要旨

●長時間労働規制の強化に向けた動きが進む中で、懸念されているのがサービス残業の増加である。2016年の一人当たり平均サービス残業時間(未申告労働時間)は年間195.8時間と推計される。趨勢的にはこのところ減少傾向にあったが、2016年は微増に転じている。仮に今後もこの値が上昇してくるようであれば、サービス残業が拡大している懸念が生じる。「働き方改革」の実効性をみるうえで、フォローしておくべき指標であろう。

●業種別にみると際立っているのは学校教員などが含まれる「教育・学習支援業」(390.0時間/年)となっている。昨今、教職員の長時間労働の実態が度々報じられているが、「働き方改革実行計画」は最も労働環境の改善が必要なところに手が届いていない可能性がある。次点は近年人手不足が著しい「宿泊業・飲食サービス業」(309.6時間/年)であり、長時間のサービス残業が経営の前提となっている可能性がある。企業には一層の労働生産性改善を進めていくことが求められよう。

増加に転じたサービス残業時間

 「働き方改革」において長時間労働規制強化に向けた動きが進む中で、懸念されるのが労働時間の過少計上、すなわちサービス残業の増加である。しかし、「サービス残業はどれくらいあるか?」という点を、真正面から調査している政府統計は筆者の知る限りでは無い。

195.8時間/年のサービス残業
(画像=第一生命経済研究所)

 そこで、小野(1991)などの手法を参考に、直近値の推計を行った。推計の基本的な考え方はシンプルだ。総務省の「労働力調査(詳細集計)」における平均労働時間から、厚生労働省「毎月勤労統計」の平均労働時間を差し引いた値を、平均サービス残業時間(推計値の解釈に当たっては以下の点に留意。労働力調査の平均労働時間を算出するにあたって、毎月勤労統計の調査対象外となっている日本標準産業分類の「公務」に含まれる労働者を除いた。したがって、試算値は「公立学校職員等以外の公務員」は含まれないベースの値である。なお、労働力調査の値は国内の概ねすべての雇用者を調査対象とした統計であるのに対して、毎月勤労統計は常用雇用者数5人以上規模事業所の値である。1~4人規模事業所に所属する常用雇用者数の全体に占める割合は3.8%)と定義する。着目するのは、総務省「労働力調査」が各世帯、個人に調査票を配布して行う調査であるのに対し、厚生労働省「毎月勤労統計」は事業所(企業)に対する調査である点だ。毎月勤労統計には、労働時間のほかに所定外賃金(残業代)も記載するが、賃金支払の発生しないサービス残業は計上されないと考えられる。一方で、個人調査では労働者が実態に近い労働時間を記載すると考えられる。その差分を未申告の労働時間として「サービス残業」とみなす。

 ここでいう「サービス残業」は「賃金が未払いの労働時間」ではなく「未申告の労働時間」を指す点には注意が必要だ(例えば、管理監督者やみなし労働時間制(専門業務型裁量労働制、企画業務型裁量労働制)の対象となっている労働者には、そもそも一定の時間外労働に対する賃金が支払われない)。また、調査対象の一致しない異なる統計を用いた推計値であることから、その水準感については幅を持った解釈が必要である(なお、2015年に公表された連合の「労働時間に関する調査」(n=3,000)によれば、「サービス残業をせざるを得ないことがある」人(調査対象者の42.6%)の平均的なサービス残業時間が16.7時間(従って、年間200.4時間)とされている。今回推計値は「サービス残業をしない人も含めて」平均195.8時間/年としているので、両者では齟齬が生じているといえる。この背景としては、①連合調査は調査対象のサンプルを男女・年代が均等になるようにサンプリングしており、実際の母集団(雇用者)と異なっている点、②本試算値はサービス残業時間として「未申告の残業時間」(管理監督者などの法的に残業代の発生しない労働時間を含んだ概念)を算出しているのに対し、連合調査はサービス残業を「賃金不払い残業」としており、管理監督者などの残業代が発生しない時間は除いた時間が記入されている可能性がある点、などが考えられそうだ)。

 推計値の推移をみたものが資料1だ。2016年のサービス残業時間は一人当たりで195.8時間/年に上っている。長時間労働が問題化されてきたこともあり、ここ数年は減少トレンドを辿ってきたこともわかるが、気になるのは直近2016年の値が微増に転じていることだ。国内では人手不足度合いが深まっており、それを生産性向上でカバーできない結果、サービス残業の増加に繋がっているとすれば大きな問題であろう。仮に今後もこの値が上昇してくるようであれば、サービス残業が拡大している懸念が生じる。現在、長時間労働の削減を目指す「働き方改革」に向けた法改正の議論が進んでいる。それが真に進んでいるのかどうかを測る上でも、今後の動きをフォローしておくべき指標であろう。

ワーストは「教育・学習支援業」の390.0時間/年

 推計したサービス残業時間(未申告労働時間)を業種別にみると、ワーストは「教育・学習支援業」の390.0時間、次点は「宿泊・飲食サービス業」の309.6時間であった。

 教育・学習支援業には、幼稚園(保育士は別分類)や学校の教員、職業能力学校、学習塾などが含まれる。近年、事務や部活動の顧問などの業務に追われる教員の長時間勤務の実態が度々報じられており、数値にはそうした動きが反映されているものと推定される。3月に提示された「働き方改革実行計画」において、教員の長時間労働について特段の言及は無かったが、実行計画は最も労働環境の改善が必要なところに手が届いていない可能性がある(公立学校教員の給与については、労働基準法とは別の「給特法」という法律において時間外勤務手当を支給しない旨が定められている。例外として、生徒の実習関連業務など4項目の事情が発生した場合には、基本給の4%に相当する「教職調整額」を固定で支払う仕組みとなっている。萬井(2009)は、この給特法の運用に問題があることで、手当のない長時間労働に繋がっている点を指摘、教師の労働時間制については抜本的な改革が不可欠、としている)。近年人手不足が著しい次点の宿泊・飲食サービス業についても、長時間のサービス残業が経営の前提となっているおそれがある。企業には一層の労働生産性改善を進めていくことが求められよう。(提供:第一生命経済研究所

195.8時間/年のサービス残業
(画像=第一生命経済研究所)

(参考文献)
小野(1991)「統計より200時間多い日本の労働時間」週刊エコノミスト 1991年12月16日号 毎日新聞出版
萬井(2009)「なぜ公立学校教員に残業手当がつかないのか」 日本労働研究雑誌 No.585 労働政策研究・研修機構

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 副主任エコノミスト 星野 卓也