トランプ大統領は3月22日、少なくとも500億ドル(約5兆2500億円)相当の中国製品に高関税を課す大統領令に署名した。対象製品は今後15日以内に発表されるが、ハイテク機器等を中心に25%の関税が課される見通しだ(3月23日執筆時点)。

また同時に、中国の対米投資を制限するための対策を60日以内に取りまとめるよう、財務省に指示を出した。3月8日の輸入品の鉄鋼とアルミニウムへの関税導入に続く措置で、中国の反発は必至だ。当初は交渉で問題解決を目指すとみられた中国だが、今後は報復措置を発表する可能性が高まった。

一連の米国の強気姿勢の裏には、11月の中間選挙を睨んだ集票狙いがあると見る向きが多い。世界的な貿易戦争に発展すれば米国にとっても失うものは大きいはずだが、トランプ氏本人は、「Trade wars are good, easy to win (貿易戦争は良いことだ。勝つのは簡単だ)」などとツイッターでつぶやいていた。しかし、中国が関税での報復ではなく「米国債売り」で対抗してくる可能性も高く、その場合でもトランプ氏は強気を装っていられるのだろうか。

いまだ突出する中国の米国債保有残高

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(画像=a katz/Shutterstock.com)

中国は米国債の一番の保有国であり、2013年をピークに緩やかに減少しているものの、その額は1.17兆ドル(2018年1月時点)と巨額であり、2位の日本を除く他国を圧倒的に上回っている。実際今年1月に中国政府関係者の話として中国が米国債の購入縮小や停止を検討しているとの報道が流れると、米国債が反応して下落するという場面もあった(その後、中国当局はこれを否定)。

ピーク時よりは保有比率が低下しているとはいえ、その動向には市場もセンシティブにならざるを得ないのだ。ちなみに2位の日本は1.07兆ドル(2018年1月時点)の米国債を保有しているが、こちらも2004年をピークに緩やかに減少を続けている。

米国債市場にとって悩ましい需給の変化

2014年に米国債等の市場からの買入れ(量的緩和)を終了したFRB(米国連邦準備制度理事会)は、2017年10月にはバランスシートの縮小(市場への売却)に着手した。実は、先に述べた中国と日本の保有率低下の裏には、FRBが量的緩和によって自身の比率を高めていたことも大きい。しかし今はFRBが米国債の売り手に回っている。

一方、2017年12月にまとまった大型減税により、今後10年間で米国の財政赤字は更に1兆ドル拡大すると見られている。これにより、今年だけでも米国債の発行額は昨年から倍増する見通しだ。米国は、米国債の買い手に一層配慮すべき状況に陥ったと言えるのだ。

買い手から売り手に回ったのはFRBだけではない。これまで海外に利益をため込んできた米国企業も、今年以降は米国債の売却に動く可能性がある。今年1月にレパトリ減税が成立したためだ。この減税により、米国企業が海外であげた利益を米国に還流させる際の税率が、これまでの35%から一度限りで15.5%(固定資産などは8%)に引き下げられた。アップル社はこれを受けて、海外にある2500億ドルもの資金の大半を米国内に戻すことを早々に表明。

しかし、アップルはそれだけの資金を現金で持っているわけではない。半分以上の1530億ドルを社債で、また600億ドルを米国債の形で保有している(昨年9月末時点)。これを全て一度に売却することは無いと思われるが、米国債にとっては潜在的な売り圧力となることは確かだ。アップル社以外にも多くのグローバル企業(非金融)がこれまで海外に資金をため込んでおり、その額は上位25社で1兆ドルを上回っている。全ての企業がアップルと同じ判断を下すかどうかはまだ分からないが、少なくとも今後は米国債の大口投資家としては期待しづらく、むしろ潜在的売り手として意識する必要があるだろう。

短期的には香港からの売りも要注意

香港は2005年から、1米ドル=7.75~7.85香港ドルになるように為替相場を固定している。しかし3月22日現在、香港ドルは1米ドル=7.848と、レンジの下限まで下落している(米ドル高/香港ドル安)。香港当局はレンジを超えた自国通貨安を容認するつもりはなく、これ以上の売り圧力がかかるようだと、米ドル売り/香港ドル買いの為替介入に動くだろう。この際に売られる米ドルは、香港の外貨準備から米国債を売って捻出されることになる。

現在は比較的落ち着いている他の新興国の通貨にも、米国の金利上昇が想定以上となれば、資金流出による下落圧力が強まることも想定される。そうなればそれらの国でも、ドル売り(米国債売り)の為替介入が行われる公算が高い。

中国などの大口投資家への配慮が重要に

もちろん金利がより上昇してくれば新たな買い需要も出てくるだろうし、さらに円高になれば日本からも為替ヘッジ無しの外債投資が増えるだろう。また中国の売却には、その額が大きすぎることや、売却後の資金を振り向ける先が見つけにくいといった理由で、実際にはハードルが高いとする見方もある。しかし、米国債はこれから発行が激増するのに対し、注意すべき売り手が少なくない状況であることは先に述べた通りだ。

米国債が下落して、米国の長期金利が大きく上昇することになれば、景気サイクルの後半に差し掛かったとみられている米国経済への影響は甚大なものになるだろう。近視眼的かつ不用意な保護主義をふりかざし、中国からの要らぬ報復を受ける余裕は今の米国債市場にはない。

北垣愛
国内外の金融機関で、グローバルマーケットに関わる仕事に長らく従事。証券アナリストとしてマーケットの動向を追う一方、ファイナンシャルプランニング1級技能士として身近なお金の話も発信中。ブログでも情報発信中。http://marketoinfo.fun