年間10%減産で同年のGDPを4.3兆円、1年後の雇用を4.1万人押し下げ

要旨

●米国が通商政策の見直しを進める中、世界的な大型商品である自動車の国内生産や出荷販売の急減は、生産設備への投資や輸出等の減少を通じて日本の景気後退の元凶の一つとなる可能性があり、幅広い業界に悪影響をもたらしかねない。

●わが国の稼ぎ頭となってきた自動車産業は、他の産業に比べて最も裾野が広いことから、減産の加速により関連産業にも影響が波及すれば、経済成長の下押しを通じて国内雇用の減少にも結びつく。

●2005年以降の国内乗用車生産弾性値を用いた試算によると、我が国の自動車10%減産により▲4.3兆円の名目GDPと▲4.1万人の就業者数が消滅する可能性がある。影響が大きい産業としては、直接効果が及ぶ「自動車部品」「鉄鋼」や、その川上産業である「プラスチック・ゴム」「産業用電気機器」「民生用電子機器」「非鉄金属」といった産業に加え、「商業」や「教育・研究」等にも影響が及ぶ。国内自動車の大幅減産は今後の日本経済にとって大きな足かせとなり、幅広い産業に悪影響をもたらすことが懸念される。

●ただ、トランプ政権下で加速が期待される米国内でのインフラ投資への協力やロボットやAI,サイバー、宇宙関連等での連携、米国からの安価なエネルギー調達等で日米の経済協力進展が期待される。政府はこうした分野に集約的に取り組めるような政策を実施することにより、米国保護主義による悪影響を下支えすることが求められる。

急速に進む米国の通商政策見直し

 世界一に上り詰めた国内の自動車産業に危機感が見えている。トランプ政権誕生の煽りを受け、各自動車メーカーは米通商政策の見直しを固唾を飲んで見守っているが、輸出立国である日本経済を牽引する自動車産業に打撃が及べば、他の産業にも波及し、国内経済の屋台骨を揺るがすことになる。

 事実、我が国の自動車産業は日本経済を牽引してきた。先進国の経済が比較的好調だったことに加え、新興国の持ち直しが輸送用機械の輸出を促進させ、名目GDPにおける輸送用機械産業のシェアは大きく拡大している。

 こうして、世界の景気回復が続く中で世界的な大型商品である自動車の生産や出荷販売の増加は、個人消費のみならず、生産工場等の設備投資、海外への輸出等の増加を通じて、日本の景気回復の牽引役の一つとなり、自動車部品をはじめとして鉄鋼、ガラス、電子部品など関連する産業を中心に好影響をもたらすことが期待されている。

最も裾野の広い自動車産業

 2007年度には日本国内で871万台の自動車が生産されたが、米国発の通商政策の見直しによって各社が減産に踏み切れば、国内でも膨大な需要が失われることが予想される。

自動車減産のマクロ経済的影響
(画像=第一生命経済研究所)

 特に、自動車部品をはじめとして鉄鋼、ガラス、電子部品など関連する産業が多く、裾野の広い自動車産業は、関連産業の生産も減少させ、いわゆる経済波及効果が大きくなることから、米国発の金融危機の煽りにより自動車各社が減産に踏み切れば、国内での自動車生産の縮小を通じて国内企業の生産を押し下げることが懸念される。

 事実、2011年の産業連関表(総務省)に基づけば、乗用車に対する需要額が1単位増加すると、関連産業も含めた生産額が3.0単位増えることになり、鉄鋼の2.8単位、広告やパルプ・紙加工品、金属製品、化学基礎製品の2.3単位に比べて生産誘発効果が大きいことが確認される。

自動車減産のマクロ経済的影響
(画像=第一生命経済研究所)

 自動車産業の波及効果が大きい理由は、その生産構造を見ることで明らかになる。産業連関表で乗用車の生産構造をみると、100万円の「乗用車」を生産するために86.7万円の原材料が必要になるのだが、その内訳をみると、「自動車部品・付属品」が53.7万円、「鉄鋼」が4.7万円、「プラスチック・ゴム」が4.2 万円、「教育・研究」が4.1 万円、「商業」が2.9 万円等となる。

 また、自動車産業を起点とした波及効果はこれらの原材料である「非鉄金属」や「産業用電気機械」といった多種多様な部門にも及ぶ。こうした波及経路が存在することが自動車産業の裾野の広さになっており、他の産業への影響力を高める要因となっている。

自動車減産のマクロ経済的影響
(画像=第一生命経済研究所)

国内自動車10%減産で年間GDP▲4.3 兆円

 以上を踏まえ、ここでは自動車産業の国内生産が10%減少した場合の影響について試算してみた。まず、2015 年以降の経済成長率に対する国内乗用車生産弾性値を計測すると0.08 となる。つまり、国内乗用車生産が1%変化すると経済成長率が0.08%変化することになるため、国内乗用車生産が10%減少すると、経済成長率は▲0.8%押し下げられることになる。しかし、これらの減産の影響は経済成長率の低下を通じて国内の雇用も減少させることになる。こうした影響は、国内自動車生産が1%変化すると1 年後の就業者数を0.006%変化させる関係があることから、結果的に国内自動車生産が10%単位で減産となると、国内の就業者数は0.06%減少につながることになる。

 これらの結果を踏まえれば、国内乗用車生産の10%減少は年間の実質GDP を▲4.3 兆円押し下げることになる。また、このような自動車産業の国内生産10%減少の影響は雇用にも及び、1 年後に▲4.1 万人の就業者数減となる。

自動車減産のマクロ経済的影響
(画像=第一生命経済研究所)
自動車減産のマクロ経済的影響
(画像=第一生命経済研究所)

求められる日本を利する米国との経済協力

 以上見てきたとおり、今後は米国の通商政策見直しが不可避と予想される中で、その展開次第では国内自動車生産に影響が及ぶ可能性もあり、それは日本経済の成長を大きく左右する。こうした中、トランプ氏は関税と同等の効果を持つ国境調整税の導入に加え、対日貿易赤字や為替政策についても言及しており、自動車関連産業への不透明感が強まっている。しかし、国境税の導入は関税分の値上げを通じて米国内での自動車価格が上昇することになり、米国自動車市場が落ち込む可能性もある。従って、日本経済への悪影響を最小限に食い止めるためにも、緩和的な金融環境下での財政政策や規制緩和等を通じた内需拡大策の加速が求められる。更に、先の日米首脳会談で麻生副総理とペンス副大統領をトップに据えた日米経済対話が新設される中、トランプ政権下で加速が期待される米国内でのインフラ投資への協力やロボットやAI,サイバー、宇宙関連等での連携、米国からの安価なエネルギー調達等で日米の経済協力が進展すれば、米国の保護主義による悪影響を下支えする役割を担うことができるのではないだろうか。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣