要旨

●経済的なゆとりを示すとされる「エンゲル係数」が2015年から急上昇している。背景には、原油価格下落と消費税率引き上げがある。原油価格急落で家計のエネルギー負担額が減少する一方、駆け込み需要の反動による耐久消費財消費の落ち込みで消費支出が減ったことが主因。

●エンゲル係数の変化率を食料品の相対価格と実質可処分所得および平均消費性向に分けて分解すると、2015年以降の2年間の上昇幅1.8%ポイントのうち、半分以上の1.0%ポイントが平均消費性向の低下要因となる。一方、食料費の相対価格上昇で0.9%ポイント押し上げられており、実質可処分所得はむしろ増加によりエンゲル係数の押し下げ要因となっている。

●食料費価格の上昇は、天候不順を主因とした生鮮野菜価格の上昇によりもたらされており、為替はむしろ2016年の円高によりエンゲル係数の低下要因となっている。年明け以降の野菜価格の落ち着きからすれば、エンゲル係数の押し上げは一時的といえる。

●2014年夏から原油価格が四分の一近くまで下落した一方、2014年4月の消費税率引き上げにより耐久消費財の駆け込み需要が発生すれば、家計の平均消費性向は原油価格の下落に伴うガソリンや電気代の支出減に加え、乗用車買い替えやリフォーム支出の反動減も加わり、家計が節約しなくても消費支出額は低下してエンゲル係数は上がる。

●消費税率が上がる中で駆け込み需要が発生すると、特に耐久消費財は需要の先食いが生じ、その後の支出が抑制される。ただ、需要の先食いによる反動は一段落してきており、耐久財の支出は持ち直しが期待される。更に、2009~2010年のエコカー補助金や地デジ化、家電エコポイント等で売れた車やテレビの買い替えサイクルが到来しつつあることからすれば、こうした消費環境の変化が平均消費性向の上昇を通じて今後はエンゲル係数の低下をもたらす可能性がある。

●一般的には、2015年以降のエンゲル係数急上昇について「生活水準の低下」との見方が多い。しかし、原油価格の下落に伴う余分なエネルギー支出の減少によりエンゲル係数が上昇しても、それは生活水準の低下とは言えず、駆け込み需要の一時的な反動に伴うエンゲル係数の上昇も割り引いて考える必要がある。エンゲル係数を評価する場合は、その背景にある相対価格や実質可処分所得、平均消費性向等に分解して慎重な評価をすべき。

エンゲル係数で示される生活水準の低下

 経済的なゆとりを示す「エンゲル係数」が、我が国では2015年から急上昇している。特に2016年には総務省「家計調査」の勤労者世帯ベースで前年に比べて+0.6ポイント高い24.2%となっている。この背景には、家計の節約や食料品価格の上昇があるといわれている。

 エンゲル係数は、家計の消費支出に占める食料費の割合であり、食料費は生活する上で最も必需な品目のため、一般に数値が下がると生活水準が上がり、逆に数値が上がると生活水準が下がる目安とされている。

エンゲル係数上昇の本当の理由
(画像=第一生命経済研究所)

エンゲル係数は相対価格と所得と消費性向に分解可能

 エンゲル係数は、家計の消費支出に占める食料費の割合とされているが、その変動には、いずれも数量と価格が関係している。つまり、消費者物価(総合)に対して相対的に食料品価格が上昇すれば、エンゲル係数の押し上げ要因となる一方で、相対的に食糧費以外の支出抑制もエンゲル係数の押し上げ要因となる。

 また、分母の消費支出は可処分所得と平均消費性向すなわち家計が自由に処分できる所得と世帯の消費意欲に分解できる。そして、可処分所得は実収入すなわち世帯の現金収入を合計した税込み収入に左右される一方で、非消費支出すなわち税金や社会保険料など世帯の自由にならない支出にも左右される。従って、こうした要因に分解すれば、エンゲル係数がなぜ上昇したかを分析できる。

エンゲル係数上昇の本当の理由
(画像=第一生命経済研究所)

エンゲル係数の上昇は家計の節約行動が主因

 2016年のエンゲル係数は前年比で+0.6ポイント上昇し、2014年から+1.8ポイントの上昇を記録した。しかし、食料品の値上げが相次いでいる一方で、食料品の消費量は減っているように見える。そこで、エンゲル係数の上昇率を食料品の消費量と相対価格および実収入と非消費支出、平均消費性向に分けて要因分解してみた。すると、食料品の相対価格が+0.9ポイントの押し上げに働く一方で、平均消費性向の低下要因がそれを上回る+1.0ポイントの押し上げ要因になっていることが分かる。

 また、可処分所得の内訳では、実質実収入の増加と非消費支出の増加が相殺され、トータルで▲0.1ポイントの押し下げ要因となる。一方、実質食料品消費の要因は+0.0%ポイントの押し上げに止まる。つまり、家計の可処分所得の低下ではなく、食料品の相対価格上昇と消費者の平均消費性向の低下が、近年のエンゲル係数上昇の実態だ。

エンゲル係数上昇の本当の理由
(画像=第一生命経済研究所)

食料品価格の上昇は為替よりも天候不順が主因

 まず、相対価格上昇の主因を探るべく、総務省「消費者物価指数」を用いて2015年以降の食料品価格上昇率を品目別に寄与度分解してみると、野菜・海藻の押し上げ寄与が最大となる。一般的には、日本の熱量供給ベースの食料自給率は近年39%で推移していることから、アベノミクスで円安が進み、これが食料品の輸入物価上昇をもたらし、食料品価格上昇に結びついていると言われている。しかし、2016年における飲食料品の輸入物価はむしろ円高で前年比▲11.8%も下落している。そして、野菜・海藻の押し上げ寄与度1.1%のうち1.0%分が生鮮野菜価格の上昇で説明できる。その結果、野菜の国内自給率が8割であることからすれば、食料品価格上昇の主因は円安というよりも、天候不順に伴う生鮮野菜価格が上昇した要因が大きいと推察される。

エンゲル係数上昇の本当の理由
(画像=第一生命経済研究所)

原油価格の下落がエンゲル係数上昇の主因

 一方、平均消費性向が低下している背景としては、①原油価格の下落などによるガソリンを含む「自動車等維持」や「電気代」の支出減、②2014年4月の消費税率引き上げに伴う需要の先食いを通じた「自動車等購入」やリフォームなどの「設備修繕・維持」の支出減‐‐が主因となっている。

エンゲル係数上昇の本当の理由
(画像=第一生命経済研究所)

 しかし、一昨年夏のチャイナショックを受けた世界経済の低迷から、昨秋以降は循環的に景気が回復しつつあるが、昨年以降の原油価格が減産合意等から持ち直し傾向で推移する一方、主要国のインフレ率上昇を受けて、市場の期待インフレ率も上昇している。こうなれば、世界のマネーの流れは、安全資産の国債からリスク資産の株やコモディティーに流れやすくなることに加え、為替もリスク回避通貨とされる円が買われにくくなり、今後も昨年より高水準のガソリンや電気代の価格が維持される可能性が高い。つまり、今後のガソリン等を含む「自動車等維持」や「電気代」の支出は昨年よりも増加すると見ておいたほうが良い。

エンゲル係数上昇の本当の理由
(画像=第一生命経済研究所)

エンゲル係数上昇をもたらした駆け込み需要の反動

 一方、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動減も永遠に続かない。需要の先食いといっても、5年も10年も先の需要まで前倒しできないためだ。事実、経済産業省「商業動態統計」によれば、自動車や機械器具小売業の販売額指数は、いずれも昨年中に底打ちをして、持ち直し基調にある。従って、ガソリンや光熱費が上昇する中で消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動が軽減すると、特に車や家電、リフォーム等の支出を中心に全体の消費支出の拡大を通じてエンゲル係数の押し下げ要因となる。そして生鮮野菜価格の高騰が落ち着くとなれば、食料品支出も低下に転じ、エンゲル係数の水準は一段と低下する。

 更に重要なのは、耐久財の買い替えサイクルも到来しつつあることがある。事実、経産省の商業販売統計で自動車や機械器具小売業の販売額指数を見ると、2009~2010年にかけたエコカー補助金や減税、地デジ化、家電エコポイント等により指数が盛り上がっており、その後反動減となっている。こうした耐久消費財の中でも、新車やカラーテレビについては平均使用年数が8年程度となっており、2017年以降に買い替えサイクルが本格化することを表していると言えよう。そして、こうした買い替えサイクルの到来は平均消費性向のさらなる上昇を招き、結果としてエンゲル係数の更なる低下圧力になると言える。

エンゲル係数上昇の本当の理由
(画像=第一生命経済研究所)
エンゲル係数上昇の本当の理由
(画像=第一生命経済研究所)

エンゲル係数の変化には慎重な判断が必要

 こうした状況に対し、世間では2015年以降のエンゲル係数急上昇について「生活水準の低下」との見方がされている。しかし、原油価格の下落に伴う余分なエネルギー出費の減少によりエンゲル係数が上昇しても、それは生活水準の低下とは言えず、駆け込み需要の反動による一時的なエンゲル係数の上昇も割り引いて考える必要がある。

 つまり、本当の意味での生活水準の低下には、単純な消費支出の減少だけでなく、家計の実収入の減少や増税等による非消費支出の増加等を通じた可処分所得の減少が必要となる。そしてそうなるには、家計の可処分所得の減少により消費支出がやむなく減少することによるエンゲル係数の上昇がもたらされることが不可欠といえよう。従って、エンゲル係数を評価する場合は、単純な食料費と消費支出の関係だけではなく、その背景にある相対価格や可処分所得、平均消費性向等に要因を分解して慎重に判断すべきではないだろうか。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣