「職場のムダ」を排除し、成長のための時間を確保しよう

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(写真=The 21 online)

ドキュメントスキャナーや携帯端末の開発・生産に始まり、IT事業、そして宇宙事業と、世界をマーケットに〝攻める経営〟で突き進むキヤノン電子。1999年の社長就任以降、世に先駆けて働き方改革を実行し、生産性アップと新規事業開発を進めてきた酒巻久社長に、企業を前進させる仕事のムダとり、時短の実現についてうかがった。(取材・構成=麻生泰子、写真撮影=長谷川博一)

「時短」を成長戦略の一環と位置づけよ

政府が「働き方改革」を提唱するずっと以前から、社員の生産性を上げるさまざまな改革に取り組んできたことで知られるキヤノン電子。社長の酒巻氏は働き方改革の必要性を、日本が経済大国としてナンバーワンに君臨した1980年代後半から痛感していたという。

「キヤノン本社にいた1989年から、時短戦略の重要性を訴え続けてきました。当時、製造業を中心とする二次産業で日本はアメリカに勝ちましたが、アメリカはそれを機に二次産業を主とする産業構造から脱却、三次産業に移行すべく大転換をしました。〝強いアメリカ〟の復活を目指し、人材の意識改革、個の尊重、将来のための投資など抜本的な改革を行ない、それが現在のアメリカ経済の好調につながっています。

日本でも、長期的な視野に立ち、技術至上主義から第三次産業への移行を進める必要がある。そのためには『人』を中心とした構造改革を進めるべきだと考え、そのための提案書も作ったのです。まぁ、当時の上層部からは一蹴されましたけどね」

その意味で、やっと時代が追いついてきたとも言えるが、酒巻氏が注意を促すのは「なんのための時短か」という「目的」だ。

「政府と経済界が主導する『プレミアムフライデー』では、時短はあたかも仕事を早く終えて飲みに行くためにあるように思えますが、それは大きな間違いです。

仕事の効率化によりできた時間で講演会に行ったり本を読んだりして新たな知識を得たり、自分の将来を考えたりという『成長戦略』にこそ使うべきなのです。ただ飲んで憂さ晴らしをするだけならなんの発展性もありませんし、第一健康にも悪いでしょう」

一方で企業側も、時短は会社を強くするためのものだと認識する必要があるという。

「会社が戦略としての時短を打ち出すことで、社員の意識改革が進み、新たな業務効率化の知恵が生まれてくる。その結果として効率化が進み、社員が各自スキルアップする時間が生まれることで、事業の質が高まっていく。そして、会社がさらに進化していくのです。

時短戦略は社員のみならず、会社を質的に向上させ、強くする最善の方法なのです」

職場は「明らかなムダ」で溢れている!

時短を実現するために酒巻氏が実践した手法は極めてユニークだ。たとえば「会議は立って行なう」「朝イチでメールは見ない」など。その意図はどこにあるのだろうか。

「社員が働きやすく、物事がスピーディに進む職場環境を目指した結果、自然と出てきた施策です。たとえば会議は会議室で座って進めるものだという意識では、会議の進行は遅くなり、そもそも会議室を用意する手間もかかります。そこで、『立ち会議』を提唱し、オフィスの一角に高い机を用意し、立って会議するスタイルを採用したところ、意思決定のスピードが格段に上がりました。

また、『朝イチでのメールの禁止』は、朝の最も頭が冴えている時間にメール処理に時間を取られるのは明らかに無駄だから。そもそもメールはムダの多いコミュニケーション手法であり、キヤノン電子では原則、同じ部署内でのメールは禁止にしています。

ちなみに工場では、通路に5メートルを3.6秒で歩かないとアラームが鳴るシステムを導入しました。これは、データに基づき導き出された最も効率的かつ疲れにくいペースで、これを身体になじませるために採用しました」

酒巻氏の持論は「人間は持てる能力のせいぜい80%しか使っていない」ということだ。

「だから工夫によってはいくらでも効率化の余地はあるはずですが、いきなり『効率を20%上げろ』というのは無理があります。私はそんなとき『労働時間を従来の3%減らす代わりに、5%だけ効率を上げろ』と言います。これなら努力次第でなんとかなりそうですよね」

40代で「忙しい」人は仕事にムダが多い

酒巻氏は、40代で仕事が忙しいと嘆く人は「仕事の仕方がわかっていない」と指摘する。

「実際には『忙しい、忙しい』といって何も手を動かしていない人も多いものです。時間に追われている人は、実は仕事の整理がついていないケースが多いのです。

中でも最大のムダは、同じ失敗を繰り返すこと。何が失敗要因で何が成功要因だったかを検証しないから、同じ間違いを繰り返す。経験を次に生かす視点を持たないと、コンスタントに成果が生まれることはありません。こうした仕事の仕方が身につかないまま40代になると、いつまで経っても同じところをグルグル回るだけで、忙しさに追われて何もできない、ということになりがちです」

40代は自身の業務に加え、中間管理職として部下を管理する仕事もあり、それが忙しさを倍加させている節もある。

「部下指導に追われて首が回らないという人は、部下を管理しようとするから疲弊するし、時間を奪われるのです。そもそも、『仕事を手取り足取り教えてやろう』という考えが間違い。上司は方向性だけ示して、部下に自分で考えるクセをつけさせるべきです。

いつまでも上司が助けないと何もできないチームより、各自が主体的に動くチームのほうがムダなく速やかに成果が出るのは当然です。仕事が速い人は例外なく、人をうまく動かす人ですよ」

最速で合意を勝ち取る酒巻流交渉術とは?

もう一つ、酒巻氏がムダだと考えることがある。それが「交渉後の持ち帰り」だ。

「せっかく交渉に行ったのにその場で結論が出せず、『社に持ち帰って検討します』というケースが、とくに日本企業にはあまりに多い。海外の企業から見ると『何しに来たのだ』という話です。権限を持たない部下を派遣することは、まったくの時間のムダです」

ちなみに、酒巻氏は数多くの商談や交渉を経て「負けなし」を公言している。その強さにも、時間の使い方が関係していた。

「会議、商談、視察などの社外交渉では、『相手の出方をうかがおう』という姿勢では、勝ちは取れません。探り合いや情報共有、社に持ち帰るといったプロセスは一切ムダ。勝負は、事前に相手の情報を調べ、複数の交渉手段を考えておく準備力で決まります」

時間をかけるべきは、話し合いそのものの時間ではなく、準備の時間だということだ。

「交渉では先に提案したほうが優位に立てる。私は交渉相手の家族構成までリサーチします。

アメリカのある企業との交渉のときのエピソードがあります。そのとき私はスティーブ・ジョブズと組んで仕事をしていたのですが、ジョブズが交渉に行ってもどうしてもOKをくれない企業がありました。そこで私はいろいろと調査した結果、決定権を持つ人の奥さんが大の人形好きで、私との交渉日がちょうど二人の結婚記念日だということがわかったのです。

そこで私は交渉当日、あえて時間を長引かせました。というのも、アメリカ人は結婚記念日を大事にするので、相手は早く帰らなくてはならないはず。すると案の定、相手は時間を気にしてイライラし始めました。そこでさらに話を引き延ばし、ついにOKを引き出したのです。

この話はそれだけで終わりません。私は日本から奥さんへのお土産として日本人形を持参していました。それを彼に渡すと、大喜び。おかげでその後の交渉もスムーズに進みました。あとでジョブズも『どうやったんだ』と驚いていましたね。
リサーチの手間はかかっても、結果的に取れない合意を取れるのなら、調査時間はムダどころか、スピーディに合意を得るために“かけるべき時間”ということになります」

“今”の時短は10年後に活きる!

変化のスピードが30年単位だったアナログ時代と異なり、デジタル時代の今は最短1カ月でビジネスや技術の様相が一変する。だからこそ時短が必要だと、酒巻氏は指摘する。

「会社と自宅の往復だけでは、世の中の変化を敏感に感じ取れません。ここ数年を見ても、世の中の変化は驚くほど早かったでしょう。今は短期間のうちに新しい技術が生まれ、短期間で模倣されて、短期間で淘汰されていく時代です。

技術や販売網の構築に時間と手間がかかったアナログ時代は、ヒト・カネ・モノを握る大企業が勝ってきましたが、これからは意思決定が早く、小回りの効くベンチャーが勝つ時代です。

ところが、一部の大企業の経営陣や政府は、発想が二次産業時代で止まってしまっており、意思決定の迅速化ができていない。彼らの『ちょっと待て』という判断が、命取りになる時代なのです」

キヤノン電子の開発部門では、70歳を超えてもなお、現役で開発の中心的役割を担う社員が在籍しているという。

「彼らは例外なく、退勤後の自分の時間を生かし、たゆまぬ自己研鑽を重ねてきた人たちです。私はよく、30~40代になったら、20代の2倍は勉強するべき、50代は3倍勉強するべきと言っています。

勉強の半分はPCなり、ITなり、時代にキャッチアップするための内容。そして残りの半分は、将来を見据えた次のステップのための勉強です。専門分野を掘り下げつつ、周辺分野も広げていく。

たとえば、経理なら会計の勉強だけでなく、経営や人材マネジメントなどにも目を向けて守備範囲を拡張する。それが次のキャリアにつながっていきます。

とくに30代から50代のビジネスマンの方々は、時短を実現して自分の強みとなる付加価値をつけてほしいと思います。それにより、60代以降に自分の得意分野で、これまで以上に力を発揮できるはずです」

酒巻氏が実践するユニーク時短・ムダとり施策

・朝イチのメール禁止

朝一番の冴えた時間にメール処理をするのはもったいない! ということで始められたルール。朝以外もついつい見てしまいがちなので、キヤノン電子では原則、同じ部署内でのメールも禁止。

・会議への資料持ち込み禁止

会議の資料は「あとで見よう」と思いがち。実際には見返すことも稀なため、確認作業やミスなどのムダが生じる。資料は事前配布し会議には持ち込み禁止、読んでから参加とすることで、迅速・確実な情報共有を実現。

・「~だと思います」発言の禁止

憶測に基づいた曖昧な発言は「きっとそうなのだろう」という周囲の誤解を招き、のちに重大なミスを起こしうる。断言できること以外は発言禁止とすることで、誤情報によるミスという大きなムダを撲滅できる。

・立ち会議

オフィスの片隅に高い机を用意し、立って会議をした結果、会議時間をなんと75%も削減できたという。立っていると疲れるのであまり長く話していられず、スピーディに結論が出るのだ。

酒巻 久(さかまき・ひさし)キヤノン電子〔株〕代表取締役社長
1940 年、栃木県生まれ。芝浦工業大学工学部卒業後、67 年にキヤノン㈱に入社、複写機、ワープロ等の開発や総合企画等を経て、96 年に上部取締役生産本部長となる。99 年、キヤノン電子社長に就任。環境経営の徹底により、6年間で同社を売上高経常利益率10%超の高収益企業に成長させる。『見抜く力』(朝日新聞出版)など著書多数。(『 The 21 online 』2017年8月号より)

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