「数値化メタボ」を脱し、真の問題解決を図るために
現在の日本を代表する経営者である孫正義ソフトバンク社長。ソフトバンク社長室長を務め、その仕事を一番間近から見てきた三木雄信氏は、その仕事術の極意の一つは「数値化」にあると語る。前編ではその「目標の数値化」の効果について語っていただいたが、後編では引き続き「目標の数値化」によって成果を出すためのコツについてうかがった。
企業にはびこる「意味のない数値化」
私が講演会で「数値化が大事だ」と話すと、こんな反応が返ってきます。
「うちの会社は数字に細かくて、会議で資料を見るたびにうんざりします。そのくせ、売上も利益も全然上がらないんですよ」
「上司から『数字で考えろ』と言われるので、とりあえず数字を並べて資料を作ってみたものの、結局使ってもらえず、上司の机の上に置きっ放しにされています」
どうやら大企業や伝統的な企業ほど、「数値化はしているが、役に立っていない」という状況が起こりがちなようです。
なぜ、数値化が問題解決につながらないのか。
私はいくつもの企業や組織から問題解決を依頼されてきましたが、数値化がうまくいかない理由として最も多いのが、「『分け方』が甘い、あるいは不適切」ということです。
前編で紹介した、ある企業の営業部の事例を思い出してください。
この会社でも、全体の売上や受注件数しか数字を出さず、「分ける」という作業を適切に行っていませんでした。
そこで私は、「新規顧客獲得数」を「初回だけで解約した顧客」と「2回目以降も受注を継続した顧客」に分け、さらに「業種ごと」に分けて数字を出しました。
だからこそ、「受注継続率が低い」「顧客の業種によって継続率に差がある」という問題を発見し、「美容業界に集中して営業をかける」という有効な解決策を見出すことができました。
分け方が甘いままだったら、いまだに手当たり次第に売り込みをかけては、「頑張っているのに、売上が伸びない……」と頭を抱える状況が続いていたでしょう。
もし「数値化しているのに、問題が解決しない」という場合は、ぜひ分け方を見直すことをお勧めします。
それが問題解決の突破口になるケースは、かなり多いからです。
「継続的な売上」と「一時的な売上」を分けることは超重要
なかでも意識してほしいのが、「継続的な数字」と「一時的な数字」を分けることです。
先ほどの営業部の例を見てもわかるように、特に売上については、この二つを分けることが必須と言っていいほどです。
「継続的な売上」とは、仕組みを作ることで、いったん契約した顧客から定期的かつ自動的にお金が入ってくるものです。
携帯電話の通信料金や雑誌の定期購読などは、代表的な例でしょう。
孫社長の言葉を借りれば、これが「牛のよだれのような」売上というわけです。
一方、「一時的な売上」とは、文字通り1回きりの売上です。
この二つを比べた時、ビジネスや会社にとって、どちらが重要か。
ライフタイムバリューの観点から見れば、「継続的な売上」の割合を増やすことが会社の基礎体力を強化し、業績を安定させてくれるのは間違いないはずです。
ところが、「継続的な数字」と「一時的な数字」を分けて数字を出している企業は、それほど多くはありません。その結果、会社の基盤が揺らいでいることを見逃し、気づいた時には手遅れになってしまう企業が後を絶たないのです。
「一時的な売上」の比率が増えたら要注意!
〝二つの売上?を分けて数字を出さないと、どんなことが起こってしまうのか。
それがよくわかる事例を紹介しましょう。
上のグラフは、ある会社の過去四年間の売上推移を示したグラフです。
多少の上下はありますが、一定水準をキープしており、安定した企業のように見えます。
一方、下のグラフは、これを「継続的な売上」と「一時的な売上」に分けたものです。
見比べてみると、どうでしょうか。「継続的な売上」の割合が急降下していると、ひと目でわかるはずです。
こうして分けてみると、いかにこの会社が危機的状況にあるかが実感できます。
このグラフから読み取れるのは、継続的な売上を稼ぎ、この会社の土台となっていたはずのビジネスが壊滅的に落ち込んでいるということです。
もしかしたら、自社よりも圧倒的な低価格で同じサービスを提供する競合他社が台頭してきたのかもしれません。あるいは、自社のサービスに代わる画期的な新商品が誕生し、顧客を奪われてしまったのかもしれません。いずれにせよ、現場の社員たちが必死になって一時的な売上をかき集め、落ち込んだ売上を穴埋めしている現状が明らかになりました。
会社の業績が落ち込んだ時、「一時的な売上」を作って何とかしのごうとすることは、よくありがちです。自社開発のWEBサービスを提供し、ユーザーから月額で課金するビジネスが本業なのに、売上が下がってきたので、単発で他社のシステム開発を請け負って一時的に数字を上乗せする。こうしたやり方で、決算期などを乗り切ろうとする会社は少なくありません。
しかし、このやり方はあくまでその場しのぎであり、決して長続きしません。
継続的な売上なら、いったん仕組みを作ってしまえば勝手にお金が入ってきますが、同じ金額を一時的な売上で稼ごうとしたら、数倍?数十倍の労力が必要になるからです。
いくら現場の社員が頑張っても、気力や体力には限界があります。このままでは、この会社はいつかドカンと売上が落ちて、経営そのものが危うくなる。このグラフを見る限り、そう判断せざるを得ません。
日本の経営者の大半は「数値化」の能力がない!
成果につながらないムダな数値化を繰り返す「数値化メタボ」に陥り、生産性や現場の士気が低下している日本企業は少なくありません。
特に経営不振に苦しむ企業では、こうした傾向が強いようです。
ただしこれは、「間違った数値化」によるものです。
数値化は、あくまで目標を達成するための道具です。数値化そのものが目的となってしまっては意味がありません。
そして間違った数値化が蔓延しているのは、はっきり言えば経営側の責任です。
残念ながら日本には、数字を正しく使いこなせる経営者が少ないということでしょう。
かといって、現場の人間が「上が無能だから」と愚痴を言っても、目の前の問題は解決しません。
そこで拙著『孫社長にたたきこまれた すごい「数値化」仕事術』では、数値化が問題解決につながらない理由と、多くの人が陥りがちな三つの「数値化のワナ」、
1「累積」のマジック
2「平均値」のマジック
3「配賦」のマジック
について解説しています。
ワナを知って回避すれば、より効果的に数字を活用できて、自分の仕事も改善します。
また、マネジャーや管理職であれば、部下が出した数字を見る時のチェックポイントとしても役立つでしょう。
「数字は苦手で……」という人ほど効果大!
「数字のノルマ」「数字を詰める」「数字のプレッシャー」など、〝数字?と聞いて思い浮かぶのはネガティブな言葉ばかりという人も少なくないはずです。
でもそれは、人から与えられた数字だからです。
孫社長流の数値化仕事術は、「目の前の問題を解決するために、自分で数字を取りにいく」が基本です。
自分がやりたいことや達成したい目標のために、一番役立ちそうなアイテムを集め、それを自由自在に使いこなしながら目の前の壁をひょいひょいと乗り越え、最後は目指すゴールに到達する。
拙著で紹介する数字の使い方は、こんなイメージだと思ってください。
どんな難題でも、まるでゲームをクリアするように「解決できた!」という達成感を一度でも体験すれば、数字というツールがどれほど心強い味方かを実感できるでしょう。これまで「数字はどうも苦手で……」と数字を敬遠してきた人ほど、その効果は大きいはずです。
そしてきっと、数字を使うことが段々と面白くなっていきます。
そうなった時、あなたの仕事のやり方も生み出す成果も、今までとは大きく変わっているはずです。
三木雄信(みき・たけのぶ)
ジャパン・フラッグシップ・プロジェクト〔株〕代表取締役社長
1972年、福岡県生まれ。東京大学経済学部卒業。三菱地所〔株〕を経て。ソフトバンク〔株〕入社。27歳で社長室長に就任。孫正義氏の側で、「ナスダック・ジャパン市場創設」「Υahoo!BBプロジェクト」をはじめ、取多くのプロジェクトを担当。現在は自社経営のかたわら、東証一部上場企業など複数の取締役・監査役を兼任。内閣府の原子力災容対策本部で廃炉・汚染水対策チームプロジェクトマネジメント・アドバイザーを務める。近著に「海外経験ゼロでも仕事が忙しくても「英語は1年」でマスターできる」(PHP研究所)がある。(写真撮影:まるやゆういち)(『
The 21 online
』2017年08月16日公開)
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