「残業」をなくすため、私たちが今すぐすべきこととは?

常見陽平,残業,働き方改革
(写真=The 21 online)

「なぜ、残業はなくならないのか?」。日本で働く労働者の大半はそんな疑問を持ったことがあるのではないか。そこには、日本企業特有の仕組みが存在していた。日本人の働き方において合理的であった残業を減らすためにすべきこととは?働き方評論家の常見陽平氏にお話をうかがった。

働き方改革で本当に社会は変わる?

最近、「働き方改革」が盛んに言われるようになっています。私はこの言葉を聞いてもまったくワクワクしません。今のかたちで働き方改革を進めても、日本人の労働をめぐる環境が良くなるとは思えないからです。

働き方改革というとみなさんは、真っ先に「長時間労働の是正」や「柔軟な働き方」をイメージされるでしょうが、当初、政府が掲げていた検討事項は、長時間労働の是正を含めた九項目あります。

もともと「一億人総活躍」や「働き方改革」の一環として議論されていた「長時間労働の是正」は、出産や育児、介護との両立、ワーク・ライフ・バランスの充実を視野に入れて提案されたものです。それがいつの間にか、「働き方改革=長時間労働の是正=残業は悪」と、論点がすり替わっているように思えます。

それに乗じて政府は、「長時間労働の是正」を、人々の意識改革や工夫に委ね、会社ごとの取り組みとして企業に丸投げしているふしがあります。もちろん、それを受けて労働環境の改善に向けた取り組みを実施している企業はあります。しかし、それを企業単位で強く実行できるのは体力のある会社だけ。これは、意識改革や小手先の工夫などの企業努力だけで、どうにかなる問題ではないのです。

仕事に人をつける欧米。人に仕事をつける日本

そもそも、日本の正社員の残業時間が多いのは、「だらだら働いているから」といった働き方の問題ではなく、雇われ方に大きな原因があります。

簡単に言えば、欧米型の雇用では、「あなたの仕事は○○です」と業務内容や責任を明確に定めたうえで人を雇います。つまり「仕事に人をつける」(ジョブ型)ようになっています。これだと仕事が定型化、標準化しやすく、働いているうちに仕事に慣れていくので、長時間労働になりにくい。

一方、日本のホワイトカラーは多くの場合、業務内容が明確ではないままに雇われています。つまり、「人に仕事をつける」(メンバーシップ型)ようになっている。その人になんの仕事をさせるかはその都度変わっていくため、営業だった人が、いきなり管理部門に異動なんてことも普通にあります。

また、ある仕事を終わらせても、すぐに上司から「これもやっておいてよ」と、別の仕事を振られるといったこともよくあります。すると仕事の範囲が無限に広がっていき、終わりが見えなくなります。これが残業時間の増加につながっているのです。

ちなみに、厚生労働省の調査によると、日本の労働者の年間の総実労働時間そのものは、平成2年には2000時間を超えていましたが、現在では1700時間台にまで減っています。これは、一見すると労働時間が減っているようですが、実は労働者全体に占める非正規雇用者の割合が増えただけ。一般労働者だけで見ると、この20年間で労働時間は2000時間前後で一定しており、ほとんど変わっていません。ワーク・ライフ・バランスの充実がこれだけ叫ばれているにもかかわらずです。

日本人はだらだらと働いてなんていない!

ただし、だからといって「正社員の長時間労働を助長するメンバーシップ型はけしからんから、日本もジョブ型に切り替えるべきか」というと、そんなに簡単な問題ではありません。

ジョブ型の場合、業務が忙しくなればポストを新たに作って人を採用し、暇になればポストを削って人を解雇するといったことがわりと容易に行なわれます。

一方、日本のようなメンバーシップ型は、長期雇用を前提にしています。ある部門で人員の削減を行なうときには、別の部門に異動させることで雇用を守ります。会社の業績が悪化したときでも、できるだけ解雇はせず、ボーナスを減らすことなどで対処します。そのぶん忙しくなったときには、人員を増やすのではなく、今いる人たちにたくさん働いてもらう(残業してもらう)というかたちをとっているわけです。働く側としては「残業は多いが、雇用は安定している」というメリットがあります。つまり日本の正社員の残業が多いのは、日本的雇用の副産物であり、それなりの合理性があるのです。

もちろん、いくら合理性があるといっても、働く人の生活や健康を犠牲にしたり、時には命さえも奪ったりするような長時間労働のあり方は、当然問題があります。長時間労働を是正しようとする動きそのものは、間違っていません。

しかし本当に現状を変えたいのであれば、なぜ日本の正社員は長時間労働になっているのか、その原因をまずは分析するべきです。そのうえで、たとえばメンバーシップ型の雇用システムが原因であることがわかったならば、そのシステムを今後も維持するのか。もし維持するのなら、維持しながらも残業時間を減らしていくためにはどういう対策が可能か、といった手順で考えていくことが不可欠になります。原因を分析したうえで対策を講じることをおろそかにしたまま、ひたすら個人や企業の意識改革や工夫に委ねようとしているところが、働き方改革の大きな問題点です。

また、私は「日本人は労働生産性が低い」という言葉にも、強烈な違和感を覚えます。確かに2015年のOECD加盟諸国の時間当たり労働生産性のランキングを見ると、日本は先進7カ国では最下位の20位にランクされています。財政破綻をしたアイスランド(19位)やギリシャ(27位)とも、あまり順位は変わりません。

でも、これは、いくらなんでも低すぎると思いませんか。実はランキングで上位に位置しているのは、金融センターや資源を持っている国、都市国家的な小規模の国ばかりです。つまり、利益率の高い産業を持っている国が強いのです。一方、日本はGDPベースでも、就業者数ベースでも、サービス業が全体の7割を占めています。

ですから日本の労働生産性が低いのは、日本人がだらだら働いているからではなく、国が儲かる産業を育ててこなかったことに原因があるわけです。にもかかわらず国が労働者に対して、「もっと効率的に働いて、生産性を上げよう」とけしかけるのは、責任転嫁ではないかと思ってしまいます。

国がやるべきなのは「規制」よりも「助成」

ここまで文句ばかり述べてきましたので、ここからはどうやって長時間労働を是正していくか、私なりに提案をします。

まず必要なのは、日本の労働者がいったい本当は何時間働いているのか、何にどれだけ時間をかけているのか、実態を正しくつかむことです。ところが、現状ではサービス残業が常態化しているために、各社の人事部でさえも社員の正確な労働時間を把握できていません。

サービス残業は、それ自体が違法であるがゆえに、「みんなやっていることは明白であるのに、やっていないもの」とされてきました。これを行政が強制力を働かせてでも、明るみに出す必要があります。本当の実態がつかめてこそ、「コア業務以外の業務に多くの時間が割かれているから、この部分はアウトソーシングをしよう」「この部署はどう考えても人員不足だから、人員の拡充を図ろう」といったように、適切な打ち手を講じることが可能になるからです。逆に実態がわからないまま対策を講じるのは、病気の治療で言えば、当てずっぽうで投薬や手術をするようなものです。

また今回の働き方改革では、残業時間に上限規制をかけることが議論されました。でも、本当に大切なのは「規制」よりも「助成」です。

私が危惧するのは、残業を減らすための環境や仕組みを整えないまま上限を設けると、社内で時間内に仕事を終えることができず、自宅に仕事を持ち帰る社員が増えるのではないかということです。これだと従来は払われていた残業代がもらえなくなるわけですから、かえって労働強化になってしまいます。

ですから、まずは規制よりも助成です。たとえば、ICT(情報通信技術)の活用によって社員の労働時間を減らす仕組みを構築しようとしている中堅中小企業に、助成金を出すなどとサポートしていくことが大切になります。

■企業に過剰なサービスを求めるのはもうやめよう

もう一つ、私がみなさんに提案したいのは、「取引先に対して、過剰なサービスを求めるのはもうやめませんか」ということです。

厚生労働省の調査によれば、残業が発生する理由を、企業側と労働者側の双方に尋ねたところ、企業側は「顧客(消費者)からの不規則な要望に対応する必要があるため」が1位、労働者側は、1位の「人員が足りないため」に僅差で「予定外の仕事が突発的に発生するため」が2位となりました。日本企業はきめ細かなサービスや迅速な対応を売りとしてきましたが、これが私たちを長時間労働へと向かわせている要因の一つになっているのです。

残業や長時間労働は、働く個人の意識改革や努力や工夫で解決できるほどやわな問題ではありません。国はもっと本腰を入れてコミットメントをしないと、掛け声だけで終わってしまう可能性があるのです。

常見陽平(つねみ・ようへい)千葉商科大学専任講師
1974年生まれ。一橋大学商学部卒業。同大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。㈱リクルート、㈱バンダイ、㈱クオリティ・オブ・ライフ、フリーランス活動を経て、2015 年より現職。働き方をテーマに執筆・講演などを行なう。『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社新書)など、著書多数。(取材・構成:長谷川敦)(『 The 21 online 』2017年8月号より)

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