シンカー: リーマンショック後、グローバルに経済成長率が低迷し、長期停滞論とグローバルデフレ論が広がった。貯蓄と投資のバランスが崩れ、完全雇用をもたらす均衡金利が著しく低下し、金融緩和策による景気刺激の効果が減じてしまったということが議論の一部だった。しかし、財政政策が緊縮から緩和に転じたことにより、貯蓄と投資(政府支出を含む)のバランスは部分的に修復され、グローバルに景気は持ち直した。一方、グローバルに生産性が低下してしまったことが均衡金利が低下した理由であるという部分にはまだ答えが出ていない。生産性が上昇していかなければ、財政政策などの需要側の力による貯蓄と投資のバランスの修復は、いずれインフレの問題につながる。これまで企業の投資行動が消極的であったことにより、生産性の上昇がまだ弱く、グローバルにインフレの問題が懸念され始めた。特に、インフレと経常赤字で他国の貯蓄に依存する体質を持っている新興国経済に負担がかかり始めているようだ。IT関連を中心とした産業革命が進行する中で、企業の投資行動は積極化し始めており、生産性の上昇が強くなれば、グローバル経済は安定に向かう可能性がある。一方、生産性の低迷が続けば、いずれ先進国でもインフレの問題が大きくなるリスクとなろう

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

最新のSGグローバル・レポートと要約

●米国経済(8/21):ジャクソンホール…パウエル講演は無風で通過へ

週始まるジャクソンホール会議(カンザスシティ連銀主催の年次経済シンポジウム)では、FRBのパウエル議長が24日(金曜)に、バランスシートや金利パス予測について論じると市場ではささやかれている。だが弊社は、パウエル氏がこうしたトピックスで新しい領域に踏み込むとは見込んでいない(水曜日に発表されるFOMC議事要旨に、新しい情報が盛り込まれている可能性がある)。ではパウエル氏は、正確には何について議論するだろう。カンザスシティ連銀は先週金曜日に、議論されるトピックスについて追加情報を提供した。(本文中で示す)以下の3点すべてに、パウエル議長は講演で言及する可能性がある。

●トルコ情勢(8/21):トルコ ? Q&A とUSD/TRY 8.0への道

弊社はトルコ問題に関する主要なポイントをQ&A形式でまとめ、さらにこれからどう発展していくかを最新のUSD/TRY相場予想とともに述べる。

トルコの資産価格の悪化はをもたらした要因は、: 過度に緩和的な金融政策。市場参加者が、トルコ中銀(CBRT)が独立性、信頼性を欠いていると受け取っていること。財政の悪化。経常赤字の拡大と、それが短期債務によって賄われていること。さらに、東方向への政治シフトだ。

弊社の最新のシナリオでは、トルコは金融危機の瀬戸際に向かって重い足取りで歩んでいる。もはや、CBRT(トルコ中央銀行)が9月13日に行われる政策会合までに利上げを行うようには見えない。トルコとアメリカの外交関係は悪化している一方で、トルコの政治家たちは金融市場の安定のための応急的な措置をとるのみで、マクロ的な視点から経済の不均衡を解決しようとはしていない。弊社は、トルコの我慢の限界を超え、戦略的な目標のいくつかについて妥協を迫られるまで、USD/TRYは最大で8.0に達する可能性もあると見ている。

●ギリシャ経済・債券(8/17):プログラムは終わっても、トンネル抜けたわけではない

8年にわたる長い月日を経済の建て直しに費やしの後、ギリシャはついに3つ目のプログラムを終えようとしている。ギリシャ政府は新たな(軽度の)経済プログラムを拒絶し、来る数年のうちは今まで援助を行ってきた国際機関などによる厳しいモニタリングと制限の対象になるだろう。 プログラムからの離脱すると、今後、格付け会社の1つでもギリシャ国債に投資適格格付けを与えなければ、ギリシャ国債はECBのレポオペレーション、QE、そして再投資の対象から除外されることになる。

底堅い経済の回復と、資金供給側のストレスが抑えられていることから、重大な外的ショックがなければ短中期的な経済見通しは明るいように見える。 格付け会社はギリシャは2022年を通して十分に資金の裏づけがあり、政府債務への実効利率が2%以下であると見込んでいる。-> これは投資家たちにとっては低クレジットリスクと映るかもしれない。 この先数年のうちに、大規模な景気後退は別として、ギリシャがデフォルトに陥る可能性は低いだろうが、格上げのペースは非常にゆっくりとしたものだろう。ギリシャ政府は投資家がギリシャ国債を再評価し、スプレッドが縮小することで、格付け会社に格上げへの圧力となることを望んでいる(このようなケースはポルトガルで起こった)。

PDMAはギリシャ国債の流動性が規則的な発行を通じて改善されることを望んでいる。我々は年末までに新規債の発行があると見ている。今日のギリシャ国債の流動性を考えると、新規債の発行が適正価格でギリシャ国債へのエクスポージャーを得る唯一の道だろう。 リスク回避はギリシャ国債にとって諸刃の刃だ。世界的なリスク回避の動きが起これば、ギリシャ国債がBTPをアンダーパフォームすることにつながるかもしれない。反対に、イタリア国内でのローカルなショックが起こればギリシャ国債はBTPをアウトパフォームする可能性もある。 ->弊社は、世界的なリスク回避の動きがこの先数年抑えられ、イタリア危機が国内にとどまると考える投資家には、 ギリシャ国債は価値があると見ている。

●英国経済(8/17):ブレグジット交渉…従来と同じく合意の公算大

英国のEU離脱(ブレグジット)に先立つ、それに関する交渉は終局が近づきつつある。離脱協定の完成期限として想定されているのは10月の欧州首脳会議前だ。だが弊社は、それまでの交渉妥結を疑問視しており、12月の首脳会議前となる可能性の方が高いとみている。英国とEUとの交渉は妥結するとみられるが、英国議会がそれを否決することが、大きなリスクとなっている。そうなれば(否決されるなら)、メイ首相は保守党党首の座を追われるだろう。その場合、現時点で最有力の後継候補はボリス・ジョンソン氏とみられる。また英国はWTOルールの下で貿易を行うことになり、英国経済には不確実性ショックが発生する。弊社は、新党首は早期総選挙には消極的となり、EU離脱の余波に耐える方を選ぶと考えている。また、英国とEUが合意してそれが承認される可能性は80%とみている。なお、国民投票を再度実施することが、EU残留派の空想に過ぎないことは今も変わらない。

現在はソフト・ブレグジットの可能性が58%と最も高く、ハード・ブレグジット(24%)がそれに続くとみられる。だが「WTOのルールに従うことになるブレグジット」、言い換えると(険しい崖/クリフエッジから飛び降るように、全く取決め無しでEUを離脱する)「クリフエッジ・ブレグジット」の可能性も18%あるとみられ、これは懸念に値する高い水準といえる。

●イタリア経済・債券(8/15):イタリア2019年度予算: 決断のときは迫っている

イタリア政府は正式に2019年度予算について審議を始めた。多少の詳細は明らかになってきているが、いまだ確実なことは分からない。重要なのは、政府が異なる2つのアプローチの方法で割れていることだ。財務相側は、財政拡大とコスト削減を半々にして、公約を徐々に実現していくことを目指している一方、同盟と5つ星のリーダーは限定的なコストカットと迅速な政策の実施を求めている。

どちらの方法をとるかによって、2019年度の財政赤字額は変わってくるだろうが、以前のGDPの0.8%目標と比較して、GDPの2%か3%に近い値になることが予想される。後者の方法がとられることになれば、EUとの対立につながり、市場の緊張も高まるだろう。政権がわずかな差で両院の過半数を確保していることを考慮すれば、漸進的な方法をとる場合でもそうだが、特に同盟と5つ星のリーダーが唱えている方策での予算の採択はきわどいといえる。

そのため、弊社は今年度末までに連立政権が瓦解することを基本的な見通しにとどめている。だが、新たな選挙が避けられる可能性はまだ残っている。大統領は、交渉の場を設け、新たな連立政権を立てる方法を模索するだろう。われわれは新たな連立政権のケースとして、5つ星と民主党が手を組むというのが、長続きするかどうかは別として、一番政治的には達成しやすいと見ている。そして万が一、新たに選挙が行われるとすれば、最短で2019年春だろう。

●ロシア経済(8/10):VAT引上げ…インフレへの影響を政府は過大視

ロシア国家院では7月24日に、付加価値税(VAT)を18%から20%に引上げるという法案が通過した。この結果ロシア財政政策は新局面に入る。経済発展を目指す政府の戦略的計画によると、VAT引上げで2019-24年に3.6兆ルーブル以上がもたらされ、プーチン大統領の ‘NEW MAY DECREES' (国家目標を定めた一連の法令)にも資金が供給される。だが見込まれる結果の中でCBR(ロシア中央銀行)が既に、インフレ加速と経済成長減速に注目している。

弊社は、CBR(ロシア中央銀行)と経済発展省が、(VAT引上げによる)インフレへの影響を過大評価していると考えている(彼らは1.0-1.3PPのインフレ率上昇を見込む)。弊社は、家計は依然として消費拡大の余力が乏しく、物価上昇に大きく左右されるとみている。このため生産者は、市場シェアを維持するために、税負担を(消費者と)共有することが必要になるだろう。ROSSTAT (国家統計局)と税務当局が提供する財政データによると、VAT引上げを完全に転嫁する必要がある生産者は狭い範囲に限られる。2019年中のCPI上昇率押上げ効果は、0.7PPに留まると弊社はみている。

●中東欧経済(8/09):需要は強いが、生産能力が制約要因に

弊社は月次の経済指標を基に、中東欧各国の、2018年第2四半期(Q2)と2018年通年のGDP予測を変更する。2018年通年のGDP成長率の弊社予測を、ポーランドは従来の4.2%から4.8%、ハンガリーは3.7%から4.1%に、それぞれ上方修正する。チェコは、同じく3.8%から3.0%に下方修正する。その後2019年からは経済活動が弱まると弊社では見込んでいる。中東欧各国には共通した下方リスク要因が残る。労働市場の問題、生産コストの上昇、そして設備稼働率が非常に高いことだ。

●中国経済(8/07):住宅投資の力強さを解明する

今年の中国では、不動産投資が驚くほど力強い。弊社が分析したところ、1級都市以外での投資が引続きこれをけん引している。また構造的な需要だけでは説明しきれない。比較的小規模の都市での住宅需要は、政府による低質住宅地域の再開発スキームや、住宅バブル抑制策で拍車がかかった面もある。政策当局が住宅バブル抑制や再開発スキームをもう一度調整すると決意している中で、2019年には不動産投資が沈静化すると弊社は見込んでいる。

●グローバルストラテジー(8/20): 中国の急速な通貨下落、今やFRBの引き締めにも勝る不安定要因か?

多くの識者たちは、しばらく前から、トルコはマクロ的なアクシデントが起きるのを待っているのではないかと考えてきた。しかし、重要なカギを握るのは、トルコ特有のマクロ問題ではない。新興国市場で次々に明らかになっている危機は、米連邦準備制度理事会(FRB)の金融引き締めと強いドルがもたらした直接的な結果である。FRBはいつも、最終的に何かが壊れるまで利上げを継続する。だが、今回のFRBの引き締め作戦を頓挫させるには、トルコの破綻だけでは不十分だろう。急速な成長鈍化と貿易摩擦の激化に直面する中国の通貨価値下落の意味は果たして?それもまた、世界の金融市場から流動性を吸収する役割を果たしているのだろうか?

●債券市場(8/17):新指標金利SOFR - 幸先の良いスタート

4月初めに担保付き翌日物資金調達金利(SOFR=SECURED OVERNIGHT FINANCING RATE)の公表が開始されて以降、SOFR先物の上場や、SOFRスワップ中央決済システムの第3四半期導入の発表、そして最近ではSOFRにリンクした変動利付債の登場など、いくつか注目すべき動きがあった。この新たな指標金利をより詳しく分析し、他の短期金利と比較したSOFRの特徴などを見ていきたい。4月に公表がスタートして以来、SOFRは総じてフェデラルファンド(FF)金利の実効水準を上回ってきたが、常にそうであるとは限らない。SOFRと実効FFレートのヒストリカル・スプレッドを調べ、過去数年間のSOFRのトレーディング状況と主要変動要因について考察する。

5月にSOFR先物が上場されて以降、その売買高および建玉は着実に増加してきた。先物取引は幸先の良いスタートを切ったが、現在のFF金利先物やユーロドル金利先物と同様、より幅広く利用される上場商品として受け入れられるまでには長い道のりが待ち受けている。 新指標金利への移行は、代替参照金利委員会(ARRC)が策定した移行計画のスケジュールよりも速いペースで進んでいるように見える。シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)と清算機関のLCHクリアネットは、第3四半期にSOFRスワップの決済業務を開始する方針を発表したが、それぞれ異なるアプローチを採用する計画である。

SOFRにリンクした変動利付債の第1号案件が、米連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)によって発行された。他の発行体もこれに追随するのだろうか? ARRCが現物債やそれに関連する事務処理上の問題への取り組みを続けており、現物債の新指標金利への移行は緩やかなペースで進むとみられる。SOFRにリンクした最初のOTCスワップも、LCHクリアネットを通じて取引・決済された。これは試験的なトレードだったが、重要な第一歩である。 国際スワップ・デリバティブ協会(ISDA)は、ロンドン銀行間取引金利(LIBOR)の衰退や、最終的にLIBORが利用できなくなった場合のSOFRに対するスプレッド調整の決定方法について、市場参加者に意見を求めている。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司