要旨

保育士の賃金
(画像=PIXTA)

待機児童問題のネックとなっているのが保育士不足であり、その要因には賃金の低さがある。本稿では、現状における保育士の処遇と背景、改善策について論じる。まず、保育士と他の職種との賃金差は平均すると月約8万円であると試算した。しかし、より詳しく分析してみると、新人時代には約4万8,000円だった賃金差が、勤続15年以上になると13万7,000円に開いている。長く勤めれば勤めるほど賃金差が拡大しており、これが保育士の意欲を損ねていると考えられる。重要なのは、賃金カーブを他の職種並みに引き上げ、離職を防ぐことである。また、保育士不足の状況は地域によって異なっており、地域の実情に沿った対応が必要である。一方、保育所を運営する事業者には、ICTの活用などによる働き方の改善と、保育の質を確保することが一層求められるだろう。

はじめに

待機児童問題がクローズアップされる度に、保育士の処遇を改善して人材を確保すべきだという議論が盛んになる。せっかく保育所を整備しても、保育士を確保できないために定員どおりに子どもを受け入れられないケースが相次いでいるからである。政府は昨年12月8日、消費増税による増収分の一部を財源として、2019年4月から保育士の賃金を1%(月3,000円相当)引き上げることを閣議決定した。安倍首相も「他産業との賃金格差を踏まえた処遇改善に更に取り組む」との姿勢を表明している(*1)。では、保育士の賃金は他の職種に比べてどれぐらい低く、その背景には何があるのだろうか。

保育士の賃金については、全職種平均に比べて月10万円程度低いという報道が目立つ(2)。これは、厚生労働省の賃金構造基本統計調査から全職種の平均月給(同調査の「きまって支給する現金給与額」)(3)と保育士の平均月給(同)を比べたものである。ただし、保育士は全職種に比べて勤続年数が短いなど条件に違いがあり、単純比較は適当ではないと思われる。本稿では、勤続年数などの条件をそろえた場合、保育士と全職種の平均月給の差額は月約8万円であると試算した。それでも依然差は大きく、保育士確保のためには賃金改善が望まれる。特に、新人時代よりもベテランの方が全職種との賃金差が拡大しており、離職防止のためには、昇給幅を改善することが重要である。また、保育士ニーズは地域によって異なるため、税金を効率的に使うためには、地域差に考慮した配分が求められる。本稿では、このような処遇の現状と背景、今後の処遇改善策について検証したい。

なお、子ども・子育て支援新制度の下で認可保育事業を行う施設には、「保育所」や「認定こども園」、「小規模保育」、「家庭的保育」などがあるが、煩雑さを避けるため、本稿では「保育所等」と呼ぶことにする。また、公立保育所で働く保育士は、地方公務員として各市町村で給料表が定められているため、本稿では検討の対象外とする。

--------------------------------
(1)2017年12月8日の政府与党政策懇談会での発言。首相官邸ホームページより。
(
2)2017年11月21日 朝日新聞朝刊「保育士、賃金引き上げへ 『無償化より待機児童対策』批判受け」など。
(*3)基本給、職務手当、通勤手当、家族手当、残業代などが含まれる。手取りではなく、所得税や社会保険料などを控除する前の額。
--------------------------------

保育士不足の要因

保育士は子どもにも人気の職業だが、なぜ、なり手が少ないのだろうか。厚生労働省によると、保育士の専門学校などを卒業しても保育所で働く人は半数に過ぎず、ようやく就職しても、民間保育所では年間12%が離職するという(*4)。保育士の資格を持っているのに保育所等で働いていない「潜在保育士」は2013年時点で約76万人に上る。全国の保育所等で働いている保育士は同年に約43万人であるから、有資格者の約3分の1しか現場で働いていないことになる。保育士不足を解消するには、潜在保育士の力を生かすことがカギとなる。

そこで、厚生労働省職業安定局が2013年5月、保育士資格を有するハローワークの求職者958人に保育士として就業を希望しない理由をたずねたところ(複数回答可)、「賃金が希望と合わない」が47.5%でトップだった(図表1)。2番目に多かった「他職種への興味」(43.1%)にも、賃金の低さが関連していると考えられる。続いて、小さな子どもに関わることから「責任の重さ・事故への不安」(40%)も多く、「自身の健康・体力への不安」(39.1%)も目立った。その他、「休暇が少ない・休暇がとりにくい」(37%)「就業時間が希望と合わない」(26.5%)など、働き方に対する不満も一定の割合に上った。これらの回答の背景には、いずれも人員態勢の問題があると思われる。現場にベテランが少なく、若手に対するサポートが不十分になったり、業務に追われて休暇を取得する余裕がなくなったりしているのではないだろうか。

保育士の賃金
(画像=ニッセイ基礎研究所)

それでは、それでは、保育士として働いている人の動機は何だろうか。東京都が2013年、保育士として登録している約1万5,000人に行った調査では、仕事全体のやりがい度をたずねたところ、「大変満足」「満足」「やや満足」との回答が合わせて7割を超えていた(*5)。仕事の内容自体には満足度が高いといえる。「大変満足」と回答した人の自由記述には「子どもの笑顔に元気をもらえる」「子どもたちの成長を間近で感じることができる」など、乳幼児を育てることに対する喜びが綴られていた。

--------------------------------
(4)厚生労働省「保育士等確保対策検討会」(2015年11月16日)資料より。
(
5)東京都保育士実態調査報告書(2014年3月)より。
--------------------------------

保育所等の経営と保育士の賃金

1|保育士の賃金の決まり方

ここで、保育士の賃金がどのように決まるのかについて説明したい。保育所等には、国が定めた保育士の配置基準や面積等の基準をクリアしたとして都道府県などが認可した認可保育所と、それ以外の認可外保育所がある。認可外の中には、東京都の認証保育所のように、自治体が独自の基準に沿って認証した保育所がある。認可の場合、受益者負担として、保護者が運営費の一部を保育料として支払う他、国や都道府県、市町村が残りの運営費を給付する。認可外は基本的に、保護者からの保育料のみで運営されている(*6)。自治体が独自に認証した保育所には、自治体から補助金が支給される(図表2)。

保育士の賃金
(画像=ニッセイ基礎研究所)

認可の場合は、国が基本部分と加算部分から成る「公定価格」として運営費を定めている。国はまず、子ども一人あたりの費用となる保育単価を、保育士の人件費などを基にして(*7)年齢区分ごとに定めている(図表3)。ただし公定価格には、地域や保育所の定員などによって支給割合に傾斜が設けられている。国家公務員の地域手当同様、地域によって生活費などが異なるからである。次に、各保育所等の運営費の基本部分を、保育単価と利用する子どもの人数を掛け合わせて算出する。休日保育や夜間保育、障害児保育等を行った場合には加算がある。

保育士の賃金
(画像=ニッセイ基礎研究所)

保育所等には、運営費から保育料を差し引いた残りが委託費として、市町村から支払われる(*8)。この他、待機児童対策として独自に補助金を上乗せして支給している自治体もある。

保育所等を運営する事業者はこれらの収入を原資として、それぞれの判断で、保育士への給料や土地の賃借料、給食の食材費、光熱水費などを支払うわけだが、認可の場合は保育士の配置基準や運営費等が国によって決められるため、事業者が独自に、保育士の給料を大幅アップする余地はほとんどない。

--------------------------------
(6)認可保育所を目指す認可外保育施設に対しては、移行支援の補助金などがある。
(
7)保育士の給料の基準は、国家公務員の給料に準じて国が定めている。
(*8)認定こども園などの場合は「委託費」ではなく「給付」。
--------------------------------

2|福祉業界の労働生産性

次に、保育所等を含む福祉業界の経営構造の特徴をみるために、労働生産性という観点からみておきたい。2012年経済センサスによると、従業員1人あたりの付加価値額を示す労働生産性が最も高いのは、「情報通信業」909万円で、「卸売業」は747万円、「製造業」は607万円である(図表4)。これに比べて「社会福祉・介護事業」は288万円と低く、「飲食サービス業」はそれより低い165万円だった。

また、給与総額を付加価値額で除した労働分配率は「情報通信業」64.9%、「卸売業」62%、「製造業」70.3%、「社会福祉・介護事業」85.8%である。情報通信業や卸売業、製造業に比べると社会福祉・介護事業の労働生産性は低く、労働分配率は高くなっている。「教育、学習支援業」も同じような傾向を示している。福祉や教育産業は労働集約型であり、人件費割合が高いためと考えられる。

保育士の賃金
(画像=ニッセイ基礎研究所)

保育士と全職種の賃金比較

1|条件補正後の賃金差

ここで改めて、現在の保育士の賃金について、賃金構造基本統計調査で確認したい(図表5)。同調査は、毎年6月分の賃金(賞与は前年1年間)などに関するもので、7月時点で実施されている。公立保育所は調査対象外となっている。2016年調査結果をみると、全職種の平均月給(同調査でいう「きまって支給する現金給与額」)33万4,000円に対し、保育士の平均月給は22万3,000円で約11万円低い。年収に換算すると(*9)、全職種(489万9,000円)よりも保育士(326万8,000円)の方が約163万円も低い。

保育士の賃金
(画像=ニッセイ基礎研究所)

ただし、他の条件を比べてみると、全職種では平均勤続年数が11.9年であるのに対し、保育士は7.7年と4.2年も短い。保育士は、結婚などを機に退職する人が多く、離職率が高いためである。また所定内実労働時間は保育士の方が全職種より5時間長く、残業時間(同調査でいう「超過労働時間」)は9時間短かった。そこで、上記の条件をすべて保育士と同じに補正して月給を試算した結果は約30万円(10)になり、保育士との差額は約8 万円となる。次に、年収についても条件をそろえて試算すると445万円(11)となり、保育士との差額はまだ約118万円もある(図表6)。このように、条件の違いを補正しても、保育士の月給や年収は全職種に比べて相対的に低いことが分かった。

保育士の賃金
(画像=ニッセイ基礎研究所)

--------------------------------
(9)「決まって支給する現金給与額」×12か月分+「年間賞与その他特別給与額」で算出。
(
10)まず勤続年数の差は以下のように補正する。厚生労働省の2016年「賃金引上げ等の実態に関する調査」によると、全産業の平均定期昇給額(加重平均)は5,031円であるから、月給に4.2年の昇給分21,130円(5,031円×4.2)を増額する。次に労働時間の差は以下のように補正する。所定内給与額(30.4万円)を所定内労働時間(164時間)で除すると、全職種の1時間当たりの給与は1,854円であるから、5時間分にあたる9,270円(1,854円×5時間)を増額する。残業1時間当たりの給与は、1,854円に労働基準法で定められた割増率1.25を乗じて2,318円となるので、9時間分20,862円(2,318×9)を減額する。すべて補正した後の月給は30万1,278円(334,000-21,130+9,270-20,862)になり、保育士との差額は約7万8,000円(301,278-223,000円)である。
(*11)勤続年数の差については、全職種の4.2年の昇給分253,562円(5,031円×12×4.2)と賞与への反映分61,277円(5,031×2.9×4.2)を差し引いた。2.9は、1年で何ヶ月分のボーナスが支給されるかを示す倍数で、全職種の「年間賞与その他特別給与額」を「所定内給与額」で除して求めたものである。労働時間の差については、所定労働時間の増加分111,240円(1,854円×5×12)を加え、残業時間の短縮分250,344円(2,318×9×12)を差し引いた。
--------------------------------

2|賃金カーブの違い

次に、勤続年数の差が与える影響について、より細かくみていきたい。図表7は、全職種と保育士について、各勤続年数区分の労働者割合と所定内給与を試算し、賃金カーブを比較したものである(*12)。

まず勤続年数区分ごとの労働者の割合をみると(棒グラフ)、14年以下までは保育士(青色)の方が全職種(緑色)を上回っていたが、15年以上では逆転している。これは保育士の離職率が相対的に高いことを示している。次に所定内給与額をみると(折れ線グラフ)、全勤続年数の平均では、全職種30万4,000円に対して保育士が21万6,000円で、8万8,000円の差があるが、就業時の勤続年数0年でみると全職種23万1,000円に対して保育士18万5,000円で、4万6,000円の差にとどまっている。その後、勤続年数が長くなるほど両者の差は開き、15年以上では全職種39万1,000円に対し保育士は25万4,000円で、13万7,000円もの差がある。

つまり、保育士の賃金カーブは、全職種とは異なり、昇給幅が小さく直線に近く、長く働けば働くほど差が広がるという特徴をもつことが分かる。10年近く働き続けても、新人時代と比べて所定内給与は平均2万円ほどしか上がらない。これは、保育士に資格区分や昇給システムがほとんどないためである。保育所単位でみると、所長と主任保育士がいる他は、皆が同じ保育士で、大して変わらない賃金で働いているという状態である。これが、やりがいのある仕事と評価されているにもかかわらず、長く働き続けようという意欲を損ねてきた一因だと考えられる。

保育士の賃金
(画像=ニッセイ基礎研究所)

--------------------------------
(*12)4. 1|で用いた賃金構造基本統計調査の「きまって支給する現金給与額」は、勤続年数区分ごとの数値が公表されていない。
--------------------------------

3|地方による違い

地方によっても保育士不足の状況は異なる。待機児童の多い首都圏などでは、保育士を確保するために、保育所等を運営する事業者が地方の専門学校を訪問したり、就職相談会に出展したりして地方出身者を雇い入れる場合もあるが、通常は自宅から通える場所で働くため、保育士不足の状況は地方ごとに異なる。図表8は、賃金構造基本統計調査の都道府県ごとの全職種と保育士の月給を用いて、差が大きい順に並べたものである。最も差が大きい東京都では、全職種40万3,000円、保育士24万1,000円と約16万円もの違いがあるが、佐賀県では全職種27万3,000円に対し、保育士はわずかに東京を上回る24万2,000円。差額は約3万円であった。そのような地域では、「保育士は他の仕事に比べて給料が低いから働かない」という保育士資格者は、相対的に少ないと考えられる。

保育士の賃金
(画像=ニッセイ基礎研究所)

次に、都道府県別の保育士の有効求人倍率を、2017年10月の職業安定業務統計に基づいてみると、全国平均は2.8倍だが、東京では6倍、群馬では1.1倍と開きがあることが分かる。保育士不足の程度は、地域によって大きく異なっている(図表9)。

保育士の賃金
(画像=ニッセイ基礎研究所)

結びにかえて~保育士確保と質的向上に向けた処遇改善策~

1|賃金改善と保育の質の確保

これまで見てきたように、保育士の賃金は、全職種と条件をそろえた上で比較すると、月給で約8万円、年収で約118万円低い。ただし勤続年数ごとの賃金カーブをみると、新人時代は全職種に比べて月額5万円弱の差だったが、勤続年数が長くなるほど差が拡大している。これが、保育士の離職を招く根本的な要因だと考えられる。

ここで、保育士の賃金を上げるには、保護者から徴収する保育料を上げるか、公費負担を増やすかの二通りがある。しかし、政府は既に3~5歳の幼児教育無償化の方針を決めており、受益者負担の拡大ではなく、公費負担を拡大する方向に舵を切っている。本来、保育士の賃金をどのような方法で相応な水準に引き上げるかについては、市場化と公費投入のあり方などを踏まえた抜本的な検討が必要となるため、別途、現場の状況を含めて分析した上で論じることとしたい。以下では、公費増額による処遇改善策と、考えられる主な課題について述べ、結びとしたい。

前述の試算の通り、第一に、保育士の初任給を全職種に相応した水準に底上げする必要がある。第二に、初任給以上に大きな課題として、保育士の経験や技能に応じて昇給幅を引き上げ、全職種との賃金カーブの差を解消していくことが重要である。長く働けば働くほど、他の仕事との給与差が拡大していくのでは、長く働こうという意欲が失われる。現場で働く保育士が、自身の将来のキャリアを見通し、長期的な目標を持って働き続けられるように、キャリアパスと昇給の道筋を整備すべきであろう。

この点に関し、厚生労働省は2017年度から、技能や経験に応じた処遇改善を実施している。経験年数3年以上の保育士に対して月額5,000円を加算したほか、経験年数7年以上で、食育・アレルギー、障害児保育、マネジメント等8分野の中から4分野以上の研修を修了し、新たに設けた役職「副主任保育士」や「専門リーダー」に就いた人には月額4万円を加算した。これとは別に、全保育士に2%(月6,000円程度)の処遇改善も行っており、一定の改善が見込まれる。これらの対策により、実際に保育士の賃金水準がどう変わったかについては、まだ調査結果が出ていないが、今後のモニタリングに期待したい。さらに冒頭で述べたように、政府は2019年4月から1%(月3,000円相当)の賃金引き上げを決定した。今後、これらに上乗せして処遇改善を行うには、これまでの対策の成果を見極め、どの部分に上乗せするのが最も効果的かを慎重に検討する必要があるだろう。ただし、単純に保育士の給料を上げれば、福祉・教育の他の職種から人手を奪う可能性があるため、公費投入のあり方を含め、福祉・教育の分野でどう整合性を図っていくかが課題となる。

また、財源は限られているため、全国一律に引き上げを行うのではなく、全職種との賃金差が大きい地域や、保育士の有効求人倍率が高い都道府県に集中的に加算するなど、地域に応じた対応の方が効果的と考えられる。ただし、一部の地域で賃金が上昇すると、周辺で就業する保育士を地域間で奪い合う可能性があるため、実施には十分な配慮や経過措置が必要となるだろう。過疎化によって子どもの数が減り、保育所が定員割れしたり、一部の保育所が閉鎖されたりしている農村部等でも公費を投入して賃金を引き上げるべきなのかは、自治体経営や施設規模、配置のあり方などの観点を含めて、個別に慎重な判断が求められるだろう。事業者側も、保育の質の確保に一層、取り組むことが求められる。保育士らへの教育の機会を増やして専門性を高めたり、保育事故を防いだりし、公費負担の増加に見合った知識や技能を習得させることが重要な課題だろう。

2|働き方の改善

上記の2で述べたように、保育士の有資格者が保育士として働かない理由には、働き方の問題もある。独立行政法人「福祉医療機構」(WAM)が保育所と認定こども園計1,615か所に行った調査(*13)によると、有給休暇を除く年間休日日数は「101日以上106日未満」が20.9%で最多だった(図表10)。これに対して、2016年就労条件総合調査によると、全産業の平均休日日数は113.8日で、保育所と認定こども園のうち約7割が、全産業平均を下回っている。図表1でみた「休暇が少ない・休暇がとりにくい」という保育士有資格者の不満を裏付けた格好である。現場では、人手不足のために休日が取れず、休日日数が少ないために新たな保育士も採用できないという悪循環に陥っている。

保育士の賃金
(画像=ニッセイ基礎研究所)

働き方を改善するために考えられる手段の一つが、ICTの活用である。前述のWAMの調査によると、会計にICTを導入していた保育所等は67.1%だったが、他の事務では低迷している(図表11)。厚生労働省によると、保育士の1日の業務のうち、「会議・記録・報告」にかかる時間は1時間弱に上っており(*14)、ICTをより積極的に活用することが保育士の負担軽減や残業時間の短縮につながるだろう。

今後、賃金改善や昇給制度の充実により保育士のキャリアパスが明確になったり、ICT活用により生産性が向上したりすれば、離職率が低下すると期待できる。その結果、職場に余裕が生まれ、経験者が若手を指導したり、互いにサポートし合ったりすることにつながる。図表1でみた不満のうち「責任の重さ・事故への不安」「休暇が少ない・休暇がとりにくい」などの問題に対しても、一定の改善が期待できるだろう。

政府はこれまでにも保育士の待遇改善策を実施しており、2012年度から2017年度までの賃金水準の引き上げ率は計10%以上となる。待機児童解消のために、今後も保育士の賃金に税金を投入するならば、より詳細に現状を評価し、どのように加算すれば最も効果的か、慎重に中身を詰める必要がある。また処遇や職場環境の改善に取り組んだ事業所は、その取り組みをアピールし、自ら離職率や平均残業時間などを公表することによって働きやすさを「見える化」することが、人材確保につながるのではないだろうか。

--------------------------------
(13)WAM「『保育人材』に関するアンケート調査の結果について」(2017年5月23日) より。
(
14)第3回「保育士等確保対策検討会」(2015年12月4日)資料より。
--------------------------------

坊 美生子(ぼう みおこ)
ニッセイ基礎研究所 社会研究部 准主任研究員

【関連記事 ニッセイ基礎研究所より】
データで見る保育園待機児童問題-潜在待機児童や地域差を考慮した政策を
教育無償化について考える-3~5歳完全無償化より待機児童解消、質向上を優先すべきでは
若年・子育て世帯で厳しさを増す住宅負担~改正住宅セーフティネット法で負担軽減制度スタートへ~
教育格差を考える~親心と格差の悩ましい関係~
「男性の育児休業」で変わる意識と働き方-100%取得推進の事例企業での調査を通じて