのも「ミス」だという。

「成功した手術よりも、患者さんの病状が重く、救えなかった手術を、とくに注意深く見ていました。うまくいかなかったことのほうが、たくさんのことを学べるものです」

体調を整えるには「パッシブレスト」を!

4~5時間に及ぶ手術を行なうには、体調を万全に整えておくことも重要だ。急患に対応することも多く不規則な中でも、「休める時はしっかり休む」ことを心がけていたという。

「休息には、身体を静かに休めるパッシブレストと、身体を動かすことで心身を健康にするアクティブレストがあります。個人的には疲れていたとしても、アクティブレストをするようにしていました。外に出て外食やスポーツを楽しむと、リフレッシュでき、仕事にもプラスに働いていました」

休日にアクティブな行動をする効能はもう一つある。それは、仕事のヒントが得られることだ。

「実は『小さなミスがあっても、目的を達成できればいい』という考えに至ったのは、ゴルフをしているときでした。少ない打数でカップに入れることができれば、ボールをバンカーに入れようが、ラフに入れようが、関係ない。そう考えると、バンカーに入れてしまったとしても、イライラしないで次のプレーに集中できます。仕事のことをすっかり忘れているときほど、意外な発見が得られるものです」

菅原道仁(すがわら・みちひと)脳神経外科医/菅原脳神経外科クリニック院長
1970年生まれ。杏林大学医学部卒業。クモ膜下出血や脳梗塞といった緊急の脳疾患を専門とし、国立国際医療センター、北原脳神経外科病院にて数多くの救急医療現場を経験。2015年、東京都八王子市に菅原脳神経外科クリニックを開院。脳の病気の予防の診療を中心に医療を行なう。体育協会公認スポーツドクター。抗加齢医学専門医。(取材・構成:杉山直隆 写真撮影:長谷川博一)(『 The 21 online 』2017年6月号より)

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