イノベーションを政策面でサポートしようとするときに、「見える化」がキーワードになる。まず、ミッションを設定して、必要とされる技術を特定する。そこから具体的な製品開発が進められる。こうしたプロセスでは、ビッグデータやAIが今後深く関わっていくだろう。

イノベーションの前提

 イノベーションによって、人口減少でも経済成長を継続できる社会をつくる、と言われる。しかし、そこでのイノベーションとは完全なブラックボックスであり、何をどうすればよいのかがわからない。たとえ、イノベーションの成果を列挙できたとしても、それは事後的な成果に過ぎない。事前に何を準備すれば、イノベーションの成果が出しやすいのかという関係性こそが知りたいところである。筆者もいくつかの文献に当たったが、学際的な研究までさらって調べてもしっくりこない。特に、政策論として技術革新を導くことに関してはフレームワークが確立されていない印象が強い。だから、例えば「第四次産業革命」と言われても、何かネーミングだけが上滑りしている話に聞こえる。本稿は、そうした自身の不満に応えるべく考察してみたものである。

 まず、技術進歩と言わずに、人々がイノベーションと呼んでいる理由から吟味したい。これは様々な技術進歩の中で、人々が画期的な成果を求めていることが、敢えてイノベーションと呼んでいる心理に潜んでいる。evolution ではなく、revolution の意味合いなのだろう。この差異は、何かがひっくり返るというニュアンスである。非線形的な成長の喚起という表現もできる。ある技術進歩が登場して、今まで叶わなかったニーズ(潜在需要)が一気に商業化されて、経済成長を牽引する。筆者は、イノベーションの前提として、潜在需要が何なのかが特定されなくては、事後的にイノベーションを導き出す働きかけができないと考える。研究者が有する無数の基礎研究の成果は、企業や政府が特定したミッション、潜在需要の実現を目指して、プロジェクトとして統合される。順序として、①ミッション(使命)→②技術という考え方になる(図表1)。

イノベーションの「見える化」
(画像=第一生命経済研究所)

 やや抽象論から議論を始めたので、具体的に踏み出してみたい。イノベーションの動機とは、社会に「月面に人間を送りたい」という願望が明確に共有されるから、月面にロケットを飛ばす計画が実現する。一方、人々が火星に人間が行っても仕方がないと考えれば、それを実現する技術の基礎があっても火星行きロケットは成立しない。ニーズを特定することが、技術進歩の秩序をつくる。

 さて、わが国で、多くの潜在需要が社会全体で特定されているだろうか。自動運転、自動通訳、無人工場、ドローン配送などなど。よく見かける話題をいくつか挙げることはできる。筆者はもっと欲張って、無人飲食店、医療対話システム、自宅発会議システム、大気汚染測定器などが欲しい。消費者がもっと社会にニーズを発信すると、誰かがそれをミッションに格上げして、イノベーションとして実現するだろう。イノベーションの革新性は、消費者のリクエストが飛躍した話であるほど、結果的に生み出されやすいと考える。供給者本位ではなく、需要者本位のニーズが革新性の前提とも言える。政策論で言えば、政府が、潜在需要を募って、その情報を公開(オープン化)することが、ミッションの「見える化」を促進する。

技術から製品開発へ

  筆者は、①ミッション→②技術に続いて、イノベーションの段階を、③製品開発→④実用化だと考えている(前掲図表1)。実用化とは、製品あるいはサービスとして企業が生産する「完成品」の供給を意味する。実用化の手前には、製品開発があり、技術を具体的に組織化するプロセスがある。

イノベーションの「見える化」
(画像=第一生命経済研究所)

 日本の研究開発費は、2015 年度18.9 兆円が総額である。このうち自然科学に使用した研究開発費が17.5 兆円で、それを分解すると、(1)基礎研究費2.5 兆円、(2)応用研究費3.8 兆円、(3)開発研究費11.2 兆円となる(図表2)。②技術に投じられる研究費は、基礎研究費+応用研究費であり、③製品開発のところで、開発研究費が使われる。日本の研究開発は、金額面では③製品開発に多くの資金が投じられている。日本企業は、基礎研究や応用研究よりも、開発研究に資金を集中する傾向が強く、自動車は特にその割合が高くなっている。

 技術開発に比べると、製品開発は、製品コンセプトの確立、設計、予算・人員管理、試作・試験など分業によって各チームが連携することになり、企業の組織的マネジメントが成否に大きな影響力を及ぼす。また、企業内で他のプロジェクトと競争して予算を多く得られれば、プロジェクトの進行は自由度が大きくなる。しばしば、ベンチャー企業がスポンサーを見つけて成長加速することが語られるが、それは技術が製品開発の段階になって、実用化の展開が開けてきてからの話になるのだろう。つまり、予算制約に直面している中小企業が有望な開発案件を持っているとき、その中小企業が資金調達を公募できる仕組みが普及していれば、イノベーションは加速しやすいということになる。本来、株式市場には有望なプロジェクトを有する企業が資金獲得に有利に働く機能を持っている。ただし、それはすでに上場している企業にとって有利であるということなので、まだ事業化に成功していない中小企業はメリットを受けにくい。政府が特別な支援枠を設けて、公的金融機関を通じてファイナンスの仕組みをつくることの合理性は、この点を補完することにあるだろう。

 なお、企業の研究開発費が業種別に自動車、電気機械、化学(含む医薬品)の3業種に集中する理由は、製品開発の必要資金が巨大化しているからだろう。自動車であれば、デザインや燃費に優れた新車投入をすれば、競争に打ち勝って巨大な利益を得られる。そこに、自動運転車といった次世代技術の競争が加わって、一段と大型化に拍車がかかり開発研究が金喰い虫となる。そう考えると、個社では費用を賄えなくなってきている点で、次世代技術の研究に政府予算が投じられることがイノベーションのために有益という評価ができる。

 以上のように考えると、中小企業やベンチャー企業も社外に対して、自社の開発案件を「見える化」して資金援助を得やすくなるだろうし、自動車・電気機械・化学でも次世代技術に関わる部分は「見える化」して政府の協力を得ることにメリットがある。もちろん、こうした情報公開は企業の自由であり、公開をしないで先行して事業化に漕ぎつける方がメリットが大きいと判断する企業は内部資金か非公募形式での資金調達をすればよい。

実用化の課題

 しばしばイノベーションを起こすために規制緩和が必要という声を聞く。それは、技術面や開発段階のことではなく、実用化を念頭に置いたものだろう。例えば、自動運転車は、ドライバーが負っていた責任をシステムに譲ることになる。責任や義務の範囲をどう変えるかは政府の判断を抜きにできない。すでにこの点は警察庁が検討を進めている。同様に、セグウェイなどのスマートモビリティの普及も、道路交通法が改正されて、専用レーンが整備される必要がある。政府の判断は、既存の秩序を変える上で極めて重大である。民間企業からすれば、規制緩和は税金がかからない点で最大限に優先して欲しいと思える。一方、政府は、秩序を変えることが社会的コストを増やすことを警戒する。自由に飛ばしたドローンが落下して交通システムの障害になったならば、規制強化をする方がよいと判断しがちになる。そうした点で、何もしないことが社会的コストを極小化するように錯覚する。そうしたバイアスを正すのは企業の声であろう。第四次産業革命がこれほど喧伝されると、実用化のメリットが共有されて、各種規制に働く現状維持のバイアスが壊れやすくなる。政策面では、「Society5.0」と呼ばれる世界観がどこまで各論で規制緩和に役立つのかがポイントになろう。政府が社会的コストの増大リスクを覚悟して、イノベーションのメリットを獲りに行くかにかかっている。

 実用化に近づいているイノベーションは、社会に対して具体的メリットを訴求しやすい。そうした有利さが活かされるように、次世代技術が企業によって宣伝されて、社会に「見える化」されることは意義がある。安倍政権は、発足当初は国際先端テストを重視する姿勢を示していた。こうした気運は最近は影をひそめてしまった。企業はもっと規制緩和のアピールを行い、政府がイノベーションに向けた規制緩和の洗い出しに本腰を入れてもらえるようにしたい。

ビッグデータやAIで何が変わるか

  最近、ビッグデータがブームである。これがイノベーションにどう直結するのかは一般人には伝わりにくい。ビッグデータはサンプル調査ではなく、全数調査だから真実がわかるという意見もある。しかし、統計学とは、標本分布の特徴に基づいて、母集団の分布を探っていく学問だ。どうして全数調査が優位なのかは筆者にも伝わりにくい。確かに、無数の特徴をデータベース化して相関関係の中で、意外な結果を導くのにビッグデータは有用である。ただし、それは全数であったり、巨大なデータ量を扱うことの優位性とは違う。多数の特徴を数量的なデータに変換して分析するところにある。つまり、データベース化がいわゆるビッグデータの肝なのだろう。

 この点でAIによる貢献は大きい。ディープラーニングという新技術は、画像から特徴量を取り出すことができる(音声でもできる)。例えば、コンビニに入店した顧客の特徴量によって、購買データをグルーピングすれば、「70 歳代の男性はチョコレートが意外に好きだ」という推論が得られる。従来のアンケートでは、回答者のプライバシーがハードルになって限定されたサンプルしか集められなかった。コンビニが画像から購買行動(非購買行動を含む)をデータ収集できれば、分析の幅は格段に広がる。筆者は、こうした業務統計の活用というところで、ビッグデータに画期的な面があると理解している。

 さて、イノベーションとの関係では、ビッグデータとAIはどう貢献するのだろうか。筆者は、ミッションを設定して、その解答を探すときに仮説を立てやすくなると考える。例えば、顧客の満足度を高めるというミッションに対して、どういう行動をする顧客がリピーターになるかを探る。ホテルならば、マッサージを頼む客がリピーターになりやすいので、派遣するマッサージ師のグレードを上げる。以前ならばアンケートを通じてしか反応がなかった声を、業務データの中から探り出すのである。

 社会的に大きなインパクトを持つイノベーションを導き出すには、政府や企業がデータベースをなるべく多く整備して、それを多くの事業者が利用できるようにオープン化する。イノベーションの基礎となる情報インフラを整備する。従来、統計づくりは、回答企業からその手数ゆえに煙たがられてきた経緯がある。もしも、匿名性を前提に、業務データが誰にでも利用できるのならば、間違いなくイノベーションの確率は高まるだろう。

イノベーション戦略の整理

 画期的な技術進歩を得ようとすれば、①ミッション、②技術、③製品開発、④実用化の各段階でサポートを意識しながら、成果を高めることが必要になる。様々な働きかけにほぼ共通するキーワードが「見える化」である。整理すると、まず社会的に叶えられると嬉しい潜在ニーズを洗い出して、その実現をミッションとする。ミッションを実現するために、基礎技術(要素技術)を探して、製品開発に向けてプロジェクトを組織化する。その際に重要なのは、企業が内部あるいは外部から資金を集められることである。ここでは、間接的に金融機関、投資家、政府の中にいる“目利き”がプロジェクトに実現のための優先順位を与える。さらに、実用化の手前では規制緩和により、開発された製品・サービスが消費者に提供されやすくなることが望まれる。逆に、規制が過剰であるのならば、企業は製品・サービス提供で規制に対応する多大なコストをかける必要に迫られる。そうした規制のハードルが下がることが、イノベーションを普及しやすくさせる。

 なお、イノベーションは企業の研究開発だけに限定されて生み出される訳ではない、公共の教育機関の研究、人材育成も大きな意義はあるが、本稿では中心的に扱わなかった。要は、イノベーションの流れを整理することで、政策面でのサポートの位置づけを明確化させたかったのである(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生