かつて世界のトップ水準であった、日本の1人当たり国内総生産(GDP)は、2016年度には、世界で22位(38,917ドル)で、アジア地域においてもシンガポール(52,961ドル:世界10位)や香港(43,528ドル:世界16位)の後塵を拝する状況にある(実勢為替レートベース)。さらに、各国の物価水準の実態を反映した購買力平価レートベースでは、台湾も日本の上位にある(下表参照)。

サービス,生産性向上
(写真=PIXTA)

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また、2017年8月27日付の日本経済新聞の報道にあるように、「企業が支払う給与・報酬を国別にみると、役職が高くなるほど海外が日本を上回り、格差が広がっており」、今や、日本企業の役員・管理職の報酬・給与水準が、アジア新興国との比較でも劣位になったり追いつかれるという現象もみられている。昨今の訪日外国人観光客の多くが、日本の製品やサービスを安いと感じ大量購入する事例が報じられているが、それは、単なる為替レートの変化や差という要因によるものだけではなく、日本の労働者の給与の伸びや物価の水準が長期間にわたって抑制されている反面で、アジア諸国・地域の人々の年収水準の増加と購買力の向上によるところも大きいと考えられる。

したがって、このまま彼我の経済成長率の差が継続すれば、現在はまだ相対的に優位にあるとされる一般労働者の年収水準についても、多くのアジア諸国に追いつかれることが予測される。

少子高齢化がさらに進行するわが国が、経済発展を実現し国民の福利を充実するためには、アベノミクスの取り組みによる2%水準の物価上昇率を伴う経済成長が重要であるが、その達成には、労働生産性の向上による企業の収益力の向上と従業員への成果配分の拡大(年収増)がより大切なポイントになる。

(注)一人当たりGDP=(労働人口/人口:労働参加率)×(GDP/労働人口:労働生産性)

ここで、製造業については、技術・品質・性能への取り組みはトヨタ生産方式などを代表例として優れたものが多く、高い生産性があるが、一方、それとは対照的にサービスの生産性の低さは常に指摘されてきている。我が国が、経済成長・発展を期する上で、国内総生産(GDP)の約7割を占めるサービス産業や、サービス業務の生産性向上は大きな課題であり、本稿では、サービスをテーマに、日本人の考え方や今後の取り組みのあり方を含めて私見を述べることとしたい。

最初に、サービスとは何かについて考えてみよう。国語辞典(三省堂『大辞林 第三版』)で、サービスの意味を調べると、①相手のために気を配って尽くすこと。②品物を売るとき,値引きをしたり景品をつけたりして,客の便宜を図ること。③(バレーボール・バドミントン・テニス・卓球などの)サーブに同じ。④物質的財貨を生産する労働以外の労働。具体的には運輸・通信・教育などにかかわる労働で,第三次産業に属する。用役。役務。⑤英国国教会における礼拝およびそのための曲、とある。この中で、④の意味が、財(もの)の対称としてのサービスである。

さらに、サービスの特性を検討すると、その最大のものとして無形性(形がないこと)が上げられる。

筆者は、日本人の傾向として、形のないものには無頓着で価値を認めにくいということがあるのではないかと推量している。その一例を挙げると、かつて、「水と空気と安全はただ」という言葉があった。現代において、それらは、水道・ミネラルウォーター・浄水器、空気清浄機・酸素カプセル、防衛・警備システム・保険などの対価やコストを必要とする大切なものであると認識されるようになっている。

同様に、形のない労働時間に対しても従来は関心が薄く、このことが、大きな社会的課題と認識されているサービス残業などという悪慣行にもつながったのではないだろうか。また、教育や学問、芸術や文化においても、投下資金の不足や能力ある人材の活躍の場が限定されていることなどにより、優れた人材が海外に流出したり、将来の裾野や基盤が弱体化することが危惧されている。

サービスの生産性を向上させるキーポイントとしては、先ず、(無形な)サービスの価値と意義とコストの関係を再認識し、国民(消費者)として必要な対価を払うべきこと、企業としては、価値あるサービスに正当な対価を得て、しっかり利益を確保することに努めることが必要であろう。

その場合、自らの提供するサービスの評価や価値を国際的な水準や視野の中でとらえることが大切である。また対象とする市場や顧客も、日本だけでなく、アジアなどグローバルに広げることでより大きなチャンスがあるだろう。

今、世界的な高収益企業の代表格であるアップル、マイクロソフト、アマゾン、グーグルなどは、個別・単体の製品やサービスというよりも、国際標準たる大きな構想の下での独自の仕組みやエコシステム(関連する企業や関係者が有機的に結びつき共存共栄する仕組み)の創造といった全体的なサービスの仕組みと構造を大きな強みとして、多くの消費者に受け入れられ、巨額の利益を挙げている。このあり方は、わが国が今後の産業や企業の発展を期する上でも重要な参考事例と考えられる。

また、上記の議論にも関連し、サービスについてもう一点言及したい。

上記の国語辞典のサービスの意味の②にある値引き(やその延長たる無料)という概念は日本特有のものであり、「出血大サービス」など、原語である英語のserviceには元々ない意味が広まっているように思う。その結果、日本では、相当価値のある製品やサービスを無料や値引きによって提供したり、そうしてもらうことを普通と考える風潮があるように思う。

無料や値引きというアクションは、長期的な取引のリレーションシップや、広範な取引の中での顧客の囲い込みといった関係性の中で獲得される利益(潜在的な利益を含む)の範囲の中で考慮・実施されるものであり、一時的・短期的な顧客の利益と、個別企業・店舗やその従業員の犠牲や負担の下に行われるべきものではないだろう。

顧客も従業員も、別の取引機会や局面においてはその立場が相互に入れ替わるケースも多いのであり、社会全体としての発展の中で、市場関係者間の正当な利益の配分が行われるよう、企業は、単に価格に注目し値下げを行うだけでなく、提供する付加価値の内容や水準、コストを工夫し、消費者は、それらに正当な対価を払うべきことを再認識する必要があろう。

その過程においては、消費者にとって利便があり歓迎だが、提供する企業や従業員の大きな犠牲や提供価値を超える負担・コストを伴うサービス(過剰サービスともいえる)については、提供者(企業・店舗)・受容者(顧客)の理解の下、価格の引き上げ、サービスの内容・水準の制限・低下を甘受する覚悟も必要だろう。

無料や値引きは、消費者個人としては嬉しく感じるが、それが不合理な形で広がれば、健全な経済発展や国民の福利向上の制約や支障になってしまう。やはり価値あるものを評価・感謝し、キチンとした対価を払うという、我々の意識改革による消費社会の成熟が求められよう。

平賀富一(ひらが とみかず)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 主席研究員 アジア部長 保険研究部兼経済研究部 General Manager for Asia

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