このところウォール街の市場関係者の間で「日銀の政策変更」を見込む声が広がっている。そもそもウォール街で日銀が話題に上ること自体珍しいのであるが、マーケットでにわかに「日銀の政策変更」観測が浮上したことで、良くも悪くも関心を集めることとなった。そこで今回は週明け30日、31日に開催される日銀の政策決定会合の注目ポイントについてリポートしたい。

日本はこのままでは「デフレ」に逆戻り?

まず、政策決定会合で注目されるのは「YCC(イールド・カーブ・コントロール)」を柔軟化するのかどうかである。今回の会合でいきなり柔軟化するとは考えづらいが、転換点を迎えていることは確かなようで「将来的な柔軟化」へ向けての議論が進む可能性がある。

その背景にはYCCの副作用、すなわち「円高がインフレ目標の達成を困難にしている」との懸念がある。たとえば、米保護貿易主義をきっかけとする世界的な貿易戦争の「リスク」は依然としてくすぶり続けているが、こうした「リスク」が高まった場合、為替市場では非常に高い確率で円高となる傾向にある。その一因として考えられるのがYCCだ。

一般的に上記のような「リスク」が高まると、リスク資産から安全資産へと資金がシフトする。たとえば、株が売られて債券が買われるといった現象だ。その結果、金利は低下するはずであるが、日本はYCCにより短期金利はマイナスで長期金利はゼロに誘導されており、ドル金利に比べると円金利の「低下余地」が少なくなっている。つまり、世界的な貿易戦争等の「リスク」が発生すると、ドル金利に比べて円金利の下げ余地が小さいことから相対的に円高(ドル安)へ振れると考えられるのだ。そして、このメカニズムを生み出しているのがYCCなのである。一部メディア等で上記「リスク」が発生すると、リスク回避の円高と報じられることもあるが、実際には必ずしも円が安全資産とみなされているわけではない。安全資産はあくまで国債であり、円が買われるのはドル金利に対して円金利の相対的な下げ余地が小さいからなのだ。

それでなくとも、円高は物価を押し下げる要因となることから、日銀にとってもこの「YCCの副作用」は軽視できない。事実、日銀が2%の物価目標を掲げて5年以上が経過しているが、一向に達成できる気配は見られない。6月のCPI(消費者物価指数)は基調的な動きを示す食品とエネルギーを除いたコア指数で前年同月比0.2%とゼロ近辺にある。3月の0.5%から3カ月連続の低下となっており、このままではデフレに逆戻りしないとも限らない。

米金利上昇でもドル高にならない?

2016年12月以降、FRBは6回の利上げを実施し計1.50%の金利を引き上げている。だが、ドル円を見ると当時の117円台から7月25日現在で111円前後を推移しており、米金利が大きく上昇しているにもかかわらず、円安どころか円高になっている。また、FRBが10年ぶりに利上げを開始した2015年12月のドル円は123円台であり、中長期的に見ても円高傾向にあることは明白だ。

このようにFRBの利上げにより、米金利が上昇しているにも関わらず逆行する形で円高(ドル安)が進んでおり、その影響もあって日本の物価が上がらない。米金利上昇に逆行する円高の原因としてYCCの弊害が指摘されることも「YCCに柔軟性を持たせるべき」との議論を強める一因と見られている。

「円金利の上昇」が円安を招く?

YCCの弊害は円高だけではない。金融機関の収益を圧迫する一因としても作用している。短期で資金を調達し長期で貸し出すのが銀行のビジネスモデルであるが、長期金利がゼロでは収益を上げることは困難だ。

また、日銀の国債の買い入れにも物理的な限界が見え始めている。発行済み国債の40%以上を日銀が保有しており、その比率は上昇を続けている。買い余地が乏しくなっていることは明らかで、日銀は国債の購入目処を年間80兆円としながらも、実際には半分程度しか購入していない。YCCの柔軟化により国債の購入額をさらに減額できる可能性が広がることも政策転換を後押しする要因と考えられる。

さらに、日銀のETF(上場型投資信託)保有はETF市場の75%を占めており、上場企業の約4割で上位10位以内の「大株主」となっている。政策決定会合では日経平均連動型のETFからTOPIX連動型のETFにシフトすることでこうした弊害を緩和することを目指す可能性も指摘されている。こうした動きは将来的にETF購入にも柔軟性を持たせるのではないかとの思惑を呼ぶことになりそうだ。

YCCの柔軟化は円金利の上昇を招き、短期的には円高を演出する可能性もある。しかし、米金利が上昇してもドル高にならず、むしろ円高を招いたこれまでの経緯を踏まえると「円金利の上昇が結果的に中長期的な円安を招く」(ウォール街の市場関係者)ことも考えられ、日銀の狙いもそこにあるのかもしれない。(NY在住ジャーナリスト スーザン・グリーン)