「フラットな組織文化」が、競争力の源になる!

星野リゾート,星野佳路
(画像=The 21 online)

生産性が重視される昨今だが、「日本のサービス産業の生産性は低い」という声をよく聞く。しかし、画期的なサービスが話題を呼び、成長を続ける企業もある。国内外約40拠点で旅館やホテルを展開するリゾート運営会社・星野リゾートがその一例だ。同社ではトップの知らないところで社員自らがさまざまな企画を生み出し、ヒットさせ、それが組織の活性化、同社の競争力の高さにつながっている。そんな「社員が勝手に利益を作り出す」組織文化の秘密を、星野佳路代表にうかがった。(取材・構成=前田はるみ、写真撮影=長谷川博一)

「上司の指示」ではなく自由な発想で動く組織に

星野リゾートが運営するリゾート施設では、現場発のアイデアから生まれた人気企画がたくさんある。たとえば、奥入瀬渓流ホテルの「苔さんぽ」などは、代表の星野佳路氏は当初「なぜ雄大な渓流を背に、わざわざ苔を見るのか」と疑問に思ったそうだが、苔が大好きなスタッフ主導で実際にやってみると大人気のアクティビティに。「社員が自由にやりたいことに挑戦できるフラットな組織文化が、私たちの競争力の源泉」と語る星野氏に詳しくうかがった。

「私たちが大事にしているのは、言いたいことを、言いたい相手に、自由に言える環境であり、やりたいことに自由に挑戦できる環境です。つまり、それぞれが持てる力を百%発揮できる環境をつくることです。反対に、上司の指示が絶対だったり、自らの自由な発想や発言、行動が人事評価で不利益につながったりする環境では、自分の力を十分に発揮することができません。年齢や勤続年数、ポジションに関係なく、自ら発想して行動できる環境作りが私たちの目指すところ。その一環として、スキルを伸ばしたい人には『麓村塾(ろくそんじゅく)』という社内ビジネススクールで学ぶ機会を与え、マネジメント職に挑戦したい人のために立候補制度を設けています」

昨年4月から星野リゾートが運営を開始した旭川グラウンドホテル(今年4月から「OMO7旭川」としてリニューアルオープン)でも、フラットな組織文化の浸透が進んできたという。

「このホテルも以前は縦型組織で、上司の指示に従って仕事をする環境でしたが、星野リゾート社員を総支配人として送り込み、フラットな組織文化を浸透させてきた結果、スタッフによる自由な発言が増えている印象です。中堅の社員にはまだ遠慮が見られますが、フラットな文化に馴染みやすい若いスタッフは自由に活躍し始めていますね」

タテ型組織を象徴する「偉い人信号」とは?

従来のタテ型組織をフラットに変えていくのは並大抵ではないはずだ。フラットな組織文化を目指すうえで重要なことは何だろうか。

「フラットな組織文化とは、組織図が平らであるという意味ではなく、お互いの働き方がフラットだということです。そのためには普段から人間関係がフラットであることが求められます。これは制度を導入すれば達成できるものではなく、文化を変えていく必要があります。したがって、トップの覚悟とコミットメントが欠かせません」

フラットな組織文化を阻害する大きな要因は、「偉い人信号」と「情報量の差」だと星野氏は指摘する。

「上司のデスクだけ他のスタッフより大きかったり、〇〇部長や〇〇課長と役職名で呼んだりするのは、典型的な『偉い人信号』です。星野リゾートではお互いに役職で呼ぶことを禁止し、また役職に関わらず皆が同じデスクで仕事をしています。こうした『偉い人信号』を一つひとつ排除していくことが、フラットな組織文化をつくるための最初のステップです。加えて、マネジメント層も現場のスタッフも与えられる情報量を均一にすること。社内における情報量の差を限りなく少なくすることで、社員が正しく発想したり、説得力のある意見を言えたりします。これもフラットな組織文化を実現するための前提条件です」

挑戦する自由もあれば挑戦しない自由もある

フラットな組織文化では、誰もが自ら仕事を創造する働き方が当然なのかと思いがちだが、そういうわけではないという。意欲のある人が挑戦できる環境であると同時に、挑戦しない自由が認められていることも大事だと星野氏は話す。

「スタッフには任された仕事を全うする責任はありますが、それ以上のことを強制されるのはよくないと思っています。人によって持てる力も違えば、やる気も経験も興味の対象も違います。全員が自主的に仕事を創造できるかというと、それが得意ではない人もいます。皆に同じように創造性を発揮するよう求めることは、フラットな組織文化とは相容れません。

もちろん、優秀なスタッフには総支配人を目指して欲しいと思いますし、そのように働きかけたりもしますが、最後は本人の意思次第です。むしろ、会社の期待に応えなかったことが評価に結びつき、本人が『やりたくない』と言えなくなることのほうが問題です。個人の事情を無視して無理強いしても、長続きしません。結果、会社のためにも本人のためにもならないでしょう」

サービス業の生産性向上は休日の分散取得がカギ

最後に、いま政府が推し進める「働き方改革」についても聞いた。星野氏は、「サービス産業の生産性を高めるには、働き方改革よりも『休み方改革』が先決」と主張する。

「何年も前から提言し続けているのですが、サービス業の生産性を上げるうえでのボトルネックは、大型連休の一極集中だと私は思います。旅行需要がゴールデンウィークやシルバーウィークなどに集中するために、観光産業をはじめとするサービス産業全体が収益を上げられる時期が限られてしまい、生産性の低さにつながっています。

もし、大型連休を地域別に分散させ、需要を平準化できれば、今よりも長期間に渡って収益を上げることができ、生産性が格段に向上します。また、旅行者にとっても、交通渋滞や観光地の混雑が緩和され、旅行費用も下がり、快適な旅行が可能になり一石二鳥です。企業努力による生産性向上も大事ですが、休日の分散取得など国レベルでの取り組みをぜひ期待したいところです」

【コラム】「年功序列」がキャリアの自由を奪う!?

星野リゾートでは、ユニットディレクターや総支配人などの管理職は立候補によって決まる。やる気のある人がマネジメントに自由に挑戦できる仕組みが整えられているのである。一方で、マネジメントから降りることも自由だ。マネジメントを経験した人が、興味関心の変化や、個人や家庭の事情などでマネジメントから離れ、重責の伴わない現場に戻る選択も可能なのである。

このようにスタッフがライフステージに合わせて自由にキャリアを設計できるのは、年功序列によらない給与体系であることも理由の一つだと星野氏は話す。「年功序列の給与体系の場合、勤続年数が増えるにつれ給与が上がり、社員には給与分の貢献度を求めることになります。しかし、私たちのように仕事に見合った給料を支払う給与体系であれば、社員にキャリア選択の自由を与えることができます。給与制度は単に給料や評価ということでなく、どのような組織文化をつくっていきたいかとも密接に関連していると思います」

『トップも知らない星野リゾート』

トップも知らない「星野リゾート」
(画像=The 21 online)
前田はるみ著、『THE21』編集部編
PHP研究所/1,620円
代表である星野佳路氏も知らないところでスタッフが“勝手に”ヒットコンテンツを創り上げる……!?競争力の源である「フラットな組織」の秘密を、人気アクティビティが生まれた背景にある物語と共に解き明かす。『THE21』の好評連載「星野リゾートの現場力」(2016年1月号~17年7月号)に大幅加筆修正。

星野佳路(ほしの・よしはる)星野リゾート代表
1960年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。日本航空開発(現・JALホテルズ)に入社。シカゴにて2年間、新ホテルの開発業務に携わる。89年に帰国後、家業である㈱星野温泉に副社長として入社するも、6カ月で退職。シティバンクに転職し、リゾート企業の債権回収業務に携わったのち、91年、ふたたび㈱星野温泉(現・星野リゾート)へ入社、代表取締役社長に就任。(『The 21 online』2018年5月号より)

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