大切なのは、「記憶にフックをかける」こと
完璧に覚えたはず、と思っていたことも、つい度忘れしてしまったり、しばらくその記憶から離れているうちに容易に思い出せなくなったり……ということは誰しもあるだろう。そんなときでも、スムーズに「思い出す」テクニックがあるという。記憶術に関するノウハウを多数持つ、宇都出雅巳氏に教わった。
焦れば焦るほど思い出せなくなる
記憶力とは、「覚える力」だけを指すものではありません。覚えたことの中から、必要な情報を取り出す=「思い出す」力もまた重要です。
ところが、「覚えたはずなのに、思い出せない」ということはしばしば起こるものです。その原因は主に、脳の「ワーキングメモリ」にあります。
ワーキングメモリとは、起こった出来事を一時的に覚えておくメモのようなもの。会話や計算、文章を読んで意味を把握する、といったときに欠かせない機能です。
しかしこのワーキングメモリは「容量が少ない」のが難点。新たに別の情報が入ってくればどんどん忘れますし、注意が少しよそに向けば、直前に考えていたことも忘れます。「用事で別室に行ったが、覚えていたはずの用事を思い出せない」という現象が起こるのはそのせい。ワーキングメモリの性質上、当然起こりうることなので、「こんなに物忘れがひどいなんて」と落ち込む必要はありません。
そして、「焦らないこと」も大事です。焦るとワーキングメモリの働きが落ち、ますます思い出せなくなるからです。
何かを思い出したいときは、まず落ち着くこと、そして「フック」を探すのが秘訣です。フックとは、思い出す「きっかけ」になるものです。
記憶は、個々の情報が互いに絡み合う複雑なネットワーク。一つの物事を思い浮かべると、それに共通性や関連性のあるものも同時に想起されるしくみになっています。
逆に言えば、「関連性のあるもの」について考えれば、芋づる式に目的とする情報を探り当てられる、というわけです。
覚える段階で「フック」を仕込んでおく
たとえば「目の前にいる人の名前が思い出せない」ときは、前に会ったときの記憶全体をたどるのが効果的です。
いつ、どこで、どんなふうに会ったか、他に誰がいたか、相手はどんな服装だったか――などを頭に浮かべるうち、名前がふと出てくるでしょう。
「何を話したか」も重要なフックです。仕事の話、出身地の話、趣味の話など、どんなことを相手が言ったか、自分がどう感じたかを反芻しましょう。
このように考えると、初対面の段階で、フックを意識的にたくさん仕込んでおくことが後々役に立つとわかります。関連情報が詳細であればあるほど、思い出したい情報に行きつく手立ても増えるのです。
仕込みの一例として、「人名のイメージ化」も良い方法です。名前をすぐ忘れるのは、文章のように意味を持つ文字情報ではないからです。そこで「柳沢さん」なら、その人の頭から柳の枝が揺れている様子などをイメージし、意味づけするのがお勧め。次に会ったときに「柳」が記憶によみがえり、名前が出てきやすくなります。
さらに単純な仕込みは、対面中に相手の名前を繰り返し呼ぶこと。声に出して何度も言うことで記憶にしっかり刷り込むことができます。
以上のような、自分の経験や行動についての記憶を「エピソード記憶」といいます。いわば自分自身が主人公となる記憶なので、覚えやすいのが特徴。経験を呼び起こし、そこに仕込んだフックを見つけて、目当ての情報を探り当てましょう。
知識を呼び起こすには「大枠から細部へ」
エピソード記憶と対置されるのが「知識記憶」です。これは自分の経験とは無関係な情報、つまり語学や専門用語、データ、教養など、いわゆる「勉強」の類です。自我が発達した大人にとって、知識記憶はエピソード記憶に比べて覚えづらいと言われています。
それを攻略する決め手は「理解すること」。「この機械はこういう構造になっている」「この原因により、この結果に至った」というふうに理解ができていれば、知識としてしっかりインプットされ、思い出すのも楽になります。つまりここでも、「覚え方」がまずは重要になります。
理解をするには、「階層構造」で覚えるのが有効です。たとえば1冊の本なら、「3章構成になっている」「第1章には4つの節がある」と塊(チャンク)に分けると容易に覚えられます。
そのうえで、思い出すときにはまず「大枠」を思い浮かべ、「この話は何章に出ていた話題だ」「その中のあの節にこう書いてあった」というふうに階層を絞り込んでいくとスムーズです。
会議の内容などを思い出すときは、本と同じ要領で「議題ごと」にひもとくのも良いですが、「時系列」を追うのも有効です。最初にどの話題で始まり、どのように展開したか、推移を順番に紐解いていくと、「そうそう、あの人はあのときこう発言したのだ」と、思い出したいポイントが蘇ります。
「思い出すこと」が記憶力につながる
「思い出す力」をアップさせるためのトレーニングについてもご紹介しましょう。
記憶には、「繰り返し」が不可欠です。それも「最初に覚えたとき」を思い起こしながら反復することが重要です。
会議の直後や、本を読み終わったときには、その内容を書き出す、人に説明するなど、反復の機会を積極的に作りましょう。
すると、意外に多くを忘れていることに驚くはずです。前述の通り、ワーキングメモリの容量には限りがあるからです。思い出せなければ、会議のアジェンダや本の目次の手助けを借りるとよいでしょう。
こうして何度も「思い出す」ことを繰り返せば、思い出す力そのものが上がります。つまり思い出す力を強化するには「思い出すクセをつけること」、これが最強の策なのです。
「思い出す」ための3つのポイント
1.焦らない
むやみに焦ると、ただでさえ少ないワーキングメモリがそこに割かれてしまうので要注意。ワーキングメモリは、現在進行形の「思考」にも使われる。焦りによって「思い出す」という思考作業に手が回らなくなると、いよいよ思い出せなくなって泥沼にはまる。
ここで必要なのは、「人はすぐ忘れる」と自覚すること。「ワーキングメモリの容量は少ないのだから、忘れても当然」と、落ち着いて構えるところからスタートしよう。
2.フックを探す
「思い出すきっかけ」となるフックを見つける手立ては、自分の知識や経験を探ること。電話番号などを思い出すための「語呂合わせ」も、本来無意味な数字に、自分の持つ語彙や知識を結びつける仕掛けだ。
「場所」も強いフックになる。人にとって場所は「ここに天敵がいる」など、サバイバルに直結する情報だったため鮮明に残りやすい。一度会った人の名前や会話の内容を思い出すには、それを経験した場のイメージを思い浮かべるのが近道だ。
3.「周辺の情報」から探る
たとえば、ある俳優の顔は浮かんでいるのに名前が出てこない、というとき、「名前が思い出せない、名前、名前……」などと、思い出せない部分に焦点を当ててもムダ。空白になっている部分を検索しても情報は出てこないからだ。視点を広げて「覚えている部分」を呼び起こそう。この場合なら、名前そのものではなく、その俳優の出演していたドラマやCMなどの周辺の情報を思い浮かべる。周辺情報に光を当て、芋づる式に名前の記憶を引き出すのがコツだ。
宇都出雅巳(うつで・まさみ)トレスペクト教育研究所代表
1967年生まれ。東京大学経済学部卒。出版社、コンサルティング会社勤務後、ニューヨーク大学留学(MBA)。外資系銀行を経て、2002年に独立。30年にわたり、記憶術と速読を実践研究し、脳科学や心理学、認知科学の知見も積極的に取り入れた独自の勉強法を確立。受験生・ビジネスマン向けの講座・個別指導を行うほか、企業研修や予備校講師の指導も行う。専門家サイト・オールアバウト「記憶術」ガイド。主な著書に『「1分スピード記憶」勉強法』(三笠書房)、『合格る技術』『合格る思考』(すばる舎)、『速読勉強術』『絶妙な聞き方』(PHP文庫)、『暗記が苦手な人の3ステップ記憶勉強術』(実務教育出版)、『速読・多読でビジネス力が高まる!スピード読書術』(東洋経済新報社)など多数。ホームページ:www.utsude.com
Ameba公認専門家ブログ「だれでもできる!速読勉強術」:
http://ameblo.jp/kosoku-tairyokaiten-ho/
(取材・構成:林加愛 イラスト:ゆづきいづる)(『
The 21 online
』2017年07月29日公開)
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