2010年、情報通信業界の某企業に所属する男性社員が突然死し、2015年9月に労災と認定されました。30代若手社員の過労死というニュースに衝撃を受けた人は多くいますが、企業経営者にとってはこの事件による訴訟問題の方が衝撃的だったかもしれません。いまや従業員や関係者による訴訟リスクは多くの企業経営者を悩ませています。

(写真=Andrey Burmakin/Shutterstock.com)
(写真=Andrey Burmakin/Shutterstock.com)

1カ月あたりの時間外労働が62時間で労災認定

過労死した男性は当時33歳、虚血性心不全で亡くなりました。男性の両親は過労が原因だとして、遺族補償給付の不支給処分の取り消しを求めて訴訟を起こしました。控訴審判決の結果、大阪高裁は処分取り消しを命じた1審大阪地裁判決を支持し、国の控訴を棄却しました。

また、両親が企業に1億6,000万円の損害賠償を求め、神戸地裁に提訴した訴訟は和解が成立しました。企業が両親側に支払う和解金は約2億円ともいわれています。

和解金の金額もさることながら、衝撃的だったのはその残業時間です。男性が死亡するまでの6カ月間の時間外労働は1カ月当たり約62時間でした。最新の労働裁判の例から考えても、労災認定がされたことには注目が集まりました。

当時、すでに労働基準監督署の立ち入り調査基準に一人あたりの残業時間が月100時間となると、長時間残業とされるルールがありました。労働裁判においても、100時間以上残業させられ、身体に影響があって亡くなり遺族から会社が訴えられた場合には、企業側がほぼ負けるという判例が出ていたのです。(さらに、2016年4月1日からはこの水準が月80時間に変更されています。)

「よほどのことがない限り訴訟などしないだろう」という発想は古い

100時間を大きく下回る62時間の残業で、過労死と労災認定されたこの事例から、経営者は60時間という残業がどの程度のものなのか、あらためて捉えておく必要があります。仮に朝の早出も1分単位で残業という時間外労働として試算してみます。

定時が9時から18時という会社でも、始業に備えて8時過ぎには会社に来ている社員も少なくありません。帰る時間帯は18時台後半が月の半分、もう半分が20時台後半になると考え、所定内労働日数22日を掛けると、時間外労働時間は60時間を超えてしまいます。

このような働き方は、おそらくどの会社でも見られる働き方で、過重労働とは考えにくいかもしれません。しかし、万が一社員の命に何かあったときに企業は遺族から訴訟を起こされ、1億〜2億円の和解金が発生してしまうかもしれない時代になっているのです。

さらに脅威なのは、「死」という重大事だけが訴訟の対象ではないことです。権利主張の拡大はかつてないほどに膨らみ、労使紛争が増え、ちょっとしたことでも訴訟される時代になってきています。実際に、賃金を減額された、異動させられた、転勤させられた……そのような理由で会社を次々に訴えるケースが後をたちません。「よほどのことがない限り、訴訟はされない」という考えはもう古いということを頭に入れておかなければなりません。

「働かせてやっている」ではなく「働いていただいている」という感覚が必要

本来、会社と従業員の間には従属関係に加えて信頼関係が存在していました。ところが、かつて労使間で強く結ばれていた信頼関係が崩れ始めています。

ITやインターネットが普及した今、誰でも簡単に不平不満を表に出すことができるようになっています。ちょっとしたことでも気に入らないことがあれば、企業や経営者を名指しでネット上に書き込む事例は少なくありません。

従業員の権利主張が強くなった現代の経営者にとって、これまでのように「働かせてやっている」という考えを続けているのはリスクが大きいといわざるを得ません。今は、従業員に「働いていただいている」という感覚が必要になってきているのです。

訴訟リスクに対応するには

雇う側には「これくらい」という感覚でも、雇われる側になれば「こんなに」という感覚を抱くことはよくあります。それでも強い信頼関係で結ばれていた時代は訴訟という問題に発展することは少なかったかもしれません。

信頼関係が崩れてきている現在、この感覚の差が企業に対する不満を募らせ、ゆくゆくは訴訟に発展する可能性が高まっています。つまり、企業経営者は従業員を正当に評価するなどの方法を通じて、訴訟リスクに対する取り組みをすすめることが必要な時代になってきたのです。

(提供: あしたの人事online

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