要旨

  • 17年7月、全国一律の物品・サービス税が導入された。インドの間接税は種類が多い上に各州で税率が異なり、その複雑さがビジネスの阻害要因となっていたが、間接税のうち17の税及び特定目的の23の課税をGSTに統合すると共に、州をまたぐ取引に生じた仕入控除の問題を解消するなど、ビジネス環境は大幅に改善した。
  • 中長期的な経済への影響としては、企業はサプライチェーンの最適化や輸送コストの低減を通じて生産性が向上し、成長分野への投資や輸出を拡大させるほか、外国資本の流入も拡大しよう。また企業収益の拡大は、雇用・所得環境の改善や配当の増加、商品価格の値下げへと波及する。こうして家計は所得の増加とインフレ率の低下という形でGSTの恩恵を享受することになり、消費は拡大するものと見込まれる。
  • また政府部門では課税逃れが減少して税収が増加する。これによって経済政策が進めやすくなるほか、財政健全化の進展が評価されてインドのソブリン格付けが格上げされることになれば経済全体へのプラスの波及効果が生じるだろう。
  • GSTの制度は州政府に対する譲歩と低所得者への配慮からシンプルとは程遠いものとなったが、従来の間接税体系と比べれば、税制が大幅に簡素化されたことは確かだ。10年超の議論を続けたGSTを導入までこぎつけたことはモディ政権最大の成果と言える。新制度への移行に伴う混乱はつきものであり、今後1-2年の間はGST導入による経済の悪影響が表面化する可能性もあるが、中長期的にはビジネス環境の改善による外国資本の流入は勿論、民間部門と政府部門双方にその恩恵が広がるだろう。

はじめに

17年7月にインド独立以来最大の間接税改革が実現し、全国一律の物品・サービス税(GST : Goods and Services Tax)が導入された。インドの間接税は種類が多い上に各州で税率が異なり、その複雑さがビジネスの阻害要因となっていたが、複雑な間接税をGSTに一本化することによってビジネス環境を大幅に改善し、インド経済は中長期的に押し上げられると期待されている。一方、制度移行に伴うトラブルが発生し、短期的には経済に悪影響を及ぼすといった声もある。

本稿では、まずインドにおけるGST導入の背景と経緯を踏まえ、GST導入前後で間接税がどのように変わったのかを整理する。そしてGST導入によるインド経済に及ぼす中長期的な恩恵と短期的なリスクについてポイントをまとめ、最後にGSTに対する評価を述べることとする(1)。

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1)GST制度は流動的な面もあり、実際の運用に当たっては税務の専門家に確認してもらいたい。
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GST導入の背景と経緯

◆ビジネス環境の改善を目指すモディ政権

モディ首相は、2014年の政権発足以来、モディノミクスと呼ばれる数々の改革の方針を示してきた。そのなかでもMake in India、つまり製造業の振興はモディノミクスの柱であり、その実現に向けてビジネス環境の改善とインフラ整備が求められている。

ビジネス環境の改善については、政権発足後に段階的な外資規制の緩和を進めてきたが、対外的な評価はそれほど改善していない。世界銀行が各国のビジネス環境の現状を評価した報告書「Doing Business 2017」によると、インドはビジネス環境ランキングで全190カ国中130位と低位に止まり、2016年と比べて1つしかランクアップしていない。昨年成立した破産倒産法が評価されれば順位は多少上がるだろうが、モディ首相が目指す50位にはまだ多くの取組みが必要である。

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上述のビジネス環境を測る10分野について、最先進国からどれだけ後れをとっているかを数量化した指標DTF(Distance To Frontier)を見ると「建設許可取得」、「納税」、「破綻処理」、「契約執行」の水準が特に低く、改善の余地が大きい項目となっている(図表1)。納税分野の4つの細項目を見ると、インドの(1)納税回数は25回/年(香港3回/年)、(2)所要時間は241時間/年(ルクセンブルク55時間)、(3)合計税率(法人税・社会保障負担等の合計額/税引き前利益)は60.6%(32カ国・地域26.1%)、(4)税金の還付など申告後に要する時間を示すPostfiling index(0~100,高いほど望ましい)は4.3ポイント(エストニア98.5ポイント)と、どれも最先進国と比べて大きな開きがある。インドは財政健全化を進めているために合計税率を下げることは必ずしも良いとは限らないが、税制改革によって納税回数や所要時間を抑える余地は大きいと言える。

◆複雑な税制は企業進出の重石

インドは12億人の巨大マーケットを有しており、日系製造業の中期的な有望な事業展開先として3年連続で1位(JBIC調査(2))に選ばれた国であるが、実際の投資家の投資意欲は期待ほどには高まっていない。

インドの対内直接投資額は、ここ数年で増加しているものの、2015年が442億ドルと中国の1,356億ドルやASEANの1,257億ドルの3分の1程度に過ぎない(図表2)。この理由としては、人件費の高騰やインフラの未整備、不十分な外資規制の緩和、高インフレ体質など複数の要因が挙げられるが、ジェトロが日系企業を対象に実施したアンケート調査によると、インドの投資環境上の課題の第1位は「税制・税務手続きの煩雑さ」となっている(図表3)。経済発展が続くアジア新興国では「人件費の高騰」が最大の課題であるが、インドでは「人件費の高騰」は5位に止まっており、それだけ税制上の問題が大きいことが分かる。

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2)国際協力銀行(JBIC)「2016年度海外直接投資アンケート結果」
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◆特に複雑な間接税

インドの税制で問題とされるのは、主に間接税であり、その税目の多さは複雑さの象徴となっていた(図表4)。例えば、インドでモノを買えば付加価値税、サービスの提供を受ければサービス税がかかり、そして州をまたいだモノの取引については付加価値税ではなく中央販売税がかかるといったように、日本でいうところの「消費税」(付加価値税)は細分化されていた。

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また州によって異なる税金が課されることも、間接税をより複雑にしていた。インドでは中央政府と地方政府双方が課税権を有しており、一部の州や地方自治体には独自の税制もある。つまり、州によって課税対象や適用される税率が異なる上、頻繁に改正されるルールや税率、訴求適用などに対応することは事業者にとって多大な負担になっていた。

さらに二重課税の問題もあった。同一州内の取引にかかる付加価値税は、(日本と同様に)仕入先に支払った税額と販売先から受け取った税額を相殺し、その差額分を納付することが認められていたが、州をまたぐ取引にかかる中央販売税(中央税)と州内の取引にかかる付加価値税(州税)は管轄する税務署が異なり、支払った税額と受け取った税額を相殺できなかった。従って、企業は相殺できずに支払った税額を追加コストとして商品価格に上乗せしたり、(中央販売税を払わなくて済むように)わざわざ各州に倉庫を置いて州内に在庫を移動させるケースもあった。

◆GST制定までの経緯

間接税をGSTに統一し、上述のような問題を克服しようとする動きが始まったのは2005年のことだ。当時の国民会議派政権(マンモハン・シン元首相)が2010年のGST導入に向けた議論を進めたが、減収を懸念する州政府から反対意見が相次ぎ、GSTを導入することはできなかった。

2014年の総選挙後は、モディ政権が引き継ぎ、2016年4月のGST導入を目指した。GST導入の前提となる憲法改正法案(3)では各州政府や野党との調整に時間がかかったが、州政府に歳入補償で歩み寄るなど反対勢力を取り込むことで議論をまとめ、2016年8月に憲法改正法案が上院を通過、9月初旬までに下院の再可決と州議会の過半数の批准も取り付けた。

その後はGSTの諸問題を話し合うGST評議会(4)に舞台が移り、合意形成が再び難航してGST導入は2017年7月に先送りされたものの、5月18~19日に税率を決定した後、GST関連法を制定、7月1日に10年越しの懸案だったGSTが導入された。

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(3) 従来の憲法下では、中央政府は製造業者以外への間接税の賦課が認められていないなど、徴税における中央政府と州の役割分担が明確に区分されていた。このためGST導入には憲法改正が必要となっていた。
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4)GST評議会は16年9月12日に設置された。中央政府と州政府の代表者で構成される。議長はジャイトリー財務相、副議長は州政府の代表者から選ばれた。GST評議会は(1)税率の設定、(2)対象外となる税目の選定、(3)中央と州の二元管理の枠組みの構築などの課題に取り組む。すべての審議には4分の3以上の賛成が必要であり、投票権は中央が全体の3分の1、州が3分の2を有する。
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GSTとは

◆GSTの制度概要

物品税や付加価値税など17の税(Tax)及び福祉など特定目的の23の課税(Cess)がGSTに統合、多種多様の課税対象は物品・サービスの供給(取引)に統一された(図表5)。もっともアルコール税、印紙税などの間接税は現状を維持し、GSTとは別途課税されることになっており、全ての間接税がGSTに統合された訳ではない。

GST体系は、中央政府と州政府に歳入が分かれる「デュアルGST」と呼ばれる二元構造となっている(図表6)。またGSTの税目は、州内の取引にかかる中央GST(Central GST)及び州GST(State GST)、そして州をまたぐ取引にかかる統合GST(Integrated GST)の3つがある。この点はシンプルではないが、州政府はGSTの徴税権を持たないため、各州が独自にルールや税率を決められなくなったことは大きな改善点(5)と言える。

さらには税金の相殺範囲が拡大した。従来、州をまたぐ取引で支払う中央販売税は同一州内の取引で受け取る付加価値税と相殺できず、事業者の追加コストとなってきたが、GSTのもとでは支払った税額を受け取った税額から相殺できるようになった(図表7)。

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5)州政府の課税権が縮小したことから、州独自の判断で付与してきた税制上の恩典は今後受けにくくなる。インドに進出する(今後進出を検討する)企業は留意が必要だ
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◆GSTの税率区分

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GSTでは、4つの基本税率(5%、12%、18%、25%)が採用された(6)。しかし、実際には農産品等に対する免税や高級品等に対して上乗せされる租税率などの例外を考慮するとカテゴリーは更に細分化され、複雑なものになっている(図業8)。

付加価値税は税率区分が多いほど納税の事務負担が増すとともに業種間の公正性が失われ、また消費者にとっても分かりにくいといった問題があり、国際的には税率区分は少ない方が望ましいとみなされている。当初は簡素な税制を目指す観点から税率18%で一律にするといった構想もあったが、高インフレを招くとする反対勢力の意見に譲歩して複数税率となった模様だ。また元々の税率がバラバラであっただけに日本の消費税のように単一税率にしてしまうと、各州政府の税収や産業への影響も大きいことも考慮したものとみられる。

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次に物品に適用される税率を見ると、概して穀物や牛乳等の農産品は免税、砂糖や食用油等の必需品は5%、ジュース等の加工食品は12%、石鹸等の日用品は18%、耐久消費財や嗜好品は28%といったように低所得者に配慮した分類となっており、これらは可能な限り従来の税率に近くなるように決定された。税率毎の構成割合を見ると、高税率(28%)が物品の約2割、標準税率(12%、18%)が約6割、低税率(5%)および免税(0%)が約2割といったバランスが取られた(図表10)。

サービスに適用される税率を見ると、銀行や保険、通信、IT等の一般的なサービス業は総じて18%となった。また医療と教育が免税、旅客鉄道と貨物輸送が5%の低税率、また同じレストランでもエアコン付き(18%)とエアコンなし(12%)、航空券もビジネスクラス(12%)とエコノミークラス(5%)といったように低所得者への配慮がなされている。

GST導入前後で税率がどのように変わったか見てみよう。税率は税収中立で決められたものの、品目によって上下している。

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物品については、総じて28%が適用された品目の税率は上昇する一方、18%以下が適用された品目の税率は低下する傾向がある(図表10)。もっとも自動車は最高税率の28%+租税率が適用されたものの、従来から低下しており、品目によって状況は異なる。

またサービス業は基本的に18%が適用され、従来のサービス税(15%)から3%上昇したほか、印刷メディア(5%)が従来適用されていた非課税枠がなくなるなど、総じて上昇した。

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6)基本税率の詳細は以下のURLを参照。
物品に対する税率( http://www.cbec.gov.in/resources//htdocs-cbec/gst/chapter-wise-rate-wise-gst-schedule-18.05.2017.pdf
サービスに対する税率( http://www.cbec.gov.in/resources//htdocs-cbec/gst/chapter-wise-rate-wise-gst-schedule-18.05.2017.pdf
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GST導入の恩恵とリスク

GST導入は税制上の非効率が解消することによってビジネス環境が改善し、インド経済は中長期的に多大な恩恵が得られると期待されている。一方で短期的には大幅な制度改正に伴い社会・経済が混乱するリスクがあるとった見方もある。以下では、の中長期的な恩恵と短期的なリスクについてポイントをまとめていく。

◆中長期的には、大企業を中心に生産性が向上、政府の税収も増加

企業が受ける最大の恩恵は、サプライチェーンの最適化を通じた生産性の向上だ。GSTによって州をまたぐモノの取引について仕入税額控除が可能となった一方、州をまたぐ倉庫間の在庫移動については統合GSTが課されることになった(7)。これまで多くの大企業が各州に拠点を設け、販売先の州内に在庫を移してから売るといった節税策を執ってきたが、今後は近隣州の倉庫を1カ所に集約した方がコスト低減に繋がりやすい(図表11)。従って、企業はこれまでの税制を前提とした拠点の立地を見直す必要があり、サプライチェーンの最適化を進めることになるだろう。

また物流が迅速化することも生産性向上に寄与するだろう。従来、積荷を運ぶトラックは州境を越える際に積荷検査を受けなければならず、時間とコストがかかっていたが、GST導入によって州境を越える際の税務手続きが省かれ、「チェックポスト」と呼ばれる検問所は廃止された。つまり、検問所で並ぶ必要がなくなって州境をまたぐ物流がスムーズになるほか、輸送時間も読みやすくなるなど物流コストは低下すると言える(8)。

このほか、税制の簡素化を通じて企業の納税事務コストが減少したほか、輸出に際して仕入税額が還付可能になったことも輸出を促進するものとみられ、企業部門はGSTから大きな恩恵を得られるだろう。

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また政府部門では税収が増加するだろう。この税収増は増税によるものではなく(GSTの税率は税収中立を想定して決められている)、電子納税による課税逃れの減少(後述)を背景に課税ベースが拡大するためだ。政府は歳入が14%ほど増加すると試算している。また税務当局は電子納税システムを介した一元管理が可能となるために実務負担が軽減され、徴税コストの減少や税務調査能力の向上が見込まれることも財政にプラスに働くだろう。

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もっともGST導入の影響で州政府の歳入が減った場合、税収補償として連邦政府が最長5年間の補助金を出すことになっている。この補助金の財源は政府が徴収する統合GSTや最高税率28%に上乗せする租税率から得られる税収であり、GST補償基金として管理されることになっている。従って、この税収補償は国全体の財政収支に影響しないものの、中央政府の財政健全化は期待ほど進まない可能性もあるだろう(図表12)。

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(7)同一州内の在庫移動については課税されない。
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8)世界銀行はインド企業の物流コストが最大で40%削減される可能性があるとした。
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◆短期的には、新制度移行に伴う負担と混乱が生じる

新制度への移行により、企業(9)はGSTの登録、申告、納税を管理するGSTネットワークに対応しなければならなくなった。インドではネットワーク環境のない事業者も多く、大きな負担となるだろう。本来、こうした電子納税は中長期的には納税コストの軽減に繋がるものの、短期的にはITシステム対応や追加の要員配置、税務専門家に支払う顧問料などが企業負担となる。

また税務コンプライアンスの遵守も企業の負担となる。GSTの仕入れ税額控除を受けるには販売側と購入側が提出するインボイス(商品ごとの税率や税額が書き込まれた伝票)の内容が一致しなければならない。電子申告となったため、申告を誤れば簡単に当局に見つかってしまう。そうして税務調査の対象となれば双方にとって不利益となる。納税額の大きい大企業は税務調査の対象に選ばれやすいだけに、取引先が適切な申告手続きをとれる相手かどうかを判断する作業も必要になる。一方、中小企業も取引先との関係を維持するためには正しい納税手続きができるようにならなければならない。インドでは現金払いが主流で売上が追跡されないことから、過少申告による脱税や課税逃れが横行してきたが、こうした企業が急に正確な納税できるとは考えにくく、納税を巡る混乱は1年以上続くだろう。

税務調査が増えると、納税額の算定などを巡る税務訴訟も増加する。インドでは訴訟の審理期間の長さが問題視され、裁判所が抱える未決訴訟は2400万件を大きく超えるという。つまり、このことは国庫に入るはずだったおよそ税金の徴収しそびれることを意味する。

このほか移行期間の短さも事業者の混乱を招いた。政府は制度普及に努めたものの、GSTの税率は導入開始の6週間前に決定するなど、企業は短期間で新たな税体系への対応を図らなければならなかった。特に中小企業は大企業に比して組織化されていないために準備が遅れ、導入初日から営業を取りやめた小売企業が出るなど本業への悪影響も生じた。

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9)GSTの納税義務は、年間の売上高が合計200万ルピー(約345万円)を超える企業(北東部の州は100万ルピー)に課されることになっており、大半の企業が含まれる。
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◆GSTはGDPを0.9~1.7%程度押し上げる

中長期的なマクロ経済への影響を考えると、まず民間部門では、企業は生産性が向上し、成長分野への投資や輸出を拡大させるほか、外国資本の流入も拡大しよう。また企業収益の拡大は、雇用・所得環境の改善や配当の増加、商品価格の値下げへと波及する。こうして家計は所得の増加とインフレ率の低下という形でGSTの恩恵を享受することになり、家計の実質所得の増加を通じて消費は拡大するものと見込まれる。結果として、GSTはビジネス環境の改善を梃子に自立的な経済成長を後押しするものと考えられる。

一方、政府部門では課税逃れが減少して税収が増加(民間部門の改善も税収増に寄与)する。これにより、インフラ投資や物価抑制策など経済政策が進めやすくなるほか、財政健全化の進展が評価されてインドのソブリン格付けが格上げされることになれば、国内金利の低下や通貨の安定にも繋がり、経済全体へのプラスの波及効果が生じるだろう。

このほか統計上の技術的な要因も見逃せない。課税逃れが減ると、地下経済などの非公式経済が経済統計で捕捉できるようになり、公式経済化することになる。つまり、これまで経済統計で計測されなかった部分が表面化してGDPは底上げされることになるだろう。
GST導入によるGDPの押上げ効果は、政府試算によると長期的に+0.9~1.7%押し上げるとみられている。

◆短期的には消費が一時的に落ち込み、徐々に回復へ

日経PMIを見ると、6月は製造業PMI指数が低下した一方、サービス業PMI指数が上昇した(図表13)。このことはGST導入によって物品の税率が下がる一方、サービスの税率が上昇することと整合的な動きだ。しかしながら、サービス業は製造業に対して買い占めや買い控えが起きにくい業態であることを踏まえると、7月にサービス業指数が急落するとは考えにくい。一方、製造業はGSTによって税率が低下する日用品や自動車(図表14)で買い控えが生じたと見られ、7月には反動増によって販売が伸びる可能性がある。

もっともGSTの移行規定の影響で商品不足に陥り、モノの販売は7月も伸び悩みそうだ。流通業者は6月までの仕入れに支払った物品税の全額を、7月以降の売上から受け取るGSTから控除できないため、小売・卸売業を中心に在庫を極力削減する動きが進んだ。このため流通各社は商品不足に陥っており、消費に悪影響を及ぼす可能性が高い。なお、このことはインフレ率の一時的な押上げ要因となる。供給不足が正常化するには半月程度かかるとされ、8月以降は消費が持ち直していくだろう。

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おわりに

GSTの制度は州政府に対する譲歩と低所得者への配慮からシンプルとは程遠いものになっている。例えば、デュアルGSTスキームや税率区分の多さ、申告は(法人単位ではなく)各州の拠点毎に行う必要があるほか、燃料税など今回GSTに統合されなかった間接税も残っている。ビジネス環境を一段と改善する観点からGSTを簡素化するための議論は続ける必要がある。

また税制の簡素化に逆行する動きにも注意したい。複数税率は一度導入してしまえば集約することが難しくなる一方、税率区分の例外規定を増やすことは簡単だ。またインドは連邦共和制を採用しており、各州政府は税の徴収などで依然として強い権限を維持している。後々、税収不足を背景に州独自の間接税を増やす展開も懸念される。

もっとも従来の間接税体系と比べれば、税制が大幅に簡素化されたことは確かだ。政府が目指す簡素な税制に反対する勢力と調整を重ね、10年超の議論を続けたGSTを導入までこぎつけたことはモディ政権最大の成果と言える。新制度への移行に伴う混乱はつきものであり、今後1-2年の間はGST導入による経済の悪影響が表面化する可能性もあるだろうが、中長期的にはビジネス環境の改善による外国資本の流入は勿論、民間部門と政府部門双方にその恩恵が広がっていく。期待優先で投資が伴わなかったインドが投資主導型経済へと転換することができるか、その動向を追っていきたい。

斉藤誠(さいとう まこと)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 研究員

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