毎年7月に内閣府から経済財政白書が発表される。以前ほど注目されなくなり、エコノミスト達でさえ読まなくなったが、結構よいことが書かれている。今年度のポイントは、生産性上昇を導くイノベーションを分析している第3章にある。日本企業にありがちなICTを活かせない弱点はどこか。新しい知識・情報を獲得するフロンティアをどう発見するか。白書は啓蒙的な提言を行っている。

イノベーションの類型

 2017 年度の経済財政白書は、生産性上昇を実現するために技術革新に注目して執筆されている。特に第3章は「技術革新への対応とその影響」と題して、白書の目玉の内容となっている。その内容は、政府がイメージしているイノベーション戦略が投影されているので本稿で紹介してみたい。政府のイノベーション戦略は、おおむね賛同できるが、そこに限界を感じるところもある。限界については、本稿の後半で考察を示しておく。

 白書はまず経済学者シュンペーターに倣って、イノベーションを進める5つの類型を紹介している。

(1) R&D投資(研究開発投資)を行ってプロダクト・イノベーション(新製品開発)を行うことで、売上増・生産性上昇を得る。
(2) ICT(情報通信技術)化などによって生産方式を効率化し、コスト削減によって生産性を高めるプロセス・イノベーション。
(3) 潜在需要の大きな海外への対外直接投資(FDI)を行い新マーケットを開拓。
(4) 自社が貿易、FDIを行うことで、海外の新たな資源を獲得することで生産性向上。
(5) 技術の急速な変化に対応するための組織イノベーション。R&Dの意思決定の権限を下部組織に委譲、他社との協業でイノベーションの成果を高める。

という5つの軸で、日本(日本企業)を吟味している。

日本企業の弱点

 白書がイノベーションを考えるとき、国際比較を行って日本企業が弱みとしている部分を浮き彫りにしている。まず、プロダクト・イノベーションの点では、設立後2年以内のスタートアップ企業が日本の場合は10 年を経過しても、規模が小さいまま成長していない。アメリカ、ルクセンブルク、カナダ、ベルギーではスタートアップ企業が成熟企業よりも平均して7倍のスピードで雇用を増やしている。これは、日本でスタートアップ企業が支援を受けにくく、成長加速のためのコストが高い、インフラが不足するなどの制約があることが背景と考えられる。

 同様に、プロセス・イノベーションでは、ICT投資の効果を最大限に活かしにくい素地が日本企業にはあるという。例えば、イノベーティブなツールの代表としてクロウドが挙げられるが、導入後短期間で効果を上げるには、管理職が現場の人員構成や仕事内容を変える権限を有しているかに依存する。日本企業の分権度は調査対象12 カ国中、下から2番目だという。日本企業の組織体制がICTをうまく活かせていない背景と考えている。

 内閣府は、「IOT・ビックデータ、AI、ロボット、3Dプリンター、クラウド」のうちいずれかでも導入している企業は、2012~2015 年度にかけて生産性が有意に高まるとアンケート結果から確認し、さらに企業における意思決定の分権化の度合いを調べている。その結果、予想通り、分権化が進んでいる企業ほど上記の技術導入に積極的としている。これは逆からみれば、中央集権的で投資・支出の裁量を現地が決められない企業はテクノロジーの活用も消極的だと言っているに等しい。1990 年代から2000 年代にかけて大型不況が来るたびに支出の決定を中央集権化した企業が、その体制を平時に戻していないとすれば、イノベーションのチャンスを逸しやすいのだろう。その背景には、裁量を失った現場が技術導入のメリットを能動的に考える習慣をも同時に失っていくからだと理解できる。ICTに関する姿勢では、ICT専門の統括責任者がいて、そうした責任者の意見が経営方針に対して影響力を持っていることが有利になる。そうした専門知識を自前で調達できない企業は、大学・国の研究機関・ベンチャー企業と共同でR&Dを推進する方法もあると白書は加えている。

新しいフロンティアを獲得

 グローバル化は今も昔も白書が最も好むテーマである。今回のグローバル化は生産性上昇に寄与するという。アンケート調査に基づき、製造業ではFDIを行っている企業は4年後以降は生産性が高まっているとする。非製造業では、FDI開始後5年後時点で製造業よりも生産性の差が大きいとされる。海外に進出するということは、①海外市場における潜在需要獲得のほかに、②国内外の分業体制の強化や、③分業体制強化に伴って国内にR&D投資を集中させた結果、生産性が高まる効果がある。

 筆者が興味深いと感じているのは、外資系企業の分析である。これも昔から多くの人が指摘している国内企業よりも日本に進出している外資系企業の収益率などのパフォーマンスの高さである。外資系と言っても従業員の大半が日本人で占められていて、日本語でコミュニケーションをとっているにもかかわらず、なぜかパフォーマンスに大きな差が表れる。白書では、この背景について、「外資系企業の持ち株会社は、グローバルにビジネス展開する企業を傘下に持っており、そうした企業が有する最先端の技術や優れた経営・販売ノウハウが対日直接投資を通じて我が国の外資系企業に伝播している可能性がある」と仮説を立てている。

 海外には日本とは違った経営ノウハウがあり、外資系企業は暗黙のうちにそのノウハウを活用することができている。もちろん、日本流が優れている分野も沢山あるが、場合によっては海外の方が優れていることもある。海外展開のメリットとは、自分たちが知らない効率的な方法に企業が気付くということにあるだろう。そうした点は、経営ノウハウのフロンティアを広げる複次的効果と言える。

 日本に外資を導入するメリットは、雇用や投資を増やすことだけでなく、日本企業が外資系企業のノウハウに接点を多く持つことで同様にフロンティアを広げることが可能になることだろう。反面、外資系企業が進出、事業拡大を目指そうとすると、人材、規制・行政手続きなどで課題が多いとされる。

白書の限界

 筆者は、生産性について集中的に書籍を読み、自分なりに生産性を生み出すメカニズムを考え続けてきた。しかし、本流の経済学からはあまり有益なことを学ぶことができない印象が強い。どうしたら、イノベーションが高まり、生産性を向上できるのかという素朴な問いは未だに宙に浮いたままだ。

 その点、今年の白書には比較的好感が持てる。「現場にもっと権限を与えて新技術の活用を試してみろ。海外進出をすれば新しいことに気付くことができる。外資系企業をもっと国内に入れろ、もっと交流せよ」といった啓蒙的な提言はこれを読む企業経営者には響くと思う。白書の事例紹介では、ここ20 年間は音楽ソフトの売上高がCD等売上減少を主因に減少し、1996 年から2016 年にかけての売上減が半分強まで落ち込んでいるとする。その一方、音楽ライブの売上は2008 年頃から徐々に増加して、2013 年以降は年平均17%以上の上昇率で急増している。音楽業界は、インターネット配信により楽曲の入手が手軽になる代わりに、ライブ需要を新たにビジネスの受け皿に育てたと注目している。この事例も成熟化した市場で企業がどう生き抜くかのヒントを与えてくれる。

 筆者は、白書のイノベーション分析を全体として高く評価するが、生産性上昇を導くイノベーションが日本企業によってどう生み出されてきたのかという点に物足りなさを感じる。白書では、画期的な技術や経済活動の外側から与えられた所与の条件として扱われている。しかし、よく考えてみると自動運転やAI、ロボットは自動車・電気機械メーカーが巨大な研究開発資金を投じてきた結果でもあろう。他業界にも、もっと研究開発費を投じれば、他のテクノロジーで革新を生み出せるチャンスはあるのではないか。つまり、話題になっている分野以外にもチャンスが埋まっていることを示唆する啓蒙的分析があってもよい。

 確かに、IOT・ビックデータ、AI、ロボット、3Dプリンターは話題である。話題のテクノロジーを御社でも活用する努力をしてみませんか、という提言だけでは日本経済の全体的浮揚は限定的である。生産性上昇をうまく企業が導くためには、流行しているテクノロジー群を後追いするよりも、別の視点で新しい収益源を開拓する方法もあるはずだ。細かいことを言えば、すでに日本にはIOTに類似するシステムはある。IOTは、テクノロジーに訴求力のあるネーミングをしたところが話題づくりに一役買った面はある。3Dプリンターも随分と話題になったが、プラスチック製品を安価に量産するところにまだ壁がある。

 もしも、筆者が白書の担当者であったならば、日本企業の中で生産性上昇を導く独自技術を用いている事例をもっと積極的にピックアップして、気の効いたネーミングで紹介したことであろう。2020 年の東京五輪では、こうした新しいイノベーション群が日本経済の成長を引っ張っていくだろうと未来予想図を描いてみせることをしてみたい。経済財政白書は、数ある省庁の白書の中でも、女王的な存在感を持つ。せっかくの白書の提言は、より斬新で先見の明のあるものにしてほしい。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生