中国の中央銀行に当たる中国人民銀行の総裁が約15年ぶりに交代した。金融改革を主導し、人民元や中国金融市場の国際的な地位を高めることに大きく貢献した周小川氏だが、70歳になったことで退職し、この10年間副総裁として、周小川氏を支えてきた易綱氏が総裁に繰り上がることになった。

易綱新総裁は北京大学経済系学部に在籍した後、1980年から1986年にはイリノイ大学に在籍、経済学博士号を取得している。その後1994年までインディアナ大学で准教授の職などに就いていた。帰国すると北京大学中国経済研究センターを立ち上げたが、1997年には中国人民銀行に転じている。

経歴から見て明らかなとおり、国際派、学者肌(というよりも元学者)の総裁である。ちなみに、直近では、劉鶴氏の下で中央財経領導小組の副主任を兼任していた。習近平政権の主流派に繋がる人脈である。

共産党は“金融リスクの解消”を解決すべき重大な問題だと指摘している。バブル、投機の発生を防ぎ、金融機関の質を高めるといった政策が金融行政の基調となるだろう。その上で、経済成長の新たなエンジンを育てるべく「イノベーション型国家の建設を加速」しようとしている。そのためには、金融の自由化、国際化を進めていく必要がある。

2009年7月から2016年1月まで、外貨管理局のトップを務めており、為替の実務業務には詳しい。IMF、世銀の年次総会、G20財務相・中央銀行会議などの国際会議にはこれまでも、周小川総裁と共に参加している。言語能力においても、実務能力においても、経済・金融知識においても、超一流の人材が中国中央銀行のトップに就いたということである。

海外上場企業の本土回帰を支援

中国経済,トランプ氏
(画像=Joseph Sohm / Shutterstock)

マスコミ報道では国家発展改革委員会の関係者は2月26日、「今年は戦略的振興産業の育成・発展を加速させる方針で、ユニコーン企業を育てるために資金提供、技術開発支援などを行う」と発言している。

また、中国証券監督管理委員会の閻慶民副主席は3月15日、他国上場企業の国内上場(またはその逆)手段としてよく使われる預託証券について言及した。

「中国預託証券(CDR)は間もなく解禁されるだろう。対象企業としてはニューエコノミーもしくはユニコーン企業が選ばれるだろう。CDRは両地域で法律・管轄が違うといった問題、地域を超えて監督管理を行わなければならないといった問題に対して有効であり、既に海外に上場した企業、海外市場から撤退して本土市場に戻ろうとする企業にとって有利である。如何にしてユニコーン企業を定義するかについては、多くの部委と話し合って決める必要がある。科学技術部、工信部は技術的なデータを持っており、その標準に達すること、工業インターネット、AIなどに関連することなどが条件となる」などと発言している。

また、上海証券取引所は15日、如何にして市場に資金を導入し、“金融などの虚構経済から実体経済に向かうか”といった問題に答える形で、「2018年の上海証券取引所はハイテク、新産業、新業態、新モデル企業に注目し、質の良い上場企業資源、BATJ(百度(バイドゥ)、アリババ集団、騰訊控股(テンセント)、京東集団(JD ドットコム))など突出したユニコーン企業に対する上場サービスを加速強化する」としている。

これに対して、BATJの一角であるアリババ集団は、「中国証券市場の規制緩和により外国企業の上場が可能になるようであれば、最短で今年の夏にでも本土A株上場を行う可能性がある」としている。3月15日付のウォールストリートジャーナルが、関係者の話として伝えている。

BATJをはじめとする発行体にとって本土に上場することは、新たな資金調達ができるという点で大きなメリットがある。また、上場を通じ、共産党、政府との関係をより協調的なものとすることができるのもメリットの一つといえよう。新規事業などで、政府との無用な摩擦が生じにくくなるだろう。

政府、共産党としては、海外のユニコーン企業を本土に上場させることで、本土上場企業が守らなければならない会計情報の開示、コンプライアンスを課すことができる。これまでは、フィナンシャルアドバイザーである欧米系金融機関との関係が強く、国家のコントロールが効きにくい状態であったが、そうした状況に一定の歯止めをかけることができるようになる。

米国の保護主義、中国の自由主義

トランプ政権は、鉄鋼、アルミなどに追加関税を課すなど、保護貿易主義を強めようとしているが、アメリカが輸入を制限すれば、他国からは、他国への輸出を制限されることになる。その繰り返しは結果的にアメリカの経済、引いては雇用を委縮させる。

特に中国については、スマホや家電製品、衣料品だけでなく、多種多様な製品を輸入しており、また、高成長が続く巨大市場として、アメリカ企業は多額の投資を行っている。トランプ政権においては、米中の経済関係が逆転しつつあるといった認識が不足している。

中国は、バブル、投機の発生を未然に防ぎながら、金融市場の自由化、国際化を進めることで、金融市場の規模を拡大し、それによって経済を拡大させようとしている。両国の政策の違いは鮮明だが、結果の違いについても今後、鮮明に出てくるはずだ。

一部の票田獲得を狙い、一部の産業に有利な政策を打ち出したとしても、より多くの産業でデメリットを生じさせてしまい、景気の悪化により、結局はより多くの有権者からの信頼を失う可能性がある。今回の保護貿易政策はあらゆる点で愚策である。

田代尚機(たしろ・なおき)
TS・チャイナ・リサーチ 代表取締役
大和総研、内藤証券などを経て独立。2008年6月より現職。1994年から2003年にかけて大和総研代表として北京に駐在。以後、現地を知る数少ない中国株アナリスト、中国経済エコノミストとして第一線で活躍。投資助言、有料レポート配信、証券会社、情報配信会社への情報提供などを行う。社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。東京工業大学大学院理工学専攻修了。人民元投資入門(2013年、日経BP)、中国株「黄金の10年」(共著、2010年、小学館)など著書多数。One Tap BUY にアメリカ株情報を提供中。HP:http://china-research.co.jp/