要旨
○米トランプ政権は自国の貿易赤字を縮小させることなどを狙いに保護主義色の強い通商政策をとっている。そのような状況下で、中国との貿易摩擦は激化の一途を辿り、7月6日には米中双方が制裁を発動するなど、貿易戦争に発展している。
○このようなグローバルな不確実性の高まりが日本の輸出などにどのような影響を与えるかについて、グローバル経済政策不確実性指数、世界貿易量(実質輸入)、実質実効為替レート、世界株価指数、日本の実質輸出の5変数によるVARモデルを用いて確認した。その結果、グローバルな不確実性の高まりは円高進行、株価下落、世界貿易量の減少、日本の輸出の押し下げ要因になることが分かった。
○あわせて、為替の変動(価格弾力性)や世界貿易量の増減(所得弾力性)が日本の輸出にどの程度影響を与えるかを輸出関数を用いて確認した。その結果、日本の輸出は、為替の影響を受けにくくなっている一方で、所得弾力性は趨勢的に上昇しており、世界経済に大きく左右されることが分かった。
○米国の保護主義色の強い通商政策による不確実性の高まりや米中貿易戦争の激化による海外経済の成長鈍化は世界貿易量の減少につながり、日本の輸出が大きく停滞しかねない。足元で続く日本経済の回復は輸出を起点としているだけに、米中貿易戦争は対岸の火事とは言えず、世界貿易を取り巻く不確実性の高まりには一層の注意が必要となる。
世界貿易を取り巻く環境に暗雲が立ち込める
7月6日に米トランプ政権は中国からの輸入品340億ドル相当に25%の追加関税を発動し、直後に中国も同規模の報復関税を導入したことによって、米中貿易戦争の火蓋が切って落とされた。その後もトランプ大統領は2000億ドル(約22兆円)相当の制裁リストを発表するなど、未だ事態の収束には至っておらず、世界貿易を取り巻く環境には暗雲が立ち込めている。本稿では、このようなグローバルな不確実性の高まりがわが国の輸出に与える影響について考えていきたい。
不確実性の高まりにより経済やマーケットに起きる変化として①為替レートのボラティリティの高まり、②設備投資の手控えなど企業活動の萎縮による世界貿易量の減少、③世界的な株価の下落、などが考えられる。特に①②の変化に関しては直接的に日本の輸出の下押し要因になるとみられる。①については、不確実性が高まるとマーケットにおいて安全資産とされる円が買われやすくなり、円高が進行することで輸出の下押し圧力になる。②については、先行研究において不確実性の高まりは設備投資を制約するという結論が概ね支持されており1、企業が設備投資を手控えることによって、日本からの資本財を中心とした輸出が減少することになる。③については①、②ほど直接的ではないが、例えば、不確実性の高まりにより投資家がリスクオフの動きを強めた結果、株価が下落し、逆資産効果などを通じて内需が減退することで貿易量も減少するといった経路で、日本の輸出の減少要因となる可能性がある。
不確実性の高まりは輸出の減少要因に
以上のように不確実性の高まりは世界貿易量、為替、株価等にネガティブな影響を与えるとともに、日本の輸出を減少させると推測される。このような考え方が正しいか、グローバル経済政策不確実性指数、世界貿易量(実質輸入)、実質実効為替レート、世界株価指数、日本の実質輸出を用いた5変数VARを作成した上で、インパルス応答関数により確認した。その結果、不確実性指数から世界貿易量、世界株価、日本の輸出については有意に負の影響がみられた一方で、不確実性指数から実質実効為替レートには有意に正の影響がみられた(実質実効為替レートは上昇すれば円高、低下すれば円安を示す)(資料1)。また、不確実性指数以外の変数が日本の輸出に与える影響について確認したところ、世界貿易量、世界株価から日本の輸出に正の影響、実質実効為替レートから日本の輸出には負の影響を与えることが分かった。つまり、不確実性の高まりは、株価の下落や円高進行、世界貿易量の鈍化といった変化をもたらし、日本の輸出を減少させるということである。
価格要因の影響力<所得要因の影響力
では、不確実性が世界貿易量の減少、円高をもたらすことが分かったうえで、為替の変動や世界貿易量の増減は輸出数量にどの程度影響を与えるのかを輸出関数を推計して確認してみたい。推計式は以下の通りである(資料2)
この推計式を使ってローリング回帰分析を行い輸出の価格弾性値(実質実効為替レートが1%変化したときに輸出が何%変化するかを表す)と所得弾性値(世界貿易量が1%変化したときに輸出が何%変化するかを表す)の変化をみてみる(資料3)。価格弾性値をみてみると2010年時点では実質実効為替レートベースで1%の円高に対して▲0.27%輸出が減少したものの、2017年には減少幅は▲0.17%に限られている。
日本の輸出が為替変動の影響を受けにくくなった理由としては、日本企業が生産を現地で行う海外生産比率が高まったこと(資料4)や製品の付加価値が高まったこと(資料5)で価格競争力がつき、円高局面でも数量を減らす必要がなくなったことなどが考えられる。一方、所得弾性値は、2010年は1.58%だったものが2017年には1.82%になっている。これは1%世界貿易量が増えると輸出は1.82%伸びるということである。日本の輸出は為替の変動には鈍感になっているが、世界貿易量に対しては敏感になっているといえる。つまり、不確実性の高まりにより円高が進行したとしても輸出の減少は限定的であるが、世界貿易量が減少すると輸出は大きく落ち込む可能性がある。
日本の輸出は世界経済次第
以上のように、日本の輸出は世界貿易量の増減に大きく影響を受けることが分かった。世界貿易量は言い換えれば世界の需要の大きさである。つまり、輸出の増減は世界経済の好不調に大きく左右されるということであり、所得弾性値の推移から読み取れるように、その影響度は大きくなっている。
米国の保護主義色の強い通商政策により不確実性が高まり世界貿易量が減少することで日本の輸出にも悪影響がでる。また、米中間でおきている貿易戦争が激化し、両国の経済成長率を押し下げた場合には、それが世界貿易量の減少にも繋がり、日本の輸出が大きく停滞しかねない。今のところ米中貿易戦争による悪影響は日本の輸出にはみられないが、6月12、13日の米連邦公開市場委員会(FOMC)会合の議事録には「貿易政策の不確実性により、幾つかの設備投資計画は縮小もしくは延期された」と記されており、不確実性による悪影響は顕在化しつつあるとみられる。足元で続く日本経済の改善は輸出を起点としてきただけに、米中貿易戦争は対岸の火事とは言えず、世界貿易を取り巻く不確実性の高まりにはより一層注意していく必要がある。
<参考文献>
日本銀行(2016)『経済・物価情勢の展望(2016年10月)』
Robert Krol(2018),“Does Uncertainty over Economic Policy Harm Trade, Foreign Investment, and Prosperity?”
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
エコノミスト 伊藤 佑隼