働き方改革は、私たちの労働形態をフレキシブルにして生産性上昇を支援したいという考え方だ。しかし、マクロ的に考えて、生産性問題の急所は別のところにある。労働力がサービス業にシフトするが、そこは生産性が低い。その背景にある高齢化を直視して正しい制度設計をする必要がある。

長時間労働の原因は

 わかりやすい説明とわかりにくい説明の違いはどこにあるのだろうか。筆者が思うに、わかりにくい説明は問題の急所を外れた議論を延々と続けているところだろう。聞いて分かりやすいのは、誰でも急所がはっきり分かる説明である。では、働き方改革はどうだろうか。様々なメニューが並ぶが急所がわかりにくい。要約をすれば、私たちの働き方には様々な問題があって、それを是正していくことを目指すことが改革となる。長時間労働、職種間の賃金格差、正社員の無限定さがもたらす弊害などが挙げられる。しかし、そもそも長時間労働はなぜ生じるのか。経営者の采配に問題があるからか。それとも、労使関係に不具合があるのか。筆者は、根底にあるのが人手不足とみる。欠員補充や増員ができないのは、採用難が背景だ。適正配置が成されないまま、人手不足が恒常化する。経営者は、賃金を上げて人手を確保しなくてはいけない。マクロ的に考えると、人手不足は、人口減少によって若手の労働供給が細ってきたことが原因だ。だから、企業は労働生産性を向上させて、長期的な取り組みとして人手不足問題を消化していく必要がある。

 わが国経済は、2011年から人口減少が永続する中で、成長率を引き上げていく課題に直面している。2%の成長率を達成するには、国民1人当たりの生産性を2%以上引き上げる必要がある。労働力は常に今までの仕事の生産性を上げるか、今までの仕事以上に生産性の高い仕事にシフトしていくことになる。

生産性低下の圧力

 マクロ的な観点から、生産性が上がりにくい原因を考えてみる。雇用面で問題なのは、産業別に見て雇用吸収の受け皿になっているのが、サービス産業という点である(図表1)。サービス産業は、他に比べて労働生産性が低い(図表2)。わが国は20年来生産性が低いサービス産業へと労働シフトしているから、日本全体の生産性も上がりにくいと言える。

生産性問題の急所
(画像=第一生命経済研究所)

 サービス化は、経済成熟の宿命的な流れであるという見方もある。農業から工業、工業からサービス業へのシフトである。しかし、サービス業の生産性が低いことは必然ではない。わが国では、高齢化とともに、医療・介護などのサービス・セクターが拡大してきた。問題は、高齢者向けのビジネスが儲かりにくいことだ。そのため、雇用は非正規化へとシフトしていく。医療の診療報酬制度、介護保険制度の下では事業者は利益を出しにくく、生産性上昇への活路を開きにくい特性がある。

生産性問題の急所
(画像=第一生命経済研究所)

 アベノミクスは、当初、この部分に対して医療改革のメスを入れようとした。その働きかけはいつの間にかなくなった。むしろ、財政再建のための医療改革へと変容した印象もある。

 サービスの生産性が上がりにくい背景は、医療以外でも、購買力が必ずしも強くない高齢者を顧客にして事業を進めざるを得ないからだ。高齢化によって消費が弱くなると、生産性が上昇しにくくなる。筆者は、サービスの生産性の急所がここにあると考える。

非正規化は問題

 日本の労働力は、すでに1997年に就業者数がピークを迎えて、減少トレンドの中にある。最近は増加しているが、それはリーマンショック後の落ち込みからの回復過程と言える。むしろ、就業者と同様に雇用者数が1997年にピークアウトして減少した後、雇用者数が盛り返して、ここ数年でピーク超えしていることが注目される。ただし、雇用者数を正規と非正規に分けると、趨勢として増加しているのが非正規だけに止まっているという問題はある。正規雇用者は2002年まで遡ると、現在に至るまで、ほぼ横這いである。労働力は、着実に非正規にシフトしているのである。

 もっとも、正規と非正規の間には歴然とした違いがある。人的投資である。正規雇用者は、若い頃を中心に多額の人的投資を受けて、数年間で生産力を上げる。賃金カーブは、20代から30、40歳代にかけて急上昇する。これは、正規雇用者の能力が上昇していくことを物語っている。一方で非正規雇用者にはそうしたチャンスが乏しい。仕事は定型化していて、賃金カーブも年齢に対してフラットである。能力開発が十分に行われないまま、加齢を迎える。

 こうした状況からみて、生産性上昇を息の長いスパンで考えると、どうしても正規雇用者を増やす必要がある。非正規雇用者は2,000万人を超えているから、このリソースを3,400万人程度の正規雇用者の増加に振り向ければ、自ずと生産性上昇トレンドが出来上がる。サービス業には、労働コストを安く済ませたいという圧力が強く、スキルを蓄積した正規雇用を吸収する力に乏しい。つまり、需要制約が、生産性上昇を阻む構造になっている。

成長戦略の肝

 消費者が高齢化すると、需要が弱くなる。だから、高付加価値化が成り立たない。これがデフレの正体である。無論、働き方改革では問題は解決できない。

 いや、正確に言えば、現行の働き方改革では急所に手が届かない。筆者は、シニア層がもっと働き方を改革して高収入を自分の裁量で得られるようになれば、前述の需要制約を突破できると考えている。それは、定年延長とともに、必ずしも給与が下がらないように、制度設計を見直すことである。厚生年金の在職老齢年金を改めて、就労収入が増えても年金収入がカットされないようにする。こうすると、企業の人件費が増えると考えられているが、定年延長時の労働移動をもっと流動化させて、生産力見合いで賃金が決められるようにすればよい。年金制度がそのことの邪魔をするのは止めたほうがよい。ほかにも、シニアの給与減をサポートするする補助金もある。シニア層への年金給付は権利であり、豊かな者には不要だという家父長的発想(パターナリズム)を卒業する必要がある。

 成長戦略は、シニアの働き方改革によって収入の多い高齢者を増やすだけでは足りないところを、インバウンド戦略や高度外国人人材の活用で補っていくことになる。グローバル化によって製造業の雇用者の賃上げが進めば、それも内需押し上げに寄与する。時間をかけてでも、サービスの生産性が低い原因となっている需要制約を突破することが求められている戦略である。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生