「いつか風向きが変わる」と信じ、続けてきた

葛西紀明,やる気UP術
(画像=The 21 online)

モチベーションを高める要素の一つに、ライバルや勝負に「勝ちたい」という欲求がある。しかし、40代ともなると、そもそも闘争心が薄れてしまっている人もいるだろう。プロスポーツ選手の中には40代でも第一線で活躍している人がたくさんいるが、中でも「レジェンド」と呼ばれ、41歳にしてオリンピックのメダルを勝ち取った葛西紀明選手はその代表格だ。「勝利への欲求は、確実にモチベーションになっている」と語る葛西選手に、年齢を重ねても衰えないやる気の源泉についてお話をうかがった。《写真撮影=津田明生子》

やる気を維持するには「新しいこと」が必要

スキージャンプ競技で10代の頃から現役で飛び続け、史上最多7回のオリンピックに出場、41歳のときに出場したソチオリンピックでは銀メダルを獲得するなど、華々しい活躍を長期にわたって続ける葛西紀明選手。「以前は、調子が出なくてやる気を失うような弱気なときもあったが、最近ではそうした弱い自分がいない」と語る。転機になったのは2002年のことだった。

「この年に出場したソルトレイクシティオリンピックが散々な結果に終わりました。それは、『もう、自分にはこれ以上進歩はないかもしれない』と、すっかりモチベーションを失ってしまうほどの挫折でした。

しかし、そのあと新たにフィンランド人コーチにつき、新しい練習メニューなどを取り入れてみると、次第にやる気が戻ってきて、成績も上がってきたのです。

今思えば、それまでの私は競技生活がすでに長かったこともあり、既存の価値観に縛られていました。自分のやっていることが全てと思い込み、練習内容なども自分のやり方を曲げずに、新しいことをしようとしなかった。でも、打ちのめされたことで、もう一度ゼロからやり直そうという気持ちになり、新しいものを受け入れてみる気持ちになったのです。それ以降はモチベーションを良い状態で保ち続けられています。

そうした意味では、今40代の方も、ひょっとしたら同じような状態にあるかもしれません。『やる気が出ない』という人ほど新しいことに目を向けてチャレンジしてみてほしいと思います」

20年前の挫折すらいまだに悔しい!

02年の挫折が自分を変えた――そう語る葛西選手だが、中でも悔しい思い出としていまだに忘れられないのが、1998年の長野オリンピックで団体戦のメンバーから外れ、そのときの日本チームが金メダルを取ったことだ。

「生来の負けず嫌いなので、悔しい経験はなかなか忘れられないですね。今も、長野のジャンプ台に行くとあのときの写真が飾ってありますから、それを見るたびに悔しい気持ちがよみがえります(笑)。

ただ、その悔しさや『勝ちたい』という気持ちが自分を奮い立たせてくれるのも事実。そうしてトレーニングをすれば、それが確実に実力アップにつながり、自信ややる気につながっていきます。つらいときはもちろんありますが、『練習しなければ勝てない』『強い選手はもっと頑張っているぞ』と自分に言い聞かせながらやっています。

でも、『つらいこと』も実は好きなんですよ。練習しながら『つらい』と思うと、『でも、これが成績に、勝利につながるんだ』と思えば嬉しくなるし、やる気も出ます。ですから、後輩たちのつらそうな顔を見るのも好きです(笑)」

葛西紀明,やる気UP術
(画像=The 21 online)

「理不尽」に耐えればチャンスは必ず訪れる

しかし、スキージャンプという競技は、天候や風向きなど、努力ではどうにもならない部分が結果に影響する競技でもある。努力しても結果が出ないときは、どう気持ちを切り替えているのだろうか。

「たしかに、理不尽だなと思うことはしょっちゅうです。実際に、風のせいで何度も泣かされました。『なんで、前の選手まではいい風だったのに、自分のときは変わるんだ』と。でも、そのたびに、『いつかいいときが来る』『きっと、オリンピックの時に来るぞ』と自分に言い聞かせてきました。そうすると本当に、大舞台で自分のときに急に風向きが良くなったり、『我慢して良かった』と思う瞬間がやって来るのです。

ソチでメダルを取るまで、22年もかかりましたが、チャンスを信じる気持ちを失わなかったからこそモチベーションを維持できたのだと思います」

仔細に「書く」ことで目標が明確になる

巡ってくるチャンスを信じ、モチベーションを高める――そのために葛西選手がしている習慣がある。それは、「手帳に目標を事細かに書く」ことだ。

「私が所属する土屋ホームの経営方針発表会が11月にあるのですが、そのときに手帳が支給されるんです。それに毎年、目標を書き込んでいます。

大事なのは、できるだけリアルに書くことです。たとえば、『この大会で何位に入る。すると、これだけの賞金が手に入るので、そのお金で新しいテレビを買う』といったことまで書き込んでいます。実際に先日、賞金でテレビを買いましたよ。

書くことによって目標は『計画』に変わり、モチベーションがアップします。すると、ちゃんと思い描いたように叶っていく傾向があるのです。

ソチオリンピックでメダルを取ったときがまさにそうでした。事前に、『2本目を飛んだあと、ブレーキングトラックで1位の結果を見て、号泣する』というところまで手帳に書き込んでいたのです。実際にあの舞台でそれが現実になりました。ただ、わずかなポイント差で2位になってしまったので、そこだけが書いたとおりにならず、悔しいのですが……。

ただ、書いたからといって簡単に実現できることではないとわかっているので、もちろんそれに向けて努力はします。でもそれと同時に、チャンスをつかむ、良い流れに乗るということが大事だと今は思っています」

いよいよ今冬に迫る平昌オリンピックに向け、今もストイックに努力を続けている葛西選手だが、ここぞというときにモチベーションを上げるためには、「休み方」も大事だという。

「ジャンプは一瞬で終わる競技だけど、飛び終わったあとには肉体的にも精神的にもすごく疲れるんです。もし一日中ジャンプのことばかり考えていたら、身体より先に頭が疲れてしまって、やりたいこともできなくなってしまいます。

ですから、競技が終わったらできるだけジャンプのことを考えないようにしています。時間があるときは温泉やショッピングに行ったり、おいしいものを食べたり、リラックスして過ごします。そうすればトレーニング中にもやる気を維持できるし、試合のときには集中できます。努力を続けることは大事ですが、その一方で頭と心をリフレッシュさせることも必要。そのほうが、モチベーションが続くと思います」

葛西紀明(かさい・のりあき)スキージャンプ選手/〔株〕土屋ホーム スキー部 選手兼監督
1972年、北海道下川町生まれ。92年のアルベールビルオリンピックに19歳で初出場して以来、リレハンメル、長野、ソルトレイクシティ、トリノ、バンクーバー、ソチと史上最多計7回の冬季オリンピックを始め、数多くの国際大会に出場。ソチオリンピックでは個人ラージヒル銀、団体銅の2つのメダルを獲得。40歳を超えてなお第一線で活躍し、「レジェンド(生ける伝説)」と国内外から尊敬を集める。「ワールドカップ最年長優勝」「冬季五輪7大会連続最多出場」「冬季五輪スキージャンプ最年長メダリスト」「ワールドカップ最多出場」「ノルディックスキー世界選手権最多出場」の5つのギネス世界記録ホルダー。(『The 21 online』2017年10月号より)

【関連記事 The 21 onlineより】
山本昌・野球界最年長投手のやる気の源とは?
プロレス再興の立役者・棚橋弘至が語る「やる気の自給自足」術
日本一のチームを作り上げた「指導をしない」マネジメント
つらい仕事も楽しみに変わる5つの方法
脳科学から見えてきた!やる気を高める4つの方法