要旨
最近の円安ドル高を牽引した米長期金利上昇の背景には、米国経済の良好なファンダメンタルズや財政赤字拡大が背景にあるが、原油価格の上昇も一役買っている点は見逃せない。原油価格上昇による期待インフレ率上昇が米金利を押し上げた。
1月下旬から2月の米金利上昇局面では米株価が急落し、リスク回避的な円高を巻き込みつつ日本株の下落をもたらしたが、今回の米金利上昇局面では米国の株価が持ちこたえている。年初からの金利上昇や米政権による保護主義の動きにもかかわらず、米経済が底堅いことなどが下支えになったためだ。この結果、市場がリスク回避に傾かず、日米金利差の拡大が素直に円安を促し、円安が株高に繋がったと解釈できる。
つまり、原油価格の上昇は米金利上昇に繋がるが、その際に米株価が持ちこたえれば円安・日本株高要因に、崩れれば円高・日本株安要因になると考えられる。そして、米金利上昇時の米株価のカギを握るのが、米経済に対する市場の見方ということになる。一方、原油価格の下落は、米金利低下等を通じて円高・日本株安を促す可能性が高い。
今後年末までの原油価格は、基本的に高止まりを続けると予想している(年末68ドルと予想)。OPEC等による減産の継続、需要の拡大、地政学リスクが価格上昇圧力となるが、米シェール増産と保護主義への警戒が上昇を抑制する。この場合、原油価格高止まりが米金利の下地となることで、米経済の加速が米金利上昇に繋がりやすくなる。その際には、米経済に対する安心感が米株安を抑制し、円安・日本株高に繋がる可能性が高い。
ただし、最近、原油価格急騰リスクが高まっている点には注意が必要だ。トランプ政権はイランへの制裁復活やベネズエラへの制裁強化の可能性を示唆している。両国の原油生産量が急減する場合には原油価格が急騰する可能性が高いが、原油価格の急騰は世界経済に対する悪影響への懸念を喚起し、円高・株安に繋がりかねない。
トピック:金融市場を左右する原油相場
3月下旬に1ドル105円を割り込んだドル円レートは足元で110円の節目をうかがう水準に回復している。日経平均株価も円安を好感して、この間に2000円弱上昇している。
●原油価格上昇が円安株高の一因に
この最近の円安ドル高を牽引したのは米長期金利の上昇だ。4月に入って以降、米長期金利は再び上昇し、下旬には一時3.0%台に乗せた。この結果、日米金利差が拡大し、円安ドル高に繋がった。
米金利上昇については、米国経済の良好なファンダメンタルズや財政赤字拡大が背景にあるが、原油価格の上昇も一役買っている点は見逃せない。 米長期金利を実質金利部分(経済成長や財政リスクを反映)と期待インフレ率(ブレークイーブン・インフレ率)部分に分解すると、4月末の米長期金利の3月末からの上昇分0.21%のうち、期待インフレ率の上昇分が0.12%を占めている。
期待インフレ率には、賃金の動向なども影響するが、原油価格との連動性も強い。原油価格(WTI先物)は4月はじめの段階では63ドル台であったが、OPEC等の減産による需給の引き締まりやシリア・イラン情勢の緊迫化という地政学リスクの上昇を受けて、4月下旬には一時約3年半ぶり高値である69ドル台に到達した(足元も67ドル台で推移)。つまり、4月以降の金融市場においては、原油価格の上昇が米金利の上昇を促し、円安・日本株高に繋がった面がある。
なお、今年1月下旬から2月半ばにかけても米金利は上昇した(原油価格の上昇も一因になっていた)が、この間に起きたことは円高・日本株安であった。当時は直前まで低金利の継続が市場に織り込まれていたため米株価の割高感が強まっていたうえ、にわかに起こった米金利上昇が米企業収益や米経済に悪影響を与えるとの懸念が広がった。結果、米株価が大きく下落し、リスク回避的な円高を巻き込みつつ、日本株の下落をもたらした。
一方、今回の米金利上昇局面では米国の株価が持ちこたえている。ちょうど米国企業の1-3月決算発表時期にあたり、好決算が相次いだことで株価が下支えされた。また、年初からの金利上昇やトランプ政権による保護主義の動きにもかかわらず、米経済が底堅いことも株価の下支えになった。速報性の高い米企業・家計の景況感指標を見ても、年初以降、高い水準が維持されている。米株価が持ちこたえたことで市場がリスク回避に傾かず、日米金利差の拡大が素直に円安に繋がり、円安が株価の上昇に繋がったと解釈できる。
●原油相場の金融市場への影響:整理
以上より、原油相場の金融市場への影響を整理すると(表紙図表参照)、原油価格の上昇は米金利上昇に繋がるが、この際に米株価が持ちこたえれば円安ドル高・日本株高要因に、崩れれば円高ドル安・日本株安要因になると考えられる。そして、米金利上昇時の米株価の動向のカギを握るのが、米経済と企業業績に対する市場参加者の見方(楽観or警戒)ということになる。
ただし、原油価格が急激に上昇する場合は話が別だ。原油価格が1バレル80ドル超などの水準に急騰すれば、世界経済に対する悪影響への懸念が勝ることで、リスク回避的な円高と日本株安が起こるだろう。
一方、原油価格の下落は、米金利低下(日米金利差縮小)や米エネルギー株の下落を通じて、円高ドル安・日本株安を促す可能性が高い。
もちろん、原油市場と米債券・為替・株式市場における注目テーマが異なる場合は上記の関係性が崩れることになるが、基本的な関係性として成り立っていると考えられる。
●原油相場と金融市場への影響:今後の見通し
次に今後年末までの原油価格の動向と金融市場への影響を考えると、原油価格については基本的に現状程度で高止まりを続けると予想している。年末時点で1バレル68ドルと見込んでいる。
まず、これまで原油需給改善に大きく寄与してきたOPEC等による減産(日量180万バレル相当)は年末まで継続されることが確実視されるうえ、来年以降も生産調整の枠組みが継続される可能性が高まっている。OPECの盟主であるサウジは国営石油会社の上場を控えて高値の維持を望んでいるとされ、議論を主導していくだろう。
また、世界経済は今後も堅調に推移し、原油需要の順調な増加が見込まれることも需給改善に寄与するだろう。さらに、トランプ政権はイランに対する敵対心を隠さないため、今後も中東を巡る地政学リスクの高い状況が続きそうだ。中東の地政学リスクは原油供給減少を連想させることで価格の上昇圧力になる。これらの要因が原油価格の上昇圧力となる。
ただし、一方で原油価格の下落要因も存在するため、上昇圧力は相殺されるだろう。一つは米シェールオイルの増産だ。原油価格は既に多くのシェールオイルの採算に見合う水準まで上昇しており、原油生産量の先行指標となるリグ稼働数は増加を続けている。今後もシェールの増産が続くことが原油需給改善の妨げとなる。
また、トランプ政権が推し進める保護主義的な動きも下落圧力になる。貿易戦争のような事態に発展する可能性は低いものの、米政権は中間選挙を控えて保護主義の矛を降ろしそうにない。世界経済の下振れリスクとして警戒され、原油価格にはマイナスに働くことになる。
原油価格が現状程度で高止まりとなる場合、米長期金利は原油価格によって下支えされることになる。原油価格の高止まりが米金利の下地となることで、米経済の加速が米金利上昇に繋がりやすくなる。その際には米経済に対する安心感が米株安を抑制し、円安ドル高・日本株高に繋がる可能性が高い。
ただし、最近、原油価格の急騰リスクが高まっている点には注意が必要だ。トランプ政権はイラン核合意継続の是非を今月12日までに判断するとしている。もし、イランへの制裁が復活する事態となれば、同国は輸出が困難になり、原油生産量が50万~100万バレル減少する可能性がある。
また、米国は独裁色を強めるベネズエラに対して既に制裁を課しているが、今後石油産業へ制裁を拡大する可能性がある。同国は経済の混乱から原油生産量が減少し続けているが、米国の制裁が石油産業に及べば、大幅な減少が避けられなくなる。
イランやベネズエラの原油生産量が急減する場合、原油価格の急騰が起き、既述の通り世界経済への悪影響の懸念から円高・株安が発生しかねない。OPEC等が減産規模を大幅に縮小すれば相殺することが可能だが、サウジは「1バレル80-100ドルを目指している」との報道もあり、楽観はできない。
日銀金融政策(4月):物価2%の達成時期を削除
●(日銀)現状維持
日銀は4月26日~27日に開催された金融政策決定会合において金融政策を維持した(片岡審議委員のみ今回も反対を表明)。長短金利操作(マイナス金利▲0.1%、10年国債利回りゼロ%程度)、資産買入れ方針(長期国債買入れメド年間80兆円増、ETF買入れ年間6兆円増など)ともに変更はなかった。
会合終了後に公表された展望レポートでは、景気の総括判断を前回同様、「緩やかに拡大している」に据え置いたほか、個別項目にも変更は無かった。先行きの見通しについても、従来同様、経済が緩やかな拡大を続け、物価上昇率が2%に向けて上昇していくとのシナリオが維持されたが、前回まで「2019年度頃」とされていた2%達成時期の表記が削除された。
2017~19年度の政策委員の大勢見通し(中央値)では、実質GDP成長率がやや上方修正された。物価上昇率は概ね前回同様であり、2019年度1.8%も維持された。今回から公表された2020年度の物価についても1.8%と、2%付近が維持される見通しとなっている。ただし、物価見通しでは、中央値こそ維持されたものの、回答の分布は前回から下方シフトしている。年初からの円高等により、政策委員の中でも物価見通しが下ブレしていることがうかがわれる。
3月に就任し、今回が初の会合となった若田部副総裁の動向が注目されたが、現行金融政策に賛成したうえ、経済・物価見通しも極端なシナリオは示さなかった模様。副総裁指名前には追加緩和を提唱していたが、とりあえず、日銀内の足並みの乱れを回避し、様子見姿勢をとったとみられる。
会合後の総裁会見では、物価2%達成時期が削除された理由について質問が集中した。黒田総裁は、「あくまで達成される時期の見通しとして示してきたが、市場の一部に「達成時期」と捉えたうえで、その変化を政策変更に結びつける見方が根強く残っている」ため、「政策スタンスが誤解される恐れがあるため、今回から文言を削除した」と繰り返し説明。2%の目標が中長期目標化したのかとの問いに対しては、これを明確に否定し、「「出きるだけ早期に実現」という目標は変わっていない」と強調した。最も警戒している下振れリスクとしては、保護主義の影響、米国の予想以上の金融引き締めとともに、国内固有のリスクとして「デフレマインドがなくならない可能性」を挙げ、中長期の予想物価上昇率が殆ど動いていない点を指摘した。
今回、2%の達成時期の表記が削除された理由としては、黒田総裁が言うとおり、過去に物価目標の達成時期後ろ倒しが一部で追加緩和観測に繋がり、市場のかく乱要因になってきた経緯があり、今後はこれを防止したかったということに加えて、(1)達成時期は既に6度も後ろ倒しされており、実質的に形骸化、「期待に働きかける効果」が見込めないこと、(2)今後もさらなる後ろ倒しが見込まれ、かえって日銀の信認低下に繋がりかねないこと、(3)最近はドル高圧力が高まっており、達成時期を削除しても(追加緩和の可能性低下と捉えられて)円買いが進む可能性が低かったことがあると推測される。これまでの極端に楽観的な「19年度2%」シナリオを曖昧化する現実路線へのシフトと言え、市場との対話が従来より円滑化される(噛み合うようになる)効果が見込まれる。
今後の金融政策については、物価目標の達成が見通せない状況が続くため、長期にわたり現行緩和の維持が続くと予想している。なお、現行の枠組みのなかで副作用を抑制するために日銀はいずれ小幅な金利上昇を促す調整を行うとの見立てに変更はないが、年初からの円高進行によって実施のハードルは上がった。今年度内は金利上昇を許容しないだろう。ETF買入れについても減額に踏み切りにくくなり、しばらく現状維持を続けざるを得ない。
金融市場(4月)の振り返りと当面の予想
●10年国債利回り
4月の動き 月初0.0%台前半でスタートし、月末は0.0%台後半に。
月初から、米中貿易摩擦への懸念やこれを受けた日銀オペ減額困難との見方から金利が低迷、順調な入札もあり、中旬にかけて0.0%台前半での推移が継続した。その後、日米首脳会談の無難な通過に伴うリスク選好の動きや、原油価格上昇等に伴う米金利上昇を受けて、20日に0.0%台後半へと上昇。月末には、米金利の上昇一服を受けて0.0%台半ばへとやや低下した。
当面の予想
日銀が先月末の決定会合において、2%達成時期を削除したことを受けて金融緩和の長期化観測が強まった一方、米金利が上昇したことで強弱感が拮抗し、足元も0.0%台半ばで推移している。今後も米金利の上振れが予想され、本邦長期金利の上昇圧力になるが、日銀の緩和長期化観測が上昇を抑制しそうだ。一方、日銀の2%達成時期削除もあって追加緩和観測は高まりようがなくなっているため、金利低下余地も乏しい。当面は0.0%台半ば前後での推移が予想される。
●ドル円レート
4月の動き 月初106円台前半でスタートし、月末は109円台前半に。 月初、米中貿易摩擦への懸念が続くなか、低調な米経済指標もあり、3日に一旦105円台を付けたが、実需の円売りや米中貿易摩擦への懸念後退を受けてドルが買われ、6日に107円台前半を回復。その後は、シリア情勢や日米首脳会談への警戒から一時円が強含む場面もあったが、107円前後での一進一退の推移が継続。下旬には、原油価格上昇やリスク選好、良好な米経済指標公表に伴う米金利上昇を受けてドルが買われ、24日には108円台後半、さらに翌25日には109円台前半に上昇。月末も109円台前半で終了した。
当面の予想
今月に入り、ユーロドルの弱含みによってドル高の色彩が強まり、足元は109円台後半に上昇している。3月の米物価統計で物価上昇加速が示され、米国の順調な利上げ継続が意識されやすい地合いに。米経済指標も総じて堅調な内容が予想され、ドル高圧力が高い状況が当面続きそうだ。一旦110円台を目指す展開が予想される。また、3日から行われる米中の通商協議において貿易摩擦緩和の兆しが出たり、武田薬品工業によるアイルランドの製薬大手シャイアーの買収(多額の円売りを伴う)が決まったりすれば、さらなる上振れも。一方、12日の米国によるイラン核合意の継続判断は要注意。破棄となれば、リスク回避的に円高が進む可能性が高い。
●ユーロドルレート
4月の動き 月初1.23ドル台前半からスタートし、月末は1.20ドル台後半に。 月初、1.23ドル台でスタートした後、米中貿易摩擦への警戒がやや緩和し、4日に1.22ドル台後半へに下落。その後、ECBの年次報告書でドラギ総裁がユーロ圏の先行きに強気の見方を示したことで、9日に1.23ドルを回復。以降はしばらく1.23ドル台での膠着した推移が続いたが、米金利上昇を受けてドル高の色彩が強まり、23日には1.22ドル台前半に。さらに、26日にはECB理事会を受けて、ECBの量的緩和縮小の議論が先送りされるとの観測からユーロ売りが入り、1.21ドル台前半に下落。ドイツの低調な経済指標を受けて月末は1.20ドル台後半で終了。
当面の予想
今月に入り、ドイツの経済指標悪化を受けてユーロがさらに売られ、足元は1.20ドル付近で推移している。最近ユーロ圏の経済指標に弱いものが増えていることもあり、ECBの量的緩和縮小決定は7月に後ずれしそうだ。しばらくは緩和縮小を手掛かりとしたユーロ買いも入りづらい。一方、既述のとおりドル高圧力が高い状況が続きそうであるため、ユーロドルは当面弱含みの展開が予想される。ユーロ圏の経済指標悪化は一時的であり、いずれユーロドルは切り返すとみているが、まだしばらく時間がかかりそうだ。
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上野剛志(うえのつよし)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 シニアエコノミスト
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