2018年4月から次期日銀総裁を務める人物の人選が、あと1年間を切っている。次期総裁は、黒田緩和を大胆に修正して、出口を模索しなくてはいけないので、甚だしく困難な職責を背負うことになる。2020年の財政再建の目途と向き合い、国債管理政策の立て直しにもリーダーシップを発揮しなくてはいけない。黒田総裁の2013~2018年よりも、2018~2023年の任期の方が前途多難である。

仕切り直しが仕事

 黒田東彦総裁の任期まで約1年となっている。次期日銀総裁が選ばれる時期が任期の2018年4月よりも手前だとすれば、次期総裁の決定まで1年間を切ってしまったと考えたほうがいい。

 筆者は、アンケートなどで次期総裁は誰になるかと尋ねられることが多くなっている。しかし、正直に言って、具体的な適格者が見当たらないのが実情だ。なぜならば、次期日銀総裁がすべき任務が重すぎて、誰であっても不可能と思えるからだ。

 今、私たちが吟味すべきは、次期総裁として果たすべき役割を真剣に考えて、間違った選択が行われないように、選択の条件を明確にすることである。おそらく、次期総裁の任期が2018年4月から2023年4月となれば、東京五輪後の時期を任期中に迎えることになる。仮に、財政再建の目途を2020年度につけられなかったときに、次期総裁は財政当局や安倍政権の次の政権とも協議をしながら、経済政策の仕切り直しを行わなくてはならないだろう。筆者から見れば、黒田総裁の担った2013~2018年よりも、その職責は重くなると予想される。

出口論を語れる人物

 黒田総裁が残すであろう「負の遺産」ははっきりしている。まず、日銀が日本国債をあまりに買い入れすぎて、もはやその流れを止められなくなったことである。今や国債消化は、日銀の買入れに過剰に依存する体制になっている。これを黒田緩和以前のように市中消化を中心としたものに戻していく。現在の出口論とは、債券市場の機能を徐々に復活させて、日銀の存在感を小さくしていく必要がある。市場機能を回復させることは、一時的に長期金利が上昇する局面が訪れても、自律的な金利低下が起こるのを待って過剰介入に戻らない姿勢が重要である。

 ここから導かれる条件は、①マーケットに精通していて、市場参加者から信頼されていること、②困難に立ち向かう勇気を持つ人物となろう。

マイナス金利を止める

 次なる黒田総裁の「負の遺産」は、マイナス金利政策である。民間企業は誰も喜ばないし、識者は金融システムを弱体化させるほど長期化させてはいけないと考えている。

 現在も、追加緩和を行うとすれば、マイナス金利幅を拡大させることだと考える人が多い。これほど反対が多い政策も珍しい。黒田総裁は、マイナス金利政策を始めた手前、自分でその幕引きをするのをためらっているようにも見える。次期総裁は、マイナス金利を少なくともゼロ%にして、別の政策ツールへの切り替えをすることになるだろう。

 マイナス金利を止めるときの説得力のある説明は、金融システムへの悪影響である。そう考えると、金融システムに精通していることが条件とも言える。

物価目標2%を下げる

 日銀が量的緩和の出口を明示するときには、物価目標の扱いも変更することが好ましい。黒田総裁の3番目の「負の遺産」は2%の物価目標である。すでに家計にとって、物価上昇率は1%であっても重荷と感じられる。個人消費の半分がシニア消費だから、所得が上がらずに物価だけが上昇することを多くの家計が望まないのは当然と思える。

 この点は、誰が猫に鈴を付けるかという問題に似ている。100人中で99人が2%のインフレ率は達成不可能だと思っていても、見直しを切り出しにくいと考えている。「王様は裸だ」と政権に対しても説明して、物価目標を0.5~1.0%のレンジ・ターゲットに切り替えたとして、その変更に理論的な説明ができるかどうかである。ここでは、①論理に基づいて説得力のある政権運営ができる人物、②新しいターゲットの下で実現する経済が望ましいことをリアリティをもって世の中に訴えられる人物、ということが条件になる。残念ながら黒田総裁はそのリアリティが欠けていた。原理主義者という形容は、必ずしもほめ言葉ではないと感じられた。

本命不在の人選

 アンケートなどで次期総裁は誰かと問われたとき、多くの人が答えに困るのは、まだ本命不在であるからだろう。黒田総裁の再任、中曽副総裁の昇格といった見方が有力であるのも、本命不在である証拠だろう。以前、日銀総裁の人事はその時の政権が自分の政策をアピールできる有力なカードであると聞いたことがある。これは、世の中にサプライズを与えることで、緩和をアピールして政権の求心力を高めたいという意図を反映している。しかし、人事が常に有力カードである訳ではなく、サプライズが期待しにくいときは政権が本命候補を選ぶそうである。今回は、その本命も見当たらないので、再任・昇格説が相対的に強まる。

日銀総裁の条件
(画像=第一生命経済研究所)

 ところで、過去の経験則に学ぶと、日銀の総裁・副総裁は次の4つのカテゴリーから選抜されてきた。(1)財務省出身者、(2)日銀出身者、(3)経済学者、(4)銀行経営者、の4つである(図表)。これらは、経済理論、政権への近さ、といった要件に関わっているからである。最近は、政権への近さが重視されるとみる人が多い。しかし、筆者としては金融実務や国際金融のところを重視して欲しい。前述のように、黒田緩和は後戻りができないほど極端な状態をつくりだして、そこから抜け出せなくなっている。これは、実務を知らない強みであるからこそできたのだろう。正常な世界に戻るとしたら次の日銀総裁が努力するしかない。最後のワンチャンスである。

 筆者の観測では、安倍政権は、学者→財務省出身者→日銀出身者→銀行経営者の順で吟味するだろう。具体的には、財務省の財務官経験者、経済財政諮問会議経験者、日銀副総裁経験者といったところではないだろうか。そうした選択肢のあとで、再任・昇格が検討されるという見方もできる。

政治との距離感

 最後に、安倍政権と日銀総裁の関係について述べておこう。筆者が見るところ、アンケートの回答として、安倍政権の意向が伝わりやすい人物が挙がることが少なくない。果たして、そうした思惑を優先してよいのだろうか。

 過去10年くらいを振り返って、わが国は国難とも言える経済ショックが立て続けに起きている。日銀は、過去に経験したことのない超金融緩和を繰り返しても戻りが不可能に近い状況に追い込まれている。先に挙げた3項目は、筆者の危機感を投影したものだ。

 翻って、トランプ政権とFRBのイエレン議長の関係を思い浮かべると興味深い。イエレン議長は、実に淡々と自分の職務を行っている。おもねることなく堂々としている。3月利上げをみると、全く政治的圧力など関係ないというふりをして、実のところ政治的圧力につけこむ口実を与えない構えを採っている。

 望ましい政治との距離感は、常にベストの解答がある訳ではない。とはいえ、トランプ政権に対するイエレン議長の対応は、一つの答えを示しているように思える。

 次期日銀総裁に求められる最後の条件は、そうしたしたたかさだと筆者は考えている。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生